43 暗躍者

 ユンはブラックに呼び出され、喫茶店ロブスタに向かう。こんなに通っていては上に目をつけられてしまいそうだ。上官が懇意にしている限り、この店が監視対象になることはないのだろうが。

 ブラックとマスターは、昔から仲が良かったらしい。ブラックがミコトにこの店を教え、ミコトはユンにこの店を教えた。そういうわけで、この三人を繋ぐのはマスター、そしてロブスタという店である。

「何なんだ、おっさん。こんな夜分遅くに。大した話じゃなかったら帰るからな」

「俺も暇じゃないんだって。お前にあの記者の活躍ぶりを報告しようと思ってな」

 ユンはため息をつく。少し前、ブラックにサムを紹介したのだった。報告せずとも、彼の活躍など紙面を見ればわかる。

「あんただろ、アルカ教に手を回したのは。大方、汚職でもした幹部連中を利用したってところか。それともあんたが、説教したのか」

「俺が聖職者に説教は笑えるな。まあそんなところだ。一部を懐柔したら、あとは勝手にこうなった。敬虔な信者には自殺者……この場合は殉職者か? が出たらしいが、大した人数じゃないわな。瓦解とはまさにこのことだ。新たな戒律に加えなきゃな」

 汚職に手を染めるような人間が聖職者か。寛大な神がいたものだ。

「軍はどうしているんだ? 一時は結託した仲だろう。傍観してるのは薄情過ぎやしないか」

「自分勝手な人間の集まった、組織同士の話だぜ。薄情も何もないだろ。今回は利害も一致しない。軍にできるのは、精々暴動が起こらないように民衆を抑え込むことと、書き換えられた歴史に沿って、身の振り方を考えることだ。軍はあの啓示とやらを支持する気でいるらしいから、境界線の話はそのうち公表されるかもな」

 軍の尽力のおかげで、今回は八年前のような事態にはなっていない。混乱こそあるが、民衆も攻撃対象が見つからないのだ。それも政府によって報道が制御されているためである。これが政府、そしてそれを実質支配する軍の本気だ。八年前の暴動は、軍の意図によって発生したものであるのだから、当然と言えば当然である。

「やればできるんだな」

「まあな。あの記者が持っていた写真に、俺が写っていたのを見た時は肝を冷やしたが、まあこの状況なら、俺の地位も安泰だな」

 この男を撮るとは、なかなかの腕前だ。ユンは感心する。しかしサムがこの男と接触した際に、その写真は紛失してしまったのだろう。サムのほうは相変わらずといったところか。

「それは初耳だ。ホーキンズが暗殺対象になったのも納得だな。それで行方不明になっている王女様は、見つかったのか?」

「いや。しかしあの王女様も、世渡りが上手いのかね。誰かが匿っているのは明らかなんだが、関係者は一連の騒ぎにもまるで知らん顔だし、王女様の行方を尋ねても首を傾げるだけだ。全く関係の無い人間が、裏切りの女を匿ったりするかね」

 そうは言っても、元信者をすべて当たったわけではないのだろう。それも無駄だとは思うが。

「それで、お前はどこまで聞いているのかと思ってな。見たところ、お前が一番ヒメに近い。俺は方々ほうぼうに恩を売れて非常に助かっているから、この結末がどうなろうと構わないんだが」

「あたしに訊いたところで、話すと思ってんのか? あんたに言えるのは、すべてミコトの計画通りにコトが進んでいて、協力者は何かしら得をしてるってことだ。あの子の最終的な目的は、想像するしかないな」

 ブラックはにやりと笑う。この男は何かを掴んでいて、ユンに訊いているのだ。

「クリフはどうだろうな。上が感づいてヒメとの連絡を断たせたらしいんで、交換手はお役御免なんだと。ま、あいつはヒメに惚れてるようだから問題ないか」

「そりゃ手遅れだな。誰かがクリフを疑ったところで、何も見つかりゃしない。連絡手段が無くなったところで、この計画も止まらない。あいつは良い囮になったか」

 クリフは、国外に派遣された兵や諜報員との連絡を取りまとめ、然るべき相手に伝達する部署についている。暗号を扱うわけで、当然少人数な上に、任期の間は交流する人間すらも制限されるという、特殊ではあるが窓際とされる部署だ。

「まあそうだな。あいつに気を取られているうちに、俺の行動する隙ができたわけだからな。それもこれも計画のうち、か。恐ろしいな、ヒメは」

「軍のお偉方も、関心がなきゃ大したことないってことだよ。で、何を奢ってくれるんだ? 今日は」

「酒はやめておけ」

 ユンは舌打ちする。

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