34 追う者(3)

 一家惨殺、放火事件の現場は、中央地区からは少し距離があり、通い詰めるには億劫おっくうな西地区にあった。この辺りは知識人や資産家が多く、治安が非常に良い。それに関係するかは不明だが、アルカ教の教会も、この辺りでは見当たらない。

 問題の現場は更地になっていた。尾行がついているとは思えないが、通りすがりにちらりと確認する。ここでは何もわからなさそうだ。

 あてもなくぶらぶらと歩き、大きな墓地を発見した。一家の墓がある可能性は高いが、それを探すのは時間の無駄としか思えない。

 ここまで来たのだから、何かしらの手掛かりは欲しい。しかし焦りは禁物だ。自分の命がかかっているのだから。記者という職業は、こんなにも危険が伴うものなのだろうか。

 また女ににどやされそうだが、公園のベンチに座って思案する。生存した娘は、当時大学生だった。調べてはいないが、さぞかし良い大学だったのだろう。結局のところ、お嬢様なのだから。

 家族を失った彼女は、いったい誰を頼ったのだろう。普通なら親戚だろうが、比較的王室と関係が深かったためか、血縁者のほとんどは暴動の被害者、しかも殺害されている。

 こういう時に縋りたいのは友人だろうが、他人を匿う余裕があるのは、限られた人間だけだ。条件としては裕福、少なくとも生活に困窮していないことだ。王室と親交のあった資産家が思い当たったが、彼らも軽重問わず、被害者となっている。身を寄せるとは考え難いか。

 そういえば、一連の騒動で話題に上がらなかった資産家が、オリヴァー家だった。王室との親交が薄く、標的とならなかったとされている。騒動が下火となったころに令嬢が殺害されてはいるが、無関係として処理されていたはずだ。

 根も葉もない話かもしれないが、オリヴァー家に害をなす者は、秘密裏に処理されているという噂すらあった。令嬢の殺害が疑問ではあるが、暴徒すらも寄せ付けなかったのだろうか。

 敵は多いとは、もしかしたら……。

 困ったことに、ホーキンズがかき集めた情報とその情報源は、ほぼすべてがあの爆発で消し飛んでしまっている。遺されたのは鞄に入るだけのごくわずかな書類と、カメラのみ。しかもそれらは、禁断の情報の断片に過ぎない。

 オリヴァー家の屋敷を特定することすら、手元にある情報では不可能だ。素人の上に情報屋としてはほとんど一文無し。サムは絶望的な状況に置かれていた。

 西地区に自宅があるという噂は聞いていたのだが、邸宅の並ぶこの地域では、オリヴァー家ほどの資産家の屋敷も、さほど目立たないだろう。人に尋ねるのも手ではあるが、どんな言い分を用意すれば良いのか。


 どうしようもなくなって、図書館に立ち寄った。八年前の記事を読み漁り、手帳に情報を書き記す。こういう作業は得意で、没頭しているうちに日が暮れていた。閉館時間が近づいているせいか、司書がちらちらとこちらを気にしている。怪しまれても困るので、礼を言って記事を返却する。

「あの、記者の方ですか」

「え、えっと、はい」

 記者であることも罪にあたる気がして、サムは狼狽えてしまった。そもそも自分は、記者と名乗って良いのか。そこから始まる。

「やっぱり。八年前のことをお調べになっているようでしたから。このあたりで事件と言えば、八年前のことくらいしかないんですよね。立て続けでしたし」

「はあ、やはり大事件だったんでしょうか」

 何とは言わないが、例の事件のことだろう。というか、サムが借りた記事でまるわかりだ。

「それはもちろん。ここからは少し離れますが、フローレンス家の事件は本当に痛ましいことでしたし、まさかマグノリアさんが亡くなるなんて……」

 マグノリアとは、オリヴァー家の令嬢の名前だ。それくらいは知っている。

「お知り合いだったんですか」

「ええ、マグノリアさんは、よくこちらにもいらしてましたし、あの方は皆に愛されていましたから。奥様を亡くされてから、あのお屋敷には何人か使用人の方がいらっしゃるようですが、よくお墓参りに行かれていましたね。若い女性の方なんて、毎日のように見かけましたわ」

 図書館の窓から、墓地が見える。なるほど、この位置なら参拝者も目につくだろう。

「ええと、実は、八年前に暴行を受けた友人がいるんですが、暴動との関係があったのではないかと、今になって気になってしまって、個人的にいろいろと調べているんです。暇な学生の酔狂なんですが……。マグノリアさんの事件は時期も近くて、もしかしたらと……」

 妙に言い訳じみたものとなってしまったが、司書は真摯に受け止めてくれた。

「そうだったんですか。てっきり記者の方かと……。ご友人はお怪我を?」

「ええまあ、命に別状はなくて。こんなことを尋ねるのは不躾なのですが、オリヴァー家のお屋敷はこの近くでしょうか? 使用人の方にお話を伺いたくて」

「ええ、すぐ近くですよ。この辺りでは誰でも知っています。表の道を北に向かうと見える、お庭に立派な木蓮の木があるお屋敷です。きっとすぐにわかりますよ」

 こうもすんなり聞き出せるとは思わなかったが、何にせよありがたい。礼を言って、街灯に照らされた道を北へ走る。しかしすぐに、思い留まった。

 この時間帯に屋敷を尋ねるのは、少々無礼かもしれない。あのアイザック氏がすでに帰宅しているのかは不明だが、一般的に、家族団欒で食事中の家庭も多いことだろう。かと言って、これ以上夜遅いのも迷惑だ。

 例え使用人であっても、無礼で信頼を損ねるわけにはいかない。司書は三十代くらいの女性だったが、彼女の言っていた、「若い女性の使用人」が引っかかる。彼女には会ってみたい。

 痛い出費ではあるが、近くで宿屋を探し、翌日訪問することとした。最近は常に誰かに見られているような感覚で、夜も安心して眠れなかったが、疲れのせいか、泥のように眠った。そういえばあの女も、その日は現れなかった。


 翌日、司書に言われた通りにオリヴァー家へ向かう。口実は散々考えた。ひとまず司書に話した肩書を流用するとして、マグノリアについて尋ねる。事件の前の話を聞きたいと言えば、最も仲の良かったと思われる、若い使用人を紹介されるだろう。彼女が例の生存者であれば万々歳だ。

 司書が言った通り、立派な木蓮の木が、庭にそびえ立っていた。オリヴァー家に関する噂と、殺されたホーキンズのことが頭をちらつき、呼び鈴を押そうとする指が震える。

「どちら様でしょうか」

 背後からの声に、相手が驚くほど痙攣した。心臓をばくばくさせたまま振り返ると、使用人と思しき女性が立っていた。サムよりは年上、二十代後半と見た。

「ごめんなさい、驚かせてしまって。何か御用でしょうか」

「こちらこそ、突然お伺いして申し訳ありません。実は、八年前の件についてお話を伺いたくて……。ええと、個人的に調べていることなんですが……」

 ここで記者ではないと言ってしまうのは躊躇ためらわれた。しかし気が動転して、言葉が出てこない。

 サムの様子に、女性は目を丸くしている。

「学生さんですか?」

「ええ、はい」

 学生証を見せろなんて言われたらどうしようかと心配したが、杞憂に終わった。

「立ち話も何ですし、お入りください。主が不在で許可がとれないので、お庭でよければ」

 女性が門扉を開き、にこやかに招いた。使用人にしては華のある所作に、この女性が探していた生存者だと、ほとんど確信した。

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