58 投影

「かいつまんで説明すると、こんなところかな。帝国の地理がわからないと、イメージも湧かないかもしれないけれど。端折ったところは、あまり訊かないでほしい。私の計画というか、捏造したシナリオについても理解できたかな?」

 テオとジャスミンは、感嘆のため息を漏らす。波乱万丈の人生、と称するほどの年齢ではないが、ずいぶんと多難だ。

 ミコトがげ替えたという神話も、信じ難いものではあるが、あながち外れてはいないような気もした。メフィストは悪魔だし、女神も訳ありの様子。事実がどのようなものかは知らないが、現状を考えれば、辻褄は合うかもしれない。

「私が利用したのは、代々受け継がれていたと見られる手記。どこかまでは歴代皇帝の手記に他ならないから、宮殿に残っている文書と照らし合わせれば確認が取れる。その一部分を利用した。羊皮紙だからずいぶん貴重な資料だったんだろうけど、まあ致し方ない。あとは然るべきところに配置するよう、協力者に任せておく。極めつけがメルムの掃討だったんだけど、それもおかげさまで完了したというわけ」

「……ちょっと待て。よく考えたら、悪魔がどうこうって私のことじゃないか。精霊なんて理解されないだろうし、そんな物証まで用意したら、帝国で私が悪魔にされかねない」

 ジャスミンが焦る。ベゼルでもメフィストの存在は明かされていないので、そんな心配は不要なのだが、気分の問題なのだろう。

「悪魔が人に憑いてるなんて、本気で信じている人はないでしょ。そんなこと言ったら、私は悪魔の協力者の末裔だよ。すごく気にくわない。まあ、大して変わらないけど」

「それもそうだが……。しかしその話は受け入れられるのか? 啓示を授けた神というのは、信仰対象として弱い気がするし、新たに宗教として定着させなければ、女神を否定しきれないんじゃないか?」

 宗教のことはよくわからないので、テオは聞くに徹していた。ジャスミンにとっても不得手な話題なのだろうが、文字通り他人事ではないのだろう。

「そこはいちおう、啓示を受けた聖女がいるからね。すでに亡くなっているから、周りはともかく、本人に迷惑も何もないだろうし。それについても偽装工作がしてあるけれど、よほど熱心に調べてたところで推論なしには偽装とは判断できない。もっとも、それだけの証拠を偽造してまで神話を覆す理由があるとは、誰も思わないだろうね」

 仮に理由があったとしても、なぜそこまでやるほどの理由なのかという疑問が残る。そもそもミコトの計画に既に多くの人が翻弄される中で、真偽を疑う者がどれほどいるのか。

「信じる信じないは個人の自由だし、すでにある神話の信憑性が揺らげば、私はそれでいい。それに、この世界の姿よりかは、ずっとましでしょう? それを知らずにのうのうと生きてゆけるのだから、少しは矛盾した現実に苦しめばいい。そう思わない?」

 テオは頷きようがない。ジャスミンは複雑そうな表情だが、否定はしなかった。

 いずれにせよ、ミコトは帝国の人々を欺き、自由を手に入れようとしたのだ。その思惑通りに帝国が荒れているのなら、辺境で起きた災厄など、彼らの目には映っていないだろう。

「それじゃあ、帝国ではメルムのことなんて、その話題の一部でしかないんだろうね」

 テオは何の意図もなく言ったのだが、ミコトの顔色が変わる。わずかに、目が泳いだように見えた。

「そう……だね。私は多くの犠牲者が出ているというのに、メルムの存在すら利用した。それこそが、この世界の神の啓示だったかもしれないのに。メフィストも、あの鳥女も、メルムが出現しなくなればどうでもよかったわけだ」

 ミコトの表情が暗くなる。何か気がかりなことでもあるのか、黙り込んでしまった。

 数秒の沈黙。やがて、ミコトは自らその沈黙を破った。

「……ジャスミンは、メフィストのことをどう思っているの? 俗っぽく言えば大量殺人犯、かつ創世主である彼のことを。その存在が、自分に他ならないと考えたことはないの? あなたがどうして平然としていられるのか、私にはわからない」

 ミコトの瞳は、悲しみをたたえていた。

 ジャスミンは意外そうな顔をしつつも、その質問を噛みしめるように、ゆっくりと瞬きをした。

「ミコトには言われたくないが……。正直、よくわからないんだ。だが、私は彼を否定することができない。彼のしたことが母の望みであったことを、私は知っているからだ。彼は母の一部であり、今は私の一部でもある。それを、私は否定できない。……私は臆病なんだろうな」

 ジャスミンは自嘲するように笑った。冷淡な彼女に、テオはほんの少し、熱を感じた気がした。

 ミコトは彼女の嘲笑に応えるかのように、少しだけ目を細める。

「私はそうは思わない。私はエルピスという存在を、自分の一部と見なすことすら恐ろしい。実は自分は、彼女が都合よく生み出した、虚構の存在なのかもしれない。あるいは、存在しない幻想なのかもしれない。そう思えてしまうから。……私はあなたに、自分を重ねていた。でも、やっぱり私とあなたは違うようだね。あなたは強い。自分を認めることができる」

 ミコトが小さく溜息をつく。落胆ではなく、安堵の溜息に思えた。彼女は優しく微笑んだまま、ゆっくりと首をかしげた。

「私はいつまで経っても、自分が誰だかわからない」

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