54 ある少女(6)

 屋敷での生活は、ミコトにとって息のつまるものだった。

 マグノリアがいる間は彼女にくっついていれば良かったが、彼女がいない間はふらふらと外出したり、与えられた自室に籠って何とか日々を凌いだ。

 使用人たちは親切にしてくれたが、内心どう思っているのかわからない。しかしむやみに反発するほど、ミコトは子どもではない。好い子を演じるのは容易いとはいえ、精神的に疲れるものだ。父親や秘書であるヒナタがほとんど外出していたのが、唯一の救いである。

 しばらくすると、どのように手続きをしたのかは不明だが、ミコトも学校に通うことになった。リタや司書たちから教育を受けていたし、本ばかり読んで育ったのだから、突然学校に放り込まれて困ることはない。言われるがままに試験を受け、編入したのはなぜか高校だった。

 周りは年上ばかりだったわけだが、大した問題ではない。他の生徒たちとは絶妙な距離を保ち、当然のように好成績を収め続けた。放課後はまっすぐ帰宅せず、ぶらぶらと徘徊して時間を潰しては、マグノリアよりも遅く屋敷へ戻っていた。


 そんな生活の中で最も気がかりだったのが、マグノリアの執事であるフランクである。

 彼が執事兼護衛であることは知っていたが、マグノリアにくっついていると、執拗な視線を感じるのだ。ミコトを警戒しているというより、好奇心のようなものに思われた。

 マグノリアの前であからさまにじろじろと見られるようなことはなかったが、ふとした場面で彼を見ると、彼もこちらを見つめているのだ。一瞬目が合うが、彼は何もなかったかのように目を逸らす。それの繰り返しだった。しかし、彼が話しかけてくることはない。むしろ近づいてこない。

 ミコトは耐えかねて、マグノリアと二人きりでいる時に、こっそり彼について尋ねてみた。

「フランクは、いつから執事なの?」

「暴動が起こり始めた頃かな。世の中物騒だから、念のために警護してもらってるの。ヒナタさんがいつの間にか手配していてね」

 そうなると、彼がこの屋敷に迎えられたのも、ほんの数か月前ということだ。

「私も正直、彼のことはよく知らないの。あまり詮索したくないし。護衛としての活躍は幸いまだないけれど、執事としてはとても優秀だと思うから、その必要もないと思って」

 この言葉からは、マグノリアはあくまでも執事としてフランクを見ているように聞こえる。しかしミコトは、彼らの間に特別な感情があるのではないかという噂をすでに耳にしていた。その真偽はさておき、マグノリアはフランクを信用しているらしい。

 彼らの関係に水を差すのは気が引ける。それ以上質問するのはやめることにした。

 フランクも単純に、あのアイザックが妾の子をこしらえていたことに興味をもっただけかもしれない。あの視線が、ミコトの自意識過剰と結論付けられるのは業腹だが、さほど深い意味もないのだろうか。

 いずれにせよ、あの視線はどうにも耐え難い。宮殿での不快な記憶が蘇りそうになる。思案顔のミコトを、マグノリアが覗き込む。

「彼と何かあったの?」

「いや、特に何も。少し気になっただけ。そういえば、ヒナタさんはどうなの?」

「彼は母が亡くなってしばらくしたころに、父の秘書になったの。学生時代からの友人だったみたいね。彼は家に来てからずっと、父の目覚ましなのよ」

 アイザック氏の寝起きの悪さは特筆ものだ。亡くなった妻も、さぞかし苦労したことだろう。

「父も母が亡くなる前は、今ほど寝坊助ねぼすけじゃなかったんだけどね。気丈に振舞っているようで、案外脆いところもあるみたい。とにかく、ヒナタさんがいてくれると助かるわ」

 ミコトはなぜだか、ちくりとした痛みを感じた。

 まだ見ぬ母親は、それを狙っていたのだろうか。彼の弱みを利用して、彼に取り入ったのだろうか。そうして生まれたのが自分の存在なら、不愉快極まりない。

 いや、そんなどうしようもないことを気にしているのではない。おそらく父親である彼も、妻の死を悼むことができるらしいというところで不安を感じているのだ。自分の欠陥を、遺伝によるものとして安心したかった。人の死に対して自分が異常なまでに鈍感であることを、ミコトはよく理解していた。それが恐ろしくもあった。

「甲斐甲斐しいことだね」

 ミコトは興味なさげにつぶやいてみる。

 姉であるマグノリアは、ごく一般的な常識人だ。あるいは異常なまでに寛大で、よくできた淑女。聖女がいるのなら、こんな人間だろうと思わせる女性。父親が同じとは思えない、尊い人間だった。

 何が違うのか、ミコトにはわからない。


 マグノリアの話を聞いたところで、フランクの視線はどうにもできなかった。だからミコトは意趣返しのつもりで、彼を観察することにした。尾行は地下街で身につけたので、さほど苦労しない。何より暇を持て余していた放課後にちょうど良かった。


 そうこうしているうちに、暴動が激化していたらしい。エマが屋敷に転がり込んできたのも、その少し後だったはずだ。

 エマには同情するが、ミコトにはどうしようもない。マグノリアの隣を譲り、遠くから見守るつもりで話しかけることもなかった。自分が薄情なのはよく知っている。

 マグノリアのことは好きだったが、彼女の前でも好い子を演じ続けていたので、そろそろ疲れてきたころだった。姉から離れる息抜きとしては、ちょうど良い。

 同じくマグノリアを奪われてしまった子猫のシエロと共に、ミコトは悠々と、退屈な日々を過ごしていた。

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