四章 追想

44 告白(1)

 客室で暇を潰していると、急ぎの様子で衛兵が現れた。

「ミコト様、あの、帝国の方がいらっしゃったようなのですが……」

「帝国の者ですか? 用件は何でしょう」

「それが……、明らかに武装されていて、入国を許可するわけにはいかないのです。対応はごく丁寧で、船上でお待ちいただいているのですが、とにかくミコト様を呼ぶようにと」

 ミコトとテオは顔を見合わせる。ミコトは心当たりがあるように見えた。

「すぐに向かいます。馬を手配して頂けますか」


 小さな帆船に乗っていたのは、軍人の格好をした三人組だった。男が二、女が一。確かに武装はしているので、テオも警戒する。敵なのかはわからないが、甲板という狭い範囲において、地の利は相手にある。

「お迎えに上がりました。災厄が終わった今、皆が皇帝の復活を望んでおります」

 女が膝をつく。テオには理解不能で眉をひそめることしかできなかったが、ミコトは相変わらずどころか、いつもより笑っている。

「いったいいつから、教団は秘密結社になったのかな。しかしあなたたちも不憫だ。帝国からの連絡が来なくなったということは、私の計画が滞りなく進行していることを意味する。即ち迎えは不要なのに」

 彼らに狼狽える気配はない。

「お言葉ですが、私たちは教団の人間と、少し異なります。アニエス様の意思を継ぐ者、そう称せばご理解頂けますか」

「なるほど。理解はできる。でも、承諾はできないね。私はあなたたちの望みを叶えない。したがって、母の意思も継がない」

 女はため息をつくかのように、目をつむった。

「では、無理にでもお連れするまで。無礼をお許しくださいませ」

 三人が武器を構える。帝国軍でも剣術は必須科目なのか、全員剣を抜いていた。ミコトは困り顔で肩をすくめる。

「手荒にもほどがある。ではこちらも、黙っているわけにはいかないね」

 ミコトが右手を挙げる。それと同時に、テオが左右の男二人に発砲した。が、当たらない。彼らはテオを標的に定め、容赦なく剣先を向ける。当然、彼らが狙うべきは邪魔ものであるテオだ。

 二人同時だろうと、かわすのは容易い。ミコトを背後に庇い、改めて銃を向ける。

「この少年も只者ではないようですね。しかし手加減するつもりはありません。諦めて降伏して頂けないのなら、彼の命を奪うことになりますよ」

 男達の陰で、こちらに銃口を向けている女の姿が覗く。相手が三人というのは、少なからず劣勢だ。武装と素早い動きで拳銃も効かない。テオは焦るが、背中の堅い感触にはっとして狙いを定め直す。

 一人の男が小さく呻いた。ミコトの投げたナイフが、脚に刺さったのだ。完全なる不意打ちに、避けることもできなかったらしい。それに一瞬狼狽えたもう片方の男を、テオが撃つ。

 この程度で引き下がりはしないだろうが、船から降り、陸へ上がる。様子を見ていた衛兵が、顔色を変えて駆け寄ってきた。が、ミコトがそれを制する。

「お構いなく。人払いをお願いします」

 衛兵は戸惑うが、帝国の人間に銃を向けるのも躊躇ためらわれるのだろう。言われた通りに踵を返した。その間に、三人が降りてくる。

「面倒だね。なかなかの手練れだ。こちらも不利な以上は、手加減していられないな」

 そう言いつつも、ミコトは至って冷静である。

「防弾装備で胸は狙えない。銃は不利だ」

 拳銃では、動いている人間にてるだけでも難しい。相手も拳銃には精通しているだろうし、運よく脚に中ったとしても、一発や二発では動きを封じきれない。

「頭には当てさせてくれなさそうだしね。それに弾が通らなければ、普通なら刃も通用しないと思うけど」

 当然のことではあるが、テオはがっくりする。

「じゃあどうするの」

 案外危機的状況だったようだ。手持ちの弾も限られている。乱射は禁物。

 と、敵を見据えるテオの目が、視界の端で閃光を捉える。

「何やってる。躊躇っている暇はないぞ」

 ジャスミンだった。男一人を、一太刀で屠った。ジャスミンの戦闘は実に鮮やかなのだが、どうにも味気ない。そして彼女が登場してしまうと、テオの出る幕がない。

「何者だ、貴様。邪魔をするな」

 女が喚くが、ジャスミンは意に介さない。血を払い、女に剣先を向ける。

「こちらの台詞だ。貴様らの矛先は、この国に向いていると思え。私は陛下の剣。貴様らが陛下に武器を向ける前に、その腕を斬り落とす」

 いったいどこに女王がいるのかと思っていたら、背後に、女王が見えた。彼女が参戦する理由を、自ら作っているというわけか。ありがたいが、呆れるほど奔放な王である。

 敵の意識が、完全にジャスミンに向いている。その隙にもう一人の男の脚に、何発か弾をくらわせる。

 残るは女一人。形勢が逆転したところで、背後のミコトが消えていることに気づく。

「残念だったね。不意打ち狙いのこちらも無粋だが、ここで引き下がらなければ、あなたも無様を曝すことになるよ。それとも、まだ手はあるの?」

 ミコトは女の目の前に立ち、女が構える銃口を、自分に向けさせていた。

 テオとジャスミンはそれを凝視する。相手の目的が彼女である以上、ミコトが撃たれることはないだろうが、当然、この状況には緊迫した。

「何をしても無駄なんだ。私の計画は、あなたたちの世界を壊す。もう止まらない。むしろ、もう終わっているかもしれない。その様子では、軍を抜けてきたんでしょう? あなたたちももう、自由になれるんだよ。それでもすがるものを、縛られるものを望むなら、他を当たってくれないかな」

 女には、ミコトの言葉の意味がわかったのだろうか。それがわからなくとも、ミコトが彼女たちを拒絶していることはとうにわかっているはずだった。テオたちも、ミコトが追い打ちをかけていることだけは理解できた。

 女が戦慄おののき、銃口がカタカタと音を鳴らす。ミコトはそれを見て、満足そうに笑っている。いつもの微笑とは少し違う。銃口を向けているのがミコトなのではないかと見紛うほどに、ミコトが女をもてあそんでいる。もはや狂気すら感じた。

 女は震えを噛み殺すようにして、ミコトを見据える。

「私たちは、あなたを王とするために生を受けたのだ。あなたがそれを望まないのなら、すべては無駄事。……すべてを終わらせます」

 銃口をミコトの顔に向けたまま、女の指が引き金を引く。

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