38 追及(2)

 サムが相変わらず自宅でくすぶっていると、電話が鳴った。エマからである。

 サムがエマに近寄った口実は、あくまでも個人的な、八年前の調査である。そのついでにユンの調査を依頼されたわけだが、その調査も中途半端なままであるし、ユンによると、サムの仕事は全く別にあるらしいので、電話口ではあるが、どんな顔をすればよいのかわからない。

「突然ごめんなさい。でも、誤魔化したままでいるのは悪いと思って。明日そちらに伺おうと思うのだけど、お会いできるかしら」

「え、ええ、もちろん」

 しどろもどろな受け答えしかできなかったが、ひとまず例の喫茶店、ロブスタで会うこととなった。


「あれ? サム君じゃん。今日はどうしたの。ユンちゃんはまだ、仕事中だと思うけど」

「いや、人と待ち合わせで。例の女性なんですけど」

「あら、そうなの。でもこの店わかりにくいから、初めて来る人との待ち合わせには向かないと思うな」

 そこは対策済みである。わかりにくいとは言っても、路地裏に入り口があることさえ知っていれば、この店を見つけるのはさほど難しくない。

 約束の時間より十分ほど早く来たので、奥の席を確保し、念のため店の入り口に立って待っていた。その数分後、エマはすんなりと彼を見つけ、落ち合うことに成功した。

 彼女を連れて店に戻ると、マスターがまじまじとエマを観察していた。強面の男に睨まれていると感じて、エマはおののいている、ように見えた。

「初めまして。ミコトちゃんからちょっとだけ、このお店のこと聞いてます」

「え、そうなの。何て言ってた?」

「コーヒーも料理も美味しいって言ってました。あと、マスターは見かけによらず、優しい方だとも」

「見かけによらずは余分だったな」

 マスターも自分の強面は気にしているらしく、わかりやすく落ち込んでいる。

 しかしミコトという人物を、サムは知らない。

「ミコトさんというのは?」

「ああそっか、知らないのね。あまり知られていないけど、オリヴァー家の令嬢で、私の主人の一人なんです」

 理解するのに数秒かかったが、要するにミコトという女性が、彼女たちに指示をしている人物なのだろう。詳しく聞くのは後にして、確保した席に案内する。

「ええと、何からお話すればよいのか」

 ぐだぐだと先日の話を修正しようとするサムを、エマが手で制した。

「わかってるので大丈夫。長い話になるから先に聞いておきたいのだけど、彼女について何かわかったかしら」

 サムは一瞬迷ったが、とりあえず聞き込みで得た情報を話した。その間に、ユンのことを明かすべきか考えようというはらである。

 マスターが運んできたコーヒーを上品に啜りながら、エマは黙って話を聞いていた。

「じゃあ、父親に引き取られた後のことはまだわからないのね」

「すみません。手掛かりを探すのに手間取ってしまって……。あの、彼女が見つかったら、会うつもりなんですか?」

 エマは少しの間、コーヒーを見つめて黙った。サムは時間稼ぎのために質問したので、時間稼ぎが功を奏してほっとする。まだ判断は下せていない。

「どうだろう。彼女がどうしているかさえわかれば、それで良いのだと思う。今さら、彼女の人生に踏み入るつもりはないし」

 探している人物が目の前の男に自分を調べさせていたと知ったら、この人はどう思うだろう。いっそのこと言ってしまおうかとも思ったが、よく考えたら確証がない。まさか他人の空似ではないだろうが、確認はすべきだろう。

「次にお会いする時にはご報告できるよう、尽力します。本題に戻りますが、ぼくはあなたのお話を聞けばよいのでしょうか」

「ええ。でもその前に、信仰している宗教はあるかしら?」

 突拍子もない質問である。

「いえ、特には。何かしらの影響は受けているんでしょうけど」

「では、神の存在は信じていないのかしら」

「まあ、崇めるほど信じてはいませんね。信じる信じないは個人の自由ですから、否定するつもりもないですが……」

 無宗教の人間にとって、最も一般的かつ妥当なスタンスだと考えている。しかしこの問答はなんだ。嫌な予感しかしない。

 八年前の暴動もそうだが、宗教は時に、人間を狂わせることがある。本来宗教というものは、人々に幸福を与え、善へと導く。しかし価値観に影響を与えるぶん、負の方向へ導くことも可能だ。信仰するものが何であれ、組織化するのは人間であり、教義のすべてが正しいとは限らない。そもそも、絶対的な正義と悪なんて存在しない。

 宗教に狂わされる人間の心理は理解できないが、彼らも自分は大丈夫だと思っていたわけで、自分がそうならない保証はない。それをわきまえているから、宗教に関する話題は警戒してしまう。

「そう。それならいいの。私は昔、アルカ教徒だったのよ。といっても敬虔けいけんな信者ではなくて、いちおう王族だから女神様のことは信じていた、くらいだったけれど。もちろん今は違うわ。アルカ教に家族を殺されたも同然だし」

 サムは話の方向がわからず、はあ、という気の抜けた返事しかできない。エマはおかまいなしに、酔いしれたように語り続ける。

「だけど、神はいたの。神は確かに存在する。それも所詮は人間でしかない女神なんかじゃなくて、奇蹟を授ける絶対者。その御言は人々を救う。人々を脅かす怪物も、姿を消す」

 いよいよサムはついていけなくなる。突然何を言い出すのだ。

「えっと、それはどういうことでしょう」

 エマの瞳は輝いていた。その恍惚とした表情に、サムは危機感を覚える。

「マグノリアは啓示を受けていたのよ。私は彼女の代弁者となるの」

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