70 再会(1)

 教授宅の様子は、出発以前と何ら変わりがなかった。帰還したテオを、教授の家族と私兵達が出迎えてくれた。

「あれ? ミコトさんは?」

 私兵達は何も言わないウィルを見て、野暮用でもあったのだろうと想像して訊かなかったのだが、代わりにキャロルが尋ねた。

「用事があるんだって。明日には挨拶しに来るって言ってた」

「ふうん。帰国早々忙しいのね。少しくらい休ませてあげてもいいのに」

 キャロルは仕事に関する用事だと解釈したらしい。

「まあとにかく、早く家に入りましょ。疲れてるでしょ」

 キャロルに急かされて屋敷に入ると、見慣れない男が立っていた。テオには一瞬、新しい私兵のようにも思われたが、おそらく例の客人なのだろう。男が軽く頭を下げる。

 彼はすらりとした長身で、泥臭い一介の兵士よりかは、儀仗兵が似合いそうな美青年だった。そもそも兵士ですらないのかもしれないが、テオの目にはそう映った。

 きょとんとしているテオを見かねて、レベッカがふたりの間に入る。

「こちらはライナーさんよ。この子は同僚のテオ。詳しい話は後にしましょ」

 名前以外の情報が何もなかったが、彼がごく自然に右手を差し出すので、テオもそれに応じる。私兵達がそわそわしているように見えたので、どうやら訳ありの客人らしい。そんなことはわかりきっていたが。


 レベッカから聞かされた話はごく単純だった。ライナーは元王女であるアイリの護衛で、例の騒動で行き場のないふたりを匿っているらしい。いつぞやのミコトの話に登場した宗教家の元王女が、この屋敷に籠っているわけだ。

 アイリはミコトと幼馴染であるらしいが、現在のふたりの仲については期待できなさそうだ。細かい話を抜きにしても、アイリをこんな状況に追い込んだのはミコトに他ならない。そしてアイリが、ミコトの仕業であることを見抜けないはずがない。教授宅に匿っているのはミコトの慈悲なのかもしれないが、アイリにとっては焼け石に水というもの。

 ミコトはアイリと対面することがわかっていたから、わざと日を改めたのだろうか。そうだとすれば、明日は荒れそうだ。

 ライナーはどこまで知っているのだろう。誰もがアイリを見捨てたような状況の中、今も護衛として献身する彼が、何も聞かされていないとは思えない。テオは聞いた話を頭で整理しながら、ちらちらとライナーの様子を窺っていた。

 それが不自然だったのだろう。ライナーに笑われてしまった。

「そんなに珍しいか? 確かに物好きに思われるかもしれないが」

 物好きとは悪しき言い様だが、世間から彼はそう見なされるに違いない。今やアイリは、何の権威ももっていないのだから。

「そうは思わないけど……」

 テオが彼に質問したい内容は、すべてが爆弾のように思われた。訊くに訊けず、かといってお茶を濁す世間話もなく、テオはただ狼狽える。

「生憎俺の主人は、未だに傷心が癒えないらしい。だから迷惑を承知で世話になっているんだ。悪いが、理解してやってほしい」

 案外くだけた口調で話すので、テオは驚いてしまった。もっとアイリのことを敬っているのかと思っていたが、彼の言葉からはそれが感じられない。

 隣にいたレベッカも、その表情から察するに、違和感を覚えているようだ。

 相手がテオなので、慇懃な言葉は相応しくないと考えてのことかもしれない。以前のアイリの立場がどれほどのものなのか、テオは理解できていないので、アイリとライナーの関係はそういうものなのだと、無理に納得することにした。

 テオとレベッカに眉をひそめられているにも関わらず、ライナーは涼しげな瞳でふたりを見比べていた。


 アイリは屋敷の一室に籠りきりらしく、テオは対面するどころか、見かけることすらなかった。キャロルが頻繁に様子を見に行っているようだが、その様子に変化はないらしい。

「なんだかイメージと違ったなあ。八年前の噂ではもっと図太そうというか、肝が据わってそうなのに。キャロルが話しかけても最低限の返事しかしないし、今でも部屋から滅多に出てこないんだよ? オヒメサマっぽくはあるけど、ちょっと幻滅」

 私兵の中で唯一、現在のアイリの様子を知るドリーは、呆れ顔だった。

「まあいろいろあるんだろうさ。八年前とは周囲の様子も違うことだし、呆けていられるのは悪いことじゃない」

 ニックは擁護しているのか、けなしているのかわからない。テオは苦笑いする。

「ところで、あのふたりはどういう経緯いきさつでこの屋敷に来たの? ふたりを必死に探してる人だっていそうなのに」

「レベッカが連れて来たんだ。まあ十中八九、ドクターの命だろうな。俺も御姿を排したかった……」

 終始残念そうにしているのはエドである。アイリが気丈だったとしても、彼は会わせてもらえなさそうだが。

「ライナーも大変なんだね。そんな様子じゃ、屋敷を離れるわけにもいかないし」

「本当だよね。あたしだったら早々に見切ってる。でも、あの人も不思議なんだよね。こんな状況でもあのオヒメサマについてるくせに、何て言うのかな、発言が従順さに欠けるというか、献身に見合わないというか……」

 ドリーも違和感を覚えていたようだ。その率直な感想に、ニックも頷いている。

「案外気安い関係なのかもしれないが、ライナーもつかめない男だとは思う。あれで身軽だったら、教授が食いつきそうなものだが」

 それにはテオも同感だ。アイリがいるから、流石の教授も遠慮しているのだろう。

「それにしても、いつまで屋敷に置くつもりなのかなあ。もしかして、これが軍にばれたらまずいのかな? ドクターは何を考えてるんだか」

 ドリーは肩をすくめる。彼女は思ったことを全部口にしているので辛辣に聞こえるが、誰もが思っていることなのだろう。彼女を咎めようとする者はいなかった。

 アイリが殻を破るとしたら、それはきっと明日なのだろう。何も知らないふりをしておいたが、テオはそう思っていた。ミコトはアイリと対峙するべく、この屋敷に匿うよう仕向けたに違いない。大した根拠はないが、そう考えるのが妥当に思われた。

 ミコトは八年前の悲劇を、ここで終わらせるつもりなのだ。

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