36 追う者(5)

 エマにフローレンス家の話を聞いたのは、ユンたちにとっては蛇足だったようだが、興味深い話を聞いた。

「私も取り乱していたもので、いろんなことに気が回らなかったのよね。葬式や遺産のことも、お世話になっちゃって。捜査も形式的なもので、犯人も捕まらないし。それでかなり後に知ったのだけど、家に来ていたお手伝いさんも、行方不明になっていたらしいの。娘さんと二人で暮らしていたから、娘さんのことが気になっていたのよね」

「仲が良かったんですか?」

「それほど。見かけたら挨拶するくらいかな。でも、私たちのせいで、お母さんを失ったかもしれないわけでしょ。今どうしてるかなって、気になるの」

 エマは遠い目をして言った。この人は、本当に優しい人なのだろう。家族を殺害されていながら、事件に関して恨み言らしき言葉を口にしていない。さらに、他人を心配する余裕もある。

「そうだ。あなたに協力するかわりに、その子を探してくれない? 無理はしなくていいの、できたらで」

 サムは快諾し、連絡先を交換した。余計な調査が許されるのかは知らないが、情報を得る対価であれば、あの女も溜飲を下げるだろう。

「それではできる限り、その方に関する情報を教えていただけますか」

「ええ。でも、大したことは知らないの。名前はジューン・ヒース。ヒースは母方の姓だから、父親に引き取られたりしていれば、変わっているかもしれないわ。父親についてはあまり聞いたことがなくて、ご存命かも不明なのだけれど。当時住んでいたところは――」

 現在の彼女につながるような情報は本当になかったが、ひとまず当時住んでいた集合住宅で、聞き込みをしてみた。八年前ではあるが、彼女やその母親のことを覚えている人は、案外多かった。

 軍に逆らうような案件ではない、ただの人探しなので、こちらは気軽に調査ができたということもあり、短時間でもそれなりに情報が得られた。もっとも、彼女に辿り着くほどではない。本来であれば。

 母親が行方不明となってしばらく経った頃、彼女は父親に引き取られたらしい。身なりは悪くないが、柄の悪そうな男だったようだ。その当時、彼女は十六歳。

 仲の良い友人ともろくに挨拶できないまま、彼女は父親に連れて行かれたのだという。運良く当時の友人と会うことができ、彼女の写真を提供してもらえた。

 その写真を見て、妙な感覚を味わった。いわゆる、既視感だ。

 どこかで会ったかもしれない、というよりも曖昧で、似ている誰かを見たことがあるかもしれない、その程度の感覚だった。それでも明確に何かを感じたのは、その感覚に起因する記憶が、新しいものであったからだろう。


 初めてユンを正視して、彼女だと確信したのだ。その前までは、彼女の猫目しかまともに見たことがなかったのだから、思い当たらないのも無理はない。

 思わぬ形で依頼を達成したわけだが、ユンについて嗅ぎまわるのは難しそうだ。

「で、当事者から話を聞いてどうだ?」

「どうだって言われても……。警備についていた憲兵まで殺されていたなんて、一般人の仕業と考える方が難しいだろ」

「そうか? 軍の人間以外が、一般人ってわけじゃないだろ。だいたい、あんたは殺人レベルの犯罪すべてを、軍の仕業にするつもりか?」

「すべてとは言わない。犯人が逮捕されている事件もあるわけだし、その手のものは、度を越した暴行事件が大半だ。暴徒による犯行と考えるのが自然だろう」

 ユンが大げさにため息をつき、コーヒーカップを傾ける。

「ちょっとは察しが良いかと思えば。軍の暗殺機関を何だと思ってる」

 否定される理由がわからず、サムは眉を顰める。

「人間を殺すってのは、リスクも損害もそれなりに大きいんだ。もちろん殺す相手にもよるが。いずれにせよ、軍が組織立って暗殺に踏み切る場合は、そう多くない。警告を発し、それでも応じない場合の最終手段だ。いちいち暗殺していたらきりがないし、反感を招く。実行するにしても、徹底的に隠蔽するか、見せしめとして最も効果のある方法をとるか……。後者の場合も、関係者にしか軍によるものとはわからないようにする」

「それじゃあやっぱり、暴動のほとんどが暴徒の仕業ってことか?」

「そうじゃない。軍による暗殺も何件かあるだろうが、あんたが言うほどわかりやすく区別できるはずかないってことだ。犯人が逮捕されているかも、手口の傾向も関係ない。罪をなすり付けるのは簡単だし、通り魔的な犯罪であれば、犯人が逮捕されずとも不自然じゃないから、わざと見逃してるものもあるんじゃないか。つまりダミーを使って、本当の目的がばれるのを撹乱していると考えるべきだ」

 ユンの言うことは道理だ。しかしそうなると、フローレンス家の事件についても、軍による暗殺とは言い切れないではないか。

「結局、俺に何を調べさせたいんだ? フローレンス家の事件が暴徒によるものだったら、俺はいったい何のために、エマさんを探し出したんだよ」

 ユンはまた、鼻を鳴らす。

「あんたにフローレンスの娘を探させたのは、その娘を見つけ出すためだ。そのついでに、あんたを試したんだよ。八年前の事件について調べることが目的じゃない。ただ、あんたが勘違いしているようだから、正しておこうと思っただけだ」

 暗殺を仕事にしているユンは、掃除屋のごとく殺人を犯していると思われて心外だったのだろう。あるいは、サムのような素人に感づかれるほど、軍は甘くないと言いたいのか。

「それじゃあ、俺の仕事はおしまいか?」

「何を喜んでる。ここからが本番だろうが。……ところであんた、どうやって生活してるんだ?」

 突然、俗っぽい話になる。また嫌味を言われるのかと思ったが、ユンはどこか心配するような、神妙な表情をしていた。

「貯金を切り崩してるよ。親に頼るわけにはいかないからな」

 これまでの意趣返しをするつもりで、嫌味っぽく言った。

 ホーキンズはフリーの記者、あるいは情報屋の傍ら、ちょっとした探偵業も行っていた。それが情報源となることもあったわけだが、臨時収入としては優秀な業務だった。サムは学生時代から、ホーキンズの手伝いとして事務所に出入りしていたので、簡単な探偵業を委託されることが多かったのだ。その収入は、なかなかに割が良かった。

 もちろん学費や生活費を親が負担していたからこそ可能な貯金であったわけだが、こつこつと貯めていたおかげで、無職となった今でも何とか生活できている。

「殊勝だな。あんたはまだ、フリーの記者をやる気でいるのか?」

「諦めちゃいない。資金も人脈もないんで、今は難しいが。そんなこと尋ねて、職探しをしてもいいのか?」

 ホーキンズの一件を聞きつけた家族には、猛反発を食らった。学歴は問題ないのだし、まともな職に就けと散々言われた。ユンに捕まったせいでもあるが、それでも今のところ、ホーキンズの跡を継ぐことをやめるつもりはない。

「いいや、あんたにサラリーマンになってもらうのは困る。成果次第で、報酬を払ってやるよ。経費込みで。あんたがどうしても降りたいって言うなら、帰すわけにはいかないが」

 さらりと恐ろしいことを言う。しかしこれで、正式な契約が成立するということか。

「乗り掛かった舟だ。もちろん受けるよ。だがそれなら、依頼内容を詳しく聞きたいものだな」

 ユンはにやりと笑う。

「証言者から話を聞いて、それをセンセーショナルな記事にまとめ上げるのが、あんたの仕事だ。うまく行けば、歴史の立役者になれるだろうな」


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