39 追及(3)

 サムは唖然とした。何だか裏切られた気分である。聡明に見えるエマの口からこんな話が出るとは、思いもしなかった。正直まだ、信じられていない。

 まさかユンは、この話の内容を知って、センセーショナルな記事にしろと言ったのだろうか。意味がわからない。

 エマの話によると、マグノリアの部屋から、啓示の内容を記録した手記が見つかったのだそうだ。なぜ今になって、と言いたいところだが、それまでは見つからなかったのだから仕方がない。

 その手記は、明らかにマグノリアの手によるものだったらしい。エマが言うのだからそうなのだろう。ここで虚言を述べられても困ってしまう。これまでもマグノリアの部屋を掃除することは多々あったし、遺品も整理したはずなのだが、その手記は見つからなかったのだという。しかしそれが突然、姿を現したのだ。

 胡散臭い話ではあるが、筆跡を鑑定するなり、劣化具合を照合するなりすれば、偽物かどうかは調べられるはずだ。そんなことに思い至らないはずもないし、真偽については後で良い。ひとまず話を聞かなければ、何も始まらなかった。

 その内容は衝撃的というか、これまでの概念を覆すようなものだった。これまでの概念とは、簡単に言えば、アルカ教の経典、イーリス神話の内容である。つまり女神がこの世界に人々を導き、苦しみから救ったというものだ。ちなみにこの女神の末裔が王族であるというのは、諸説ある。


「その内容を人々に伝え、理解させるのが、ぼくの役目ということですね」

 サムは頭を抱えていた。八年前の事件に関して調べるほうが、断然簡単に思える。

「ええ。神話に馴染みのある人であれば、かなり受け入れがたい話でしょうけど。でも、きっと信じざるを得なくなるわ」

 何を根拠に、と訊きたかったがやめた。サムはエマに止まらず、会ったことのないミコトにも、失望しそうになっていた。

 しかし、やるしかない。ユンがミコトの指示のままに動いているとしても、胡散臭くて無意味な話に、彼女が乗るとは思えない。ユンがミコトと親しいのであれば、ミコトという人物も馬鹿ではないはずだ。

「わかりました。整理したいので、しばらく時間を頂きたいところではありますが。今度、改めてお屋敷に伺います」

 エマは満足そうに頷いた。何かの用事のついでだったらしく、話が終わると礼を述べ、さっさと出て行った。去り際には、コーヒーを褒めてマスターを喜ばせた。

「なんか、とんでもない話してたね。神様がどうこうって。なんか、ミコトちゃんらしくないなあ」

「そうなんですか」

 サムは憔悴しきっていた。今後の苦労を先取りしたかのように疲れていた。

「うーん。まあ、目には目をってやつなんだろうけどね。そういうの信じる子じゃないんだよ。昔から冷めてるし」

「目には目を、とは」

 尋ねながら考えた。宗教を信じない人間が、宗教を扱おうとしているわけだ。目には目を、宗教には宗教を。つまり相手はアルカ教というわけか。

 それならエマも、演技をしている可能性が高い。少しほっとする。

「そういうのは俺が言うことじゃないからね。ユンちゃんに訊いたら? 夕方になれば、呼んであげれるけど」

「いえ、それは自分で考えます。あの、ミコトさん、とはどのような方なんですか」

「ミコトちゃん? 俺が喋っていいのかね」

 彼は何でもかんでも口を滑らせるわけではないらしい。

「ですよね。オリヴァー家のご令嬢だし……」

 がっかりしたサムを見て、マスターは笑っている。

「いや、そういうわけじゃないんだけど。その噂信じてるんだ」

「え、やっぱり出鱈目なんですか」

「俺が知るわけないじゃん。でもまあ、ユンちゃんが言ってた軍の話と同じじゃない? 何の痕跡もなく、次々と邪魔者を手にかけるなんて無理だと思うよ。案外、本当にネタになるようなことをしていないのか、敢えてそういう噂を流して人を寄せ付けないようにしているかじゃないかな」

 確かに、本当に都合の悪い人物が次々と姿を消しているなら、間違いなく軍から疑いの目を向けられるだろう。軍に取り入って揉み消しているとしても、全く人に知られずに、というのは難しい。そもそも八年以上前から軍と繋がりがあったのなら、王室と交流があったと見なされる。

 もちろん鵜呑みにしていたわけではないが、サムはそんな噂で恐れを抱いていた自分が情けなくなった。

「ミコトちゃんも謎めいた女の子ではあるけどね。ユンちゃんと似てるとこがあって、気が合うんだろうね。可愛いし」

 やはりふたりは仲が良いのだろう。これ以上ミコトの話を聞くのは難しそうだが、ユンがいない今、彼女については尋ねる好機だ。

「マスターは、ユンさんとの付き合いも長いんですか?」

「俺? うーん、かれこれ三年くらいかな」

 ジューン・ヒースがユンであれば、彼女は二十四歳。当時二十一歳か。

「そのころから、今の仕事をしてたんですか」

「そうなんじゃないかな。部外者の俺が知ってちゃいけないんだけどね。新兵のころから、かなり重宝されてたみたいだよ。これは常連からの情報だけど、君に話しちゃっても、今さら問題ないよね」

 ということは、高校を出てすぐに入軍したということか。ユンが父親のもとにいたのはおよそ三年。彼女の本名を知ることができれば、父親が見つかるかもしれないし、その三年間について情報が得られるかもしれない。

「ところで、ユンというのは本名なんですか? 珍しいなと思っていて」

「さあ。ニックネームなんじゃない? 俺は本名知らなくてもやっていけるんだよ」

 確かに、マスターにとってユンは店の常連でしかない。知らなくとも不自然ではないか。

 本人に訊けばわかることなのかもしれないが、それは避けたかった。仮にも記者である、サムの意地だ。ユンに訊いたら何を言われるかわかったものではないというのもあるが。

 エマの話にはげんなりしてしまったが、それが計画のひとつにすぎないのであれば、サムは歴史的大事件の立役者となれる。そうであれば、エマに協力するのも悪くない。

 利用されているとはいえ、自分はユンに選ばれたのだ。エマの依頼も、腕試しの一環かもしれない。サムは後ろ暗さを忘れ、そう考えると俄然、やる気が湧いてきた。

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