51 ある少女(3)

 地上の喧騒は、地下街にも届いていた。暴動によって仕事が増えるのかと思いきや、減ったのだ。

 大口の仕事を持ち込むお得意様には、金銭的に余裕のある資産家が含まれている。その一方、金を出し渋る一般人は相手にされないし、まずプロに依頼しようという考えがない。暴徒を恐れる資産家や王族が外出を控え、地下街に来なくなってしまったので、顧客と仕事当たりの収入が減少し、結果的に地下街の景気は悪くなってしまったのだ。

 もちろん、暴動によって増えた仕事もある。もとからごく小さな依頼も受けていた、復讐屋の仕事だ。暴徒を特定し、報復を行うというのも骨ではあるが、法に触れるものを含めれば、手立てはいくらでもある。その点では、憲兵よりもずっと優秀だった。

 ベアは運良く波に乗ったわけだが、地下街全体で、新たな顧客の発掘が課題となっていた。


「この不景気に、俺はあのオリヴァー家に挑戦しようと思う」

 そう言い出したのは、大手の便利屋に属する下っ端だった。

「いや、絶対無理だやめとけ」

 レイは即答した。ミコトはオリヴァー家という名前に反応して、興味津々で聞いていた。

「そんなに堅牢なんだ」

「ケンロー? まあ噂では、害を及ぼす人間は痕跡なく消されるって話だな。だが俺はそこをつく。自作自演で挑むつもりだ」

「硬くて丈夫ってことだよ。物騒な噂があるんだな。誘拐でもするわけ?」

 ミコトが乗り気なので、レイが心配そうに横目で見る。

「そうだ。まずグループAがオリヴァー家のマグノリア嬢を誘拐する。そして父親に身代金を要求した後で、グループBがマグノリア嬢を救出する。こっちははっきりと顔を見せて、マグノリア嬢に大いに恩を売っておく。で、父親は身代金を用意しているだろうから、不要になった代わりに礼として頂戴するというわけだ」

「なんで身代金用意してる前提なんだ」

 レイが呆れた様子でつっこむ。

「良心的な身代金じゃないと、頂戴できなさそうだな」

 ミコトは内心、舌なめずりをしていた。稚拙な計画だが、これは利用できる。

「そもそも、どうやって近づくんだよ。お前らみたいな下っ端にそんなことができるなら、誰だってやってる」

「お前……はっきり言うな。だが、俺はあの噂を鵜呑みしちゃいないんだ。絶対にどこかに隙がある。そこを狙うんだ。別に、本当に誘拐しなくたっていい。誘拐されたと思わせて、それを助けたように見せればいいんだからな」

「簡単に言うなよ。だいたいそれじゃ、父親にしてみればただの悪戯電話だぞ」

 レイはばっさりと否定する。

「面白いからやってみればいいじゃん。仮に失敗しても、グループAが犠牲になるだけの話だろ」

「リコ、お前も怖いこと言うな……。だが俺たち下っ端は、これに賭けようと思う。地下街に希望をもたらすんだ」

「わけがわからん。勝手にしろ」

 レイはまともに相手にしていないようだったが、ミコトは彼らに口を出しつつ、誘拐詐欺の計画立案を、最初から最後まで聞いていた。


「リコ、まさかお前、あいつらに便乗する気じゃないだろうな。オリヴァー家は危険だ。国中が動揺してる中で、あの家だけはびくともしない。よほど頭が切れるんだ」

「それは期待できるな。見物しに行こうと思う」

 レイは困りきった顔をした。こういう時の彼は、本物の兄のようだ。

「まあ、見に行くだけなら問題ないだろうが……」

「そのつもりだよ。俺は明らかに実現不可能なことはしない主義なんだ」

「それを見物するなんて、むしろ悪趣味だぞ」

 参加する気がないとわかったからか、レイはそれ以上何も言わなかった。


 そして決行日。マグノリアの通う大学に、下っ端一味は向かう。彼女が友人と別れ、ひとりとなったところを狙うのだ。執事兼護衛の男が迎えに来ることは調査済み。彼は校門で待っている。

