37 追及(1)

 サムは自宅の机で考え込んでいた。ユンのことについてだ。

 エマに依頼されて調査した少女は、ユンのことだった。一方、サムはユンに誘導されて、エマに辿り着いた。お互いに捜していたにしても、少々奇妙な状況である。

 エマがオリヴァー家にいると報告した時の、ユンやマスターの反応を思い出す。ユンにとっても意外だったということは、全く知らなかったのだろう。だから自分に調べさせたのだと考えるのが無難だが、彼らの言動から推測するに、この件には誰かが絡んでいる。もっと言えば、ユンも、誰かの指示で動いている。

 その人物はきっと、マスターとも知り合いで、ユンとの付き合いを彼に知られている。ユンとは仲が良いのかもしれない。

 エマがオリヴァー家にいると聞いて、どうしてあれほどユンは驚いたのか。オリヴァー家に曰くがあるからだとしても、マスターが吹き出したのは解せない。それに、ユンはフローレンス家の屋敷の近くに住んでいたわけで、オリヴァー家の屋敷の存在は知っていただろうし、エマがマグノリアの友人であったことも、知っていた可能性がある。

 オリヴァー家は、ユンやマスターにとって、何か特別な意味をもつのだろう。エマが使用人となっていたことは知らないのだから、マグノリアの事件をユンが詳しく知っていた可能性は低い。経緯を尋ねたことから、ユンはオリヴァー家との関連を、全く疑っていなかったと考えるべきだろう。

 サムは、試験に合格した。ユンはそう言っていたはずだ。エマの居所を突き止めたのだから、第一関門を突破したことは明らかだろう。その試験はある人物が課したもので、オリヴァー家に行き着いたことが合格なのだとしたら……。

 エマはまるで、サムの目的を知っているかのような口ぶりだった。そして、ユンの行方を捜すよう、サムに依頼した。どことなく、ユンと重なるではないか。もしやエマも、ある人物から指示を受けている?

 やや突飛な発想かもしれないが、その人物は、オリヴァー家に関連のある人間なのではないか。ユンと親しいのならば、軍の人間かもしれない。

「オリヴァー家なんて、下手に調べられないしなあ」

 ユンには、ひとまず証言者であるエマからの連絡を待ちがてら、取材の練習でもしておけと言われている。ユンについて調べようかとも思ったが、自分がとんでもない話に巻き込まれている気がして、何も手につかない。

 サムは頭を掻きむしる。どうしてこんなことになってしまったのか。


「なんかやばいこと企んでるんでしょ、ふたりで」

 マスターが、カウンターに突っ伏すユンに囁いた。

「マスターは聞いてないわけ?」

「ミコトちゃんに訊いたんだけどさ、見てればわかるよって言われちゃって。ま、聞かない方がおもしろいこともあるじゃない? だから楽しみにはしてるんだけど」

 つまり、マスターは実行役ではないということだ。ユンは突っ伏したまま顔をあげて、酒を飲み干す。

「ミコトが言いそうだな。言っとくと、ふたりだけじゃない。あの子がやろうとしてることは、けっこうでかくて、どうでもいいことだよ」

「どうでもいいことを、ミコトちゃんがやるわけ?」

 ユンはくつくつと笑う。酔いが回っているからか、頭がふわふわと揺れている。

「いいや。どうでもいいことだけど、皆が気にしていることなんだ。たぶん歴史もひっくり返って、大騒ぎになるだろうね」

 マスターは怪訝そうな顔をする。しかし、思い当たることがないでもない、という顔をしている。

「危ないことではないわけ? 君たちが犯罪者になるのは、ちょっと悲しいな」

「ちょっとかよ。ミコトが考えたことなんだから、あたしらが犯罪者になるわけないじゃん。軍だって黙らせて、気に入らないやつに煮え湯を飲ませるだけだよ」

「ふうん。それならいいけど。しかしあの兄ちゃんは、大丈夫かね。下手に動くと、危ないんじゃないの」

 サムの話が出たせいか、ユンは押し黙る。少し身じろぎした後で、つぶやくように答える。

「あたしらと軍は、利害が対立しないようになってるんだよ。あいつが勝手なことをしなければ、軍は動かない。仮にあいつが死んでも、あたしらには何の痛手でもない。だからわざわざ利用してるんだ。そんなに心配なら、かくまってやればいいだろうが」

 お鉢を向けられて、マスターは苦笑する。

「そんなこと言って。しかしミコトちゃんは抜け目がないよねぇ。いつの間に、手回ししたんだろうね」

 ミコトはすでに、国内にいない。ユンに本格的な話を持ちかけたのが、彼女が国を出る少し前。いつから彼女が計画し、手を回していたのかはユンにもわからない。

「さあね。フローレンスの令嬢のほうが、詳しいんじゃないの」

 彼女がすべてを知っているから、今後利用する記者に調べさせろというのが、ミコトの指示である。その居所を知っていながら教えなかったのは、記者を試すためかもしれないし、いざという時に、記者を計画から切り離すためかもしれない。無能な他人に義理を感じるほど、ミコトは他人に優しくない。

「どんな人なんだろうね。身近な人だとしても、ミコトちゃんが利用するなんて」

「人聞きが悪いぞ。まあ、その気になってる人間であることは間違いないだろうな」

 ミコトは妙に、利害の一致にこだわるところがある。彼女にとって、相手が信用できる人間か否かを見抜くことくらい容易いわけだが、ユンの見る限り、ミコトは相手の人柄よりも、立場を見て判断している。つまり彼女は、裏切ることができない立場である人間を信用するのだ。

 ユンはそれを知っているから、ミコトがなぜ、自分と友人でいようとするのか疑ってしまうことがある。もしかしたら自分も、利用されているだけなのではないか、そう考えてしまう。それでも構わないとすら思っているが、ユンはずっと、どこかで不安を感じている。

 ミコトに裏切られることが怖いのか、友人という関係を妄想だと突きつけられるのが怖いのか。自分にとって、ミコトの存在はどれほどのものなのか。ユンには何ひとつわからない。一緒にいることに理由など必要ないと信じたいのに、信じきることができない。


 自分の感情さえもわからないというのに、ミコトが考えていることなど、理解しきれるはずがない。

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