72 再会(3)

 翌日、ミコトは昼前に屋敷を訪ねてきた。

 ばっさりと切った髪について質問攻めになりながら、ミコトは慣れた様子で挨拶を述べる。教授とウィルがミコトの髪型について何も言わなかったことに、テオはその時はじめて気がついた。

 アイリやライナーのことが話題に出ないまま、ひとまず改めて、帰国を祝われることになった。肝を冷やしているのはテオだけらしく、ミコトは飄々としている。教授やレベッカ、そしてウィルは、少なからず事情を知っているだろうに、アイリとライナーのことには触れようとしない。それがかえって、テオに確信をもたせる。

 しかもミコトの立場上、国外に関する情報を言いふらすことも許されていないらしく、土産話のしようがない。当たり障りのない話題を選んでいると、いったい何のための会なのか、わからなくなりそうだった。

 ここで口火を切ったのは、やはりキャロルだった。

「ところで、ミコトちゃんにはふたりのことを言わないの?」

 場が凍りつく、とまではいかないが、一同の視線が微妙な気まずさを物語る。もっとも、ウィルやレベッカの様子に影響されての反応なのだろうが。教授はというと、今思い出したような顔をしていた。

「それもそうだな。会はこの辺でお開きにするとしよう。まあ会えばわかるから説明はしないが、レベッカに案内してもらってくれ」

「お気遣い感謝致します」

 ミコトは意味ありげに目を伏せ、軽く会釈する。

 なんとなく嫌な予感がして、テオがきょろきょろと辺りを見回していると、ミコトと目が合った。彼女は相変わらずの表情で笑っている。その眼で、ついてくるかと尋ねているように見えた。彼女の護衛としての役目は終わっている。立場を気にして迷ったが、テオもついていくことにした。それに対して、レベッカは何も言わなかった。


「ミコト、大丈夫なの?」

「何をもって大丈夫とするかによるけど、テオは心配しすぎじゃないかな。私はずっと前から、この時のために備えていたんだから」

 ミコトが例の計画を企てた理由のひとつは、もしかしたらこの日のためなのかもしれない。そうであれば確かに、テオが心配することもないのだが。

 レベッカはどこまで知っているのかわからないが、訳知り顔で聞いている。

「ミコトちゃんは、彼のことも知ってるの?」

「ええ、もちろん。会ったことがありますから」

 なるほど心配無用らしい。しかしここで安心していては、テオがついてきた意味がない。

「私は外で待ってるわ。そこの部屋だから、どうぞごゆっくり」

 レベッカは少し離れたところで立ち止まる。やはり彼女は、何も知らないわけではなさそうだ。

「お手数おかけして申し訳ありません」

 ミコトはぺこりと頭を下げる。いつもなら軽口を叩きそうなところだが、レベッカは神妙な顔で小さく頷いただけだった。


 ミコトが扉をノックすると、ライナーが扉を開けた。彼はちょっと驚いた顔をしたが、尋問することもなく部屋に入るよう促した。会ったことがあるということは、ライナーはミコトのことをおおよそ知っているのだろう。ありがたいことに、彼はテオを追い出すこともなかった。

 アイリは椅子に腰かけていた。怯えたような顔をしているのかと思いきや、存外毅然としていて、テオは拍子抜けしそうになる。

「ご無沙汰しております、アイリ様。なんて、もう敬称は必要ないでしょうか」

 アイリは目を見開いてこそいるが、取り乱す様子はない。一呼吸おいてから、口を開く。

「久しぶりね。あなたもすっかり大人の女性になって。ご存知の通り、私はもう元王女ですらないから、敬称は不要ね」

 睨み合うべきふたりを囲む静寂が、その不穏さを増す。

 ライナーは入り口に近くに立ったままで、ふたりの様子を見守っていた。アイリの近くに控えるべきなのではないかとテオは思ったが、邪魔をしたくないのかもしれない。

「昼間なのに暗いですね。カーテンを開けてもよろしいでしょうか?」

 アイリが小さく頷いたのを見て、ミコトがカーテンと、そのついでに窓を開けた。一気に部屋が照らされ、目が眩みそうになる。

「それで……、何か話があるんでしょう?」

「そうですね。もう六年ほど前になるでしょうか。あの時の話の続きをしましょう」

「あれはもう、六年前になるのね。……なるほど、あなたは女神を否定した。真の皇帝という存在を、虚構にしてしまった。そうしてこの国に根付いた世界を覆した」

 逆光で、ミコトの表情は読み取れない。テオは何となく、彼女が口角を上げたように見えた。

「大仰な言い方をすればそうなります。しかし私は、もっと単純な動機でアルカ教を瓦解させたんです。それは、あなたへの意趣返しですよ」

 アイリの顔が引きる。

「私があなたにしたことは、そんなに耐え難いものだったかしら」

「私があなたにしたことは、それほど耐え難いものですか? 私はあなたから居場所を奪うことができれば、それでよかった。別件との兼ね合いもあって少々大掛かりになってしまいましたが、あなたが被った不利益は、それほど大きなものでもないでしょう? 現に今、あなたはここで温々ぬくぬくと過ごしているではありませんか」

 ミコトはゆっくりと窓から離れながら、余裕の表情でアイリを覗き込んでいる。

「これも、あなたの計画のうちだったのね」

 アイリは自嘲するように、引き攣った笑みを浮かべている。

「その通りです。私はもう一度、あなたと話がしたかった」

 ミコトはちらりとライナーを見る。彼は主人を庇う気がないらしく、ただ静かに、成り行きを見守っている。

「私は家族を犠牲にしてでも、あなたを理不尽な運命から解放したかった。もちろん自分のためでもあったけれど、あなたのために軍に協力したのよ。それなのに――」

「私はそんなことを望んではいなかった。あなたは自分の願望を、私のものと勘違いしているのではありませんか? 私は、あなたを悲劇のヒロインとするために生きているのではありません。ましてや自分がそれになるのも度し難い。女神の末裔であることを利用され続けるのが私の運命だなんて、見くびらないでいただけますか。仮にそうであったとしても、私が自分の道を進むにあたって、あなたの助けは必要ない」

 アイリの拳がふるふると震えている。激昂を滲ませたように、頬に赤みがさす。

「やっぱり私は、あなたを許せない」

 いつの間にか、アイリが拳銃をミコトに向けていた。テオはぎょっとして、少し遅れて銃に手を伸ばすが、ライナーがそれを制した。手を出すなということなのだろうが、彼は緊張感に欠けていて、テオを威圧しているようにも見えない。

 ミコトは例によって、何度銃口を向けられてきたのかと思うほどに落ち着いている。アイリの激昂を嘲るかのように、冷たい瞳で彼女を見つめ返す。

「それはごもっとも。私は図らずも、あなたからすべてを奪ってしまったようですから。ですが私も、あなたのことを受け入れることができないのです。子どものころからずっと。もちろん、兄上よりかはましでしたが」

 ミコトは明らかに挑発していた。アイリが引き金を引けるかどうか、試しているようにも見える。兄と比べられたことが逆鱗に触れたのか、アイリはミコトをきっと睨みつけ、腕に力をこめる。

「あなたに何がわかるの?」

 ミコトはおどけるように、肩をすくめる。

「お戯れを。何もわかりはしませんよ」

 アイリの表情が、ふっと冷める。まるで、ヒステリックな誰かを演じていたかのようだった。

「それもそうね」

 アイリの指がわずかに動いた瞬間、拳銃がはじけ飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます