42 寄り添う者

 教団という組織は、存外脆   もろかった。

 この元王女も、どうしてこんな所に身を置いたのか。そもそも自分の立場を危ういものにしてまで、クーデターを起こした理由が理解できない。

 腹の中ではそう思っていても、顔には決して出さない。青年は彼女の用心棒として仕えている。多くの者が教団を抜けた後も、その務めを放棄しなかった。

 この事態で真っ先に糾弾されるのは、彼女だろう。家族である王室を裏切った挙句、真の皇帝の復活を望む教団に手を貸し、今ではこの有様。八年前のような暴動が起こるかは不明だが、青年は念のため、彼女と身を隠していた。

 彼女は身を縮めて震えるばかりなので、人気のない建物に侵入し、目撃される前に別の場所へと移る生活には限界がある。青年は何とも思っていないが、落ち着ける場所があるに越したことはない。

 そう思いながらもこそこそと移動している最中、立ちはだかるように長身の女が現れた。

「こんばんは。アイリーン様。宿にお困りではないですか?」

 女はスーツを着ていた。しかしもちろん、ホテルに勤めている風体ではない。アイリは青年の背後に隠れる。

「何者だ」

 青年は武器を手に取るが、いつの間にか、その腕は女に押さえられていた。

「そう警戒しないでくださいよ。私はレベッカと言います。決して、あなた方に害をなす者ではありません。宿を紹介しますよ」

 女は武器を持っているように見えない。くるりときびすを返し、ついて来いとでも言うかのように振り返る。青年が意見を求めるようにアイリを見ると、彼女は小さく頷いた。

 

「お連れしましたよ、ドクター」

 案内されたのは、なかなか立派な屋敷だった。ドクターと呼ばれた男は、ふたりを歓迎するように両手を広げた。

「いやいやようこそ。部屋は有り余っていますから、遠慮せず上がってください。さぞかしお疲れのことでしょう、お食事はお済みですかな、在り合わせでよければ無くもないですが」

 彼は早口に言い切る。突然の誘いに戸惑いつつも、アイリの疲労が限界だったので、その好意に甘えることにした。もちろん警戒はするが、この物好きそうな男を見るに、それも必要なさそうな気がしていた。

 通された部屋にアイリを寝かせ、青年は男とレベッカという女のいる居間へ戻る。

「あら。放っておいていいの?」

「それは無用でしょう。この屋敷の警備は堅そうですし」

「ああその通りだ。この屋敷は軍の本拠地並みに警備が堅い。もちろん私たちが君らを襲うこともないから、安心してくれ給え」

 男が言い終わる前に、レベッカが口を挟む。

「こちらはギブソン教授、あるいは博士よ。あなたのお名前は?」

「……ライナーです。匿って頂いたことには感謝します。ですがあなた方の目的を聞いておかなければ、夜もおちおち寝ていられません」

「そいつは大変だ。睡眠は人間にとって不可欠だからな。不眠が続けばいざというときに本領が発揮できない。それでは君は困るわけで――」

「目的はあなた方を匿うことに他ならないわ。そして騒ぎが落ち着くまで、見届けてもらわなくてはいけないの。会わせたい人がいるから。ああ、この最後はお姫様には秘密ね」

 つまりこの騒ぎが終結するまで、安全を保障するということか。その真意は不明だが、疑っていても仕方がない。

「では、お言葉に甘えることとします。あの通り、アイリ様は不安定ですから、お気遣い頂けると助かります」

「それはもちろん。あなたも大変ね」


 アイリは部屋から出ようとしなかった。ギブソンの娘があやしに来ることもあったが、目に見えるほどの効果はなかった。八年前、あれほど図太く生き残ったのに、この違いは何なのだ。

「どうしてこんな……私は、あなたのためを思って……」

 彼女は毎晩のようにうなされ、同じような言葉をつぶやいていた。彼女が誰かに裏切られたのだろうということは察しがつくが、その影は、今は見えない。

 自分にできるのは、彼女の傍に居てやることだけだ。今居るべき場所は、此処ここに他ならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます