47 捧げる者(1)

「ヒナタ、話があるんだが」

 起きてから半時弱しか経過していないにも関わらず、珍しくアイクが覚醒している。しかし今のヒナタは、それをからかう気にもならない。動揺する内心を悟られぬよう、皮肉っぽい笑みを浮かべて振り返る。

「どうした、改まって」

「エマがこそこそと何かしているのには気がついていた。こんな大事になるとは思わなかったがな。まあ、今さら嘆いても仕方がないが」

 神話を否定する、新たな啓示が授けられたという胡散臭い報道。アルカ教の崩壊、災厄の終結、超えるとあらゆるものが、跡形もなく消えるという世界の境界線の存在。信じがたい事実が、大真面目に公表されていた。その手の話題は、暇な連中ほど騒ぎ立てるもので、どれほどの国民が関心を寄せているのかは不明だ。

 それだけならば何の問題もない。しかし、その啓示を受けたのが、マグノリアだと言うのだ。名前こそ伏せられてはいるが、その事実を明かしたのが使用人であるエマ。オリヴァー家は国中から、好奇の目を向けられている。

「お前も、何かしら協力していたんだろう?」

 アイクは鋭い。昔から、隠し事は通用しない。ヒナタは降参の意を示すように、首をすくめて見せる。

「どうしてそう思った?」

 質問に質問で返すのは、肯定に等しい。アイクは深い溜息をつく。

「悪いが、全部知っていたんだ。お前がフランクを知っていたことも。……ミコトの母親を、お前が知っていたことも」

 ヒナタは息を呑む。すべてお見通しということか。ある程度のことなら感づかれているとは思っていたが、まさかアニエスのことまで知っていたとは。

「そうか……。俺は何か、へまでもしたのかな」

「へまかは知らないが、ミコトが俺の本当の娘であることは、ほとんど明らかだったろ。マグノリアでさえ感づいたくらいだ。お前が気づかないわけがない。ミコトが現れた時、俺はお前に……雄山羊扱いされるかと思ったが、お前はそのことに触れようとしなかった。お前は、彼女を知っていたんだろ」

 きっと、それだけではないはずだ。今さらではあるが、ヒナタは彼の慧眼に舌を巻く。

「なるほどな。お前は名前も知らなかったのだろうが、彼女はアニエスという名だ。俺の、幼馴染だった。壁外で慎ましく生きる、ある一族の娘。それを支える幾つかの家系が存在するんだが、その一つの家で、俺は生まれたわけだ」

 アニエスは、物腰の柔らかな、女性らしい女性だった。プラチナブロンドと、青い瞳。ミコトの顔立ちは、本当に彼女とよく似ている。ヒナタがはっとするくらいに。

「あの日俺に、アニエスを仕向けたのか……? お前がどうしてそんなことをしたのか、する必要があったのか、俺には理解できない」

 妻を亡くし、表にこそ出さないが、悲しみに暮れる彼のことを、アニエスに教えたのはヒナタだ。ミコトの父親はヒナタが選んだ。皇帝となる運命を背負う、彼女の子の父親を。

 アニエスが子どもを授かったと知り、ヒナタはアイクのもとを訪れた。かつての約束通り、彼の秘書となるために。そうしていつか、彼のもとに訪れるかも知れぬ、彼女の子を待つために。

 国中に知れ渡る、彼の名を利用しただけではない。彼を信用していた。能力があると思っていた。だから彼に、彼女の子どもを託そうとしたのだ。

「俺は、父親になれなかったんだよ」

 ヒナタは自嘲して笑う。アニエスを愛していたから、アイクを父親にしたかった。それが、アニエスとその子どもにとって最善だった。後悔はしていない。自分を犠牲にしたとも思っていない。ただほんの少し、ミコトを見るのが辛いだけ。アニエスに会うのが怖いだけ。

 アイクは目を伏せる。ミコトの感情表現に乏しいところは、父親譲りなのだろう。この仕草は、彼らが親子であることを如実に語る。

「そうか……。ミコトは知っているんだろうか」

「知ってるに決まっているだろう。お前の娘だからな」

 アイクは薄く笑う。そしてぴしりと、ヒナタを指さす。

「今回の騒ぎはミコトの仕業なんだろうが、お前の責任でもあるんだろう。なら、お前が処理しろ。ただし、エマを解雇する気はないからな」

 この男は情に厚いのか、単に打算的なだけなのかわからない。ヒナタは苦笑しつつ、額に手を当てた。

「当然だ。しかしマグノリアが聖女になるのは止められん。今の様子じゃ皇帝の父親になるのは無理なようだから、聖女の父親になっておいたらどうだ?」

「冗談じゃない、と言いたいところだが、やむを得ない。マグノリアなら、聖女も似合うだろうしな」

 アイクが庭の木蓮に目を移す。彼の妻が、好んで植えた樹だ。

 ヒナタがしたことは、彼を不幸にしたのかもしれない。いや、確実に彼を不幸にしたはずだ。後ろめたさは拭えなかった。

 きっとそれも全部知っていて、アイクはヒナタを傍に置き続けたのだ。ヒナタがアイクの傍に居続けたように。

 ヒナタは笑いをこらえるのに必死だった。そうしていないと、別の感情が湧き上がってしまいそうだったからだ。


 この男からは、もう逃れられないのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます