53 ある少女(5)

 オリヴァー家を再訪すると、マグノリアが迎えてくれた。その日は休日だったらしく、居間に通されるとそこで父親が待っていた。

 彼らにとっては何の根拠もないはずだが、明言はせずとも、ミコトがアイザックの実子である前提で話が進んでいるように聞こえた。特に条件もなく養子となることを提案され、ミコトはそれを受け入れただけだ。

 マグノリアの母親が正妻なので、ミコトはいわば妾の子だ。しかしマグノリアは、それを何の葛藤もなく受け入れているらしい。むしろ、ミコトを養子とすることに積極的だったのは、彼女だった。

 ミコトはそのためにオリヴァー家に近づいたわけだが、これほどまでにあっさりと、養子になれるとは思っていなかった。しかし自分を受け入れてくれたからといって、簡単に彼らを信用するほど、ミコトは人懐こくない。

 父親は、生年月日や病歴など、いくつかの事務的な質問をした。ミコトの戸籍がどうなっているのかは知らないが、ひとまず宮殿の離れで暮らしていたことは話さなかった。胡散臭い血筋についても明かす気はない。経歴については、適当に誤魔化しておいた。

 最初に会った時から思っていたことだが、この父親は、何を考えているのかわかりにくい。マグノリアにせっつかれてミコトを養子としたのだろうが、それを彼がどう考えているのかが読み取れない。ミコトの存在は、明らかに面倒事のはずなのに。

 あくまでも事務的に質問や説明を続け、内容が尽きると、彼は最後にこう問うた。

「君の母親は、元気なのか」

 ミコトは母親に会ったことがないのだから、知るはずもない。だが、母親を全く知らないというのも奇妙なので、首を傾げておく。

 父親は、そうか、としか言わなかった。


 マグノリアとふたりきりになったときに、どうして見ず知らずのミコトを養子にするなどという、突拍子もない話が出たのか尋ねた。

「ミコトを一目見た時、絶対に父さんの子どもだと思ったの。あんなところで会えるなんて、運命的よね」

 彼女はこれを嬉々として話すのだ。そんな根拠もないことで養子にしようなどと言い出すとは、裕福な人間はやはり思考回路が違うのか。ミコトはそんなことを考えた。

「私の存在じたいが、父親が不倫していた証拠だと思うけど」

「私の母が亡くなった後の話だから、不倫じゃないわよ。計算しても、それは間違いないわ」

 大真面目に計算したのかということは置いておくとして、問題はそこではない。妻が亡くなった直後に他の女に慰みを求めるのも、充分如何わしいではないか。彼女がすでに大人であるから、こんなことを言えるのだろうか。

「それにあの朴念仁の父が、母以外の女性との色恋に走っていたなんて、ちょっと感心しちゃったのよ。どんな美女に迫られても、それと気づかないような人なのに」

 子持ちの既婚者であるのだから、朴念仁というよりは一途の極みなのだろう。マグノリアにとってアイザックは、単なる父親ではないのかもしれない。彼女の発言からは、どこか母性のようなものを感じる。

「あなたのお母さんは、きっと素晴らしい人だったのね」

 傷心の男に迫る女の、どこが素晴らしいのだ。

「私のどこが、あの父親に似ていたの? 一目でわかるほど、似ているとは思えない」

 顔立ちはどことなく似ているかもしれないが、その程度だ。他人の空似ということもあるだろう。ミコトには、確信に至る要素が見当たらない。

「どこって訊かれると困るけれど……。雰囲気がそっくりだったのよ。あの雰囲気を持っている人なんて、そういないと思うわ」

 あまり誉め言葉には聞こえない。父親があれなので、マグノリアも変わり者なのだろう。しかし実際、ミコトの父親はアイザックであるようだから、彼女の直感は当たっていたわけである。

「あなたは、迷惑じゃなかった? うまく言えないけれど、あなたの生きてきたところは、あなたに相応しくないように思ったものだから……」

 彼女も地下街のことくらいは知っているのだろう。相応しくない、か。

 承諾したのはミコトだ。彼女が勝手に話を進めたとはいえ、遅かれ早かれ、そうなるようにミコトが仕組んでいただろう。結果的には、計画通りだ。ミコトは首を横に振る。

 マグノリアは少し笑って、何かを思い出したように部屋を出て行った。ミコトが何かと思っていると、開いた扉が閉じる前に帰って来た。

 その腕の中には、小さな白猫が抱かれていた。

「つい最近拾ったの。あなたと同じ、新しい家族ね」

 子猫はまだ弱々しく、その瞳は薄い青色をしていた。首に青いリボンをつけていて、動きさえしなければぬいぐるみにも見える。

 ミコトは動物を飼ったことが無かったが、自分が動物好きであることはなんとなく知っていた。子猫を受け取り、抱いてみる。

「名前は?」

「シエロ。母猫がよく庭に来ていたのだけど、空のような青色の瞳をしていたの。きっとこの子も、そんな目になるんでしょうね」

 子猫は一様に、薄い青色の目をしている。母猫がそうだからといって、それが引き継がれると決めつけるのは早計に思われた。

「母猫は?」

「わからない。この子だけが残されていて、母猫は庭に来なくなってしまったの。他に兄弟らしき子猫は見ていないんだけど」

 捨てられたのか、不慮の事故か。しかし母親が行方知れずというのは、自分とどこか重なる。

「ミコトの瞳も深い青色だから、大きくなったら、よく似合うと思うわ」

 似合う、ではなく、似ている、だろう。何もかも。

 そしてふと思う。マグノリアも、早くに母親を亡くしている。彼女もこの猫に、自分を重ね合わせたのかもしれない。いや、それは考えすぎだろうか。

 母親はおらず、屋敷に住むのは帰りの遅い父親と、秘書らしき男、そして数名の使用人。彼女も家族を欲していたのかもしれない。そしてマグノリアにとって、ミコトは妹に他ならない。

 養子となるからには、この家にも馴染まなくてはならない。まずはマグノリアと、姉妹らしく仲良くすべきだろう。

 ミコトは子猫を撫でながら、今後の身の振り方を思案する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます