41 追及(5)

 なぜ知っている、なんて自明。エマから話を聞けば、自分の過去を調べることなど容易たやすいだろう。

 ホーキンズ暗殺任務の際、利用できそうな見習い記者を見つけた。アルカ教に楯突いた記者の弟子だ。計画に反対することはあっても、アルカ教側につくことはないだろうと踏んで、彼を選んだ。

 馬鹿ではないし、能力もそれなりに高いが、程良く鈍感で扱いやすかった。彼を採用して後悔はない。だが、まさか自分のことを調べていたとは思わなかった。

「探偵の真似事か? あたしのことを調べて、何の得がある」

「エマさんからの依頼だ。彼女は君の身を案じていた」

 あの令嬢。ユンは舌打ちする。母があの家の事件に巻き込まれたのは間違いないが、ユンにとって、そんなことはどうでも良かった。したがって、あの令嬢に心配される筋合はない。

 過去の話は、ミコトにすらしたことがない。彼女は本名を知っているしエマの近くにいたわけだから、知っていたのかもしれないが。なるほどこれも、ミコトの指示か。

「蒸し返されて気分の良い話ではないな。で、あの令嬢にはどこまで喋ったんだ?」

「まだ報告していないんだ」

 ユンはがっくりする。

「なんだそれ。まさか鎌をかけただけじゃないだろうな」

「いや、ちゃんと調べたさ。どう報告するか迷っていたんだ」

「優柔不断だな。好きなように報告しろよ。ただ、捜すだけ無駄だったとは言っておけ」

 過去にはこだわらない。父親との生活はろくなものではなかったが、あの日々のおかげで今の自分がある。そういう意味では、八年前の事件も捨てたものではない。

「そうか。じゃあミコトさんの近くで、手に職をつけていると言っておくよ。君は……、どうして軍に入ったんだ? それだけが、わからない」

 ユンはわざとらしく、深いため息をつく。

「図に乗るな。あんたにあたしの、何がわかってるって? あんたはあたしの過去を想像して、知った気でいるだけだ。それが正しいかなんてどうでもいい。過去ってもんはどんなに捻じ曲がっていても、辻褄さえ合えば良いからな。あんたが想像したあたしが軍を恨んでいたなら、それでいいさ。だが、それで知ったかぶるのは許さない」

 ユンに睨まれて、サムは怯む。この男はやはり、甘ちゃんなのだ。抜け目がありすぎる。詰めが甘すぎる。ミコトには会わせられない。

「まあいい。仕事は問題なくやっているようだし、勝手に想像されるのも気にくわない。答えてやるよ。あたしが軍に入ったのはな、向いていると思ったからだ。父親からも離れられるし、給料も悪くない。以上だ」

 ユンが頬杖をついて不機嫌そうに言うので、サムは気まずそうな顔をしていた。その様子を見て、マスターは笑いをこらえている。

「そうか……。詮索して悪かった」

「ああ。反省しろ。そもそもあたしは、アルカ教がどうなろうとどうでも良い。八年前のことは終わった話だし、神なんぞ、はなから信じちゃいない」

 ユンは切り口上に言った後、気を取り直してコーヒーを飲む。ぬるくなっていたが、猫舌なので気にしない。

「じゃあ、なんでこの計画に協力したんだ? はたから見れば、無謀な話だぞ」

「さあな。ミコトの頼みだからじゃないか」


 ユンが軍に入った理由など、本当に大したことではない。

 母親が帰ってこなかったあの日、ユンは胸騒ぎがして、外へ出た。他に心当たりがなかったので、ひとまず屋敷に向かう。

 多少夜遅くなることはあっても、深夜まで帰ってこないことは一度もなかった。つまりユンは無謀にも、深夜に出歩いたわけだ。屋敷は遠くなかったが、少しは躊躇ためらうべきだった。

 屋敷のすぐ手前まで来たところで、銃声を聞いた。今だからわかるが、あれは拳銃ではない。小銃の連射音だ。憲兵が警備をしていたという話を聞いたが、どう考えても一方的な攻撃としか思えなかった。

 もちろん当時のユンは人並みの子どもでしかなかったので、足がすくんで動けなくなった。屋敷の全体が炎に包まれてもなお、道にへたりこんでいたところを、通りかかった憲兵に保護されたのだ。その憲兵に憧れたことも、軍に入った理由のひとつだろう。何せ当時のユンは、何も知らない少女だったのだから。

 結局母親は見つからず、フローレンス家の事件と無関係な行方不明と見なされた。そのうち父親が迎えに来て、中央地区に来た。

 父親は、金はあるがろくでもない男、つまり堅気ではなくて、ごく普通の少女だったユンはその時死んだのだ。そして中途半端な不良少女のユンが生まれた。それからは父親に反抗し続け、最終的に軍に入った。

 生い立ちは複雑と言えるかもしれないが、それに対するコンプレックスはないとユンは思っている。だが、幸せに育てられた人間より、そうでない人間のほうが親しみは湧く。ミコトがそうなのだろう。もっとも、ユンも彼女の生い立ちを知るわけではないが。

 例の計画の全貌を知り、その目的について想像すると、ミコトに関してある可能性が浮かび上がる。きっと、ユンが友人であるから気づく部分もあるのだろう。だからこそ、想像せずにはいられなかったのだ。ユンもサムを責めることはできない。

 傍から見れば酔狂だ。しかし、ミコトにとっては大きな意味を持つのだろう。だから協力した。仮にそうでなくても、協力しただろうということは置いておくとして、それはユンの望みでもあったからだ。

 自分のことは構わない。だがミコトのことだけは、サムに悟られるわけにはいかない。


「それで、サム君はこれからどうするの?」

 険悪な雰囲気を払拭するように、マスターが話題を逸らす。

「もう少し、アルカ教の動きを追ってみようと思います。結構儲かってるんで、それが終わったら事務所を立ち上げようかなと……」

「おお、景気良いじゃん。今後もご贔屓ひいきに」

 呑気なものだ。人の気も知らずに。とはいえ、巻き込んだことを恨まれても困るので、彼が成功することはありがたい。

「情報屋でもやるのか? くれぐれも、師匠の後を追うなよ。あんたを手にかけるのは、さすがに寝覚めが悪そうだ」

「それは冗談じゃない」

 サムは顔色を変えて言った。

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