45 告白(2)

 ミコトは目の前で発砲されたにも関わらず、すばやく弾を避け、亜麻色の髪だけが散った。

 女は目を見開いたまま、その髪を見つめていた。すでにミコトの姿はなく、女の背後に回ったことにも気づいていない。

「そう、無駄だ。世界にも、人にも意味なんて無い。それが空しいのなら、意味があるように思い込み、そう見せかければ良い。それが自分の世界であり、今まであなたたちが描いてきたものでしょう? 私とあなたは、描いたものが違っただけ。それでも、あなたの世界が私を犠牲にするのなら、私はそれに抗うまで。たとえ、誰かを切り伏せてでも」

 女が崩れ落ちる。

「幻想に付き合わされるのは、もうたくさん」


 突然現れた三人は、いずれも重傷ではあるが、命に別状はなかった。ミコトが帝国に伝書鳩を飛ばし、引き取りを要請するらしい。

「結局、何者だったの?」

「うーん、話すと長くなるんだよ。そして私は話したくない。気分が悪いから」

 そう言われると、何も言えなくなる。

「ミコトさん、なんだかお洒落な髪形になったわね。それにしても、あの至近距離で避けられるなんて普通じゃないわ。どうしたら、そんな身のこなしができるの?」

 ソフィアは呑気である。ジャスミンを刺客に仕向ける正式な理由を作るために、わざわざ港まで出向いたのかと思っていたが、単に見物したかっただけかもしれない。

 ミコトの髪は、横髪の一部だけが短く切れて、非対照になっていた。

「変なところで切れてしまいましたね。特に拘りはないので、これを機に切ろうと思います。身のこなしについては、ジャスミンに教わってはいかがでしょう」

 ソフィアはジャスミンを見上げる。ジャスミンは困り顔だ。

「その気になられては困ります。……それで、帝国では何が起きているんだ。あの三人はどう見ても、帝国軍の人間だろう。迎えとは違うようだが、異常事態ではあるんだろう?」

「私の口からは言えない、というか私も知らないので。ひとまず、連絡を待ちましょう」

 ミコトが何も知らないはずはない。しかしいずれ明らかになることならば、部外者は座して待つ他ない。

「それでは仕方ないわね。楽しみにしていて良いのかしら」

 聞き分けの良いソフィアに、ミコトとジャスミンは内心、ほっとする。駄々をこねられるのは面倒だ。

 普段なら、ソフィアはここで引き下がらない。しかしこの女王は、決して無神経ではなかった。とぼけているように見えて、おおよその見当がついているかもしれないくらいだ。その証拠に、彼女は帝国からの連絡を楽しみにしていると言ったではないか。

「陛下のような方に、帝国の君主になって頂きたいものです」

 ミコトはしみじみと言った。


 何もなかったかのように客室に戻ったが、当然のようにジャスミンがついてきた。おそらく、ソフィアの命だろう。

「しかしミコト、あのような目に遭って、平然としているのはどうかと思う。あの女が言っていることは理解不能だったが、因縁でもあるのか」

 ジャスミンは単刀直入に言う。彼女は基本的に、回りくどい言い方をしない。

「まあ少し。……空耳かな。メフィストが笑っている気がする」

「それはないと思うが」

 ジャスミンが真顔で否定する。これはジャスミンだ。メフィストではない。テオは確信する。

「まあ、この期に及んで隠すことでもないか。イーリス神話は知っているよね? 女神が人々を救ってこの世界に導き、その女神の末裔が帝国の王、つまり皇帝である、という神話。ところが現在、帝国の皇帝は空席。何故かと言うと、八年前にクーデターが起き、皇帝が殺害されたため。

 嘘か本当か、先代皇帝は女神の末裔ではなくて、数百年前に王位を奪われた、真の皇帝が存在するという説が、アルカ教を中心に唱えられるようになった。それが見つからないから、皇帝は空席のままというわけ。ここまでは知っているでしょ」

 ジャスミンとテオは、お互いをちらりと見てから頷く。テオには、思い当たることがあった。


――お迎えに上がりました。災厄が終わった今、皆が皇帝の復活を望んでおります。


「ようやく気がついたようだね、テオ。私はどうやら、女神の末裔、つまり真の皇帝という、胡散臭い家系の生まれらしい。私は知らないけど、母を信仰する人間がその周りにいて、私の存在も知っていたんだろう。その手の人間が軍にも潜入していたらしく、あの通り。まったく、迷惑な話だ」

 ミコトはげんなりした顔で言う。ここは驚いて良いところのはずだが、ジャスミンは白けた顔をしていた。

「……あれ? もしかして信じられない?」

「いや、今さら驚くことでもないかと。その女神がエルピスで、その末裔に人格が引き継がれるということか……。それではミコトが、次の皇帝になるのか? 軍に所属しながら、よくばれていないな」

「いや、ばれていたよ。丁度良い機会が訪れるまで、監視下に置くついでに利用されていただけ。良い様に使われているとは思いつつも、私にとってもかなり都合が良かったわけで。その立場を利用して、私はある計画を実行した。おそらくそれが今、帝国を騒がせている話題」

 メルムの掃討に派遣されたと見えるあの三人の軍人は、その話題を知らなかったわけだ。メルムが出現しなくなった今が、彼らが心待ちにしていたであろう、新しい皇帝が即位する「丁度良い機会」だった。

 しかしそれを、ミコト自身が覆した。

「端的に言うと、私は皇帝になりたくなかった。だから、真の皇帝という人々の願望をなかったことにするために、神話自体、つまり女神に対する信仰を否定した。アルカ教もまあ、無事ではいられないだろう。とはいえ、私の計画にはかなり無理があるだろうから、辻褄は各自で合わせておいてほしいものだね」

 暴論だが、彼女の思惑通りに帝国は荒れている。人々を納得させるための手回しも、充分にされていたのだろう。

「神話を否定するって、歴史を書き変えるようなものでしょ。そんなことできるの?」

「神話は神話だからね。まあ、私だからできたことなんだけど。それを語るには、私の過去について話さなければならなくなる。長くなるけど、聞く気はある?」

「もちろん」

 テオとジャスミンは間髪入れず、しかも声を合わせて言った。ミコトは目を丸くする。

「そこはちょっと、躊躇ってほしかったな」

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