 実際にマグノリアが一人になったのは、校門のすぐ手前だった。執事の目の前。これはリコの助言で想定済み。事前に仕掛けた、爆弾のスイッチを押す。

 ご挨拶程度の爆弾だが、爆音だけは派手だった。男が音源を目で追った瞬間、そして学生どもがパニックに陥ったところで、グループAの出番だ。

 顔を隠したグループAがマグノリアのもとに走った。

 ところが、彼女の姿はない。

 執事も遅れて同じ場所へ駆けてくる。明らかに怪しい人間が走ってくるが、いずれにしても彼女の姿はない。

 想像以上の大騒ぎとなった広場で、彼らは立ち尽くす。


 ミコトは爆発する直前で、マグノリアの背後についていた。彼女の顔も知らなかったが、グループAと執事らしき男の視線が交差する女性を見つければよいのだ。

 そして爆音に執事が目を逸らした瞬間、彼女の手を引いて走った。ミコトは学生には見えないだろうが、黒いケープを羽織った子どもがいたところで、別段怪しまれるわけではない。

「ちょ、ちょっと、あなたは」

 息を切らしながら、マグノリアが尋ねようとする。それを無視して、目の前にあった建物の上階へと上がる。広場の見渡せる窓際まで彼女を引っ張り、ようやく対面する。

「突然で申し訳ない。あなたは狙われていた。爆弾はそのための目くらましだ。今ごろ誘拐未遂犯は――」

 窓から見下ろすと、グループAは消えていた。まったく、逃げ足が速い。その代わりに、執事が走り回っている。それが滑稽だったのか、マグノリアが吹き出した。

「じゃあ、あなたが助けてくれたのね」

 走った後だからか、顔が上気していた。おそらく腹違いの姉である彼女は、全身から洗練された雰囲気の漂う、大人びた女性だった。彼女をぼんやりと見つめていると、下っ端一味が彼女の背後から現れた。

「お、おいお前っ。何のつもりだ」

 相手はリコを敵に回すことに対し、完全に怖気づいている。ミコトは思わず、鼻で笑う。

「遅すぎるねグループA。あれでは火薬の無駄というもの。あるいはただの近所迷惑だ」

 ミコトの嘲りを聞いているのかいないのか、彼らはどうしてもマグノリアを誘拐しておきたいらしく、リコからどう奪うかをひそひそと相談していた。マグノリアはただ、目を丸くするばかり。

「駄目でもともとだ。お嬢様を奪え!」

 グループAが四人がかりで襲い掛かる。マグノリアは少し怯えた様子を見せたが、ミコトは怯まない。手元にあった椅子を投げつけて、二人の頭部に激突させる。それを投げた勢いで、一瞬足を止めた男を蹴り飛ばし、残る一人には背後から飛び蹴りを食らわす。駄目でもともと。所詮下っ端である。

 ミコトは屠った四人に目もくれず、マグノリアの手を引いて悠々と立ち去った。


「あなた、すごく強いのね。グループAというのが、誘拐未遂犯なの?」

 お嬢様は喜んでしまっていた。ミコトはグループAのことを雑魚としか見ておらず、四人を相手取ったところで何とも思っていなかったのだが、この好感触には手ごたえを感じていた。すっかり忘れていたが、グループBはなかったことにしよう。

 広場には、憲兵が駆け付けていた。執事がすぐにこちらに気づいて、予想以上に驚いた表情をした。確かに黒いケープという、仮装か何かかと思われそうな格好をした子どもに、大事な令嬢が手を引かれていては驚くだろうが。

「ご、ご無事でしたか」

 令嬢に声をかけながら、執事はこちらばかり見ている。

「ええ、心配かけてごめんなさいね、フランク。この子が爆弾魔から助けてくれたの」

 爆弾魔ではない。誘拐詐欺未遂犯、グループAだ。だが、そんなことはどうでもいい。彼らには悪いことをしたかもしれないと、一瞬思う。

「そ、そちらは」

 この執事、まずは謝罪ではないのか。狼狽えすぎだ、情けない。なんて横目で見てみると、彼の目が輝いていて気味が悪い。いったいどんな趣味だ。

「えっと、まだ名前も聞いてなかったわね」

「ミコト」

 執事がえっ、とでも漏らしそうな口をしていたが、ひとまず無視する。

「ミコトね。あなたはどこから来たの? お礼をしたいのだけど」

 どこから、なんて言うものか。地下街は少々遠い。わざわざ来たとなれば、それこそ自作自演の共犯者と思われてしまう。マグノリアを見返して、答える意思がないことを示す。

「そうよね、いきなり失礼だったわ。でも、よければ家に来てほしいの。大丈夫かしら」

 ミコトはこくりと頷く。

 去り際に、グループAが倒れている建物に向かってこっそり手刀を切った。


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