33 追う者(2)

 ホーキンズが調査していたのは、八年前の暴動に関する内容だった。なぜ今さら、という気はしたが、もみ消された事実が多いとされる案件ではある。

 しかし彼が知った内容は、特別目新しいものに思えなかった。いったいどうして、彼は軍に睨まれることになってしまったのか。それともこの案件じたいが、パンドラの箱なのだろうか。

 サムは被害者となった王族や、その関係者のリストを眺める。王室により密接な者ほど、徹底的に襲われている感じはするが、窓ガラスを割られた程度から、一家惨殺の末に放火という、凶悪事件まで含まれる。そして気になったのが、この最も重大に見える事件の家族で、一人だけが生存していたことである。それも無傷で。

 それはさておき、一連の事件にはムラがあるように見える。端的に言えば、嫌がらせの延長とも言えそうな軽犯罪の中に、怨恨によるものとしか思えないような、重犯罪が散見されるのだ。一部は銃が使用され、多くの死体が損壊している。

 狂信者であっても、そこまでできるだろうか。銃の入手にはさほど困らないだろう。そうではなく、倫理的な問題だ。彼らだって、王室に騙されていた被害者と言えなくもないのに。

 現在の統制具合を考えても、軍が本気で民衆を押さえつければ、このような暴動は起きなかっただろう。王室の殺害という残虐行為を正当化するために、教徒を扇動したとしても、ここまで非道にさせられるものか。

 皇帝が失脚し、明らかとなった事実で最大のものと言えば、怪物の存在だ。軍の上官が大真面目に話しているのを見て、多くの者は戸惑っただろう。そして皇帝から奪った軍の指揮権を行使し、怪物の殲滅せんめつのために兵を派遣すると発表した。

 怪物の存在が、真の皇帝をより神聖化したとは考えられる。アルカ教の求心力は高まったことだろう。しかし王族は、攻撃の矛先を向けるべき相手ではないはずだ。


 サムはごろりとベッドに転がる。熱狂的な宗教信者など、何を考えているかわからない。ただ、まだ見ぬ怪物の存在が、人々の不安を煽っているのは事実だ。精神的に不安定な人々の心を操るのは、案外簡単だと聞く。

 しかしアルカ教こそ非難されてよさそうなものだが、よくぞあれほどの支持を集められたものだ。それも、軍が暗躍していたのだろうか。

 都合の悪い情報を握ったものは、権力に捻り潰されるというわけだ。ホーキンズのように。

「待てよ、そういうことか」

 被害者リストを凝視する。その中から、明らかに執拗な犯行のみに注目した。

 これらは本当に、暴徒の仕業だろうか。普通に考えれば、プロの犯行ではないか。

 これが、ホーキンズを殺した事実かもしれない。


 女は定期的に現れる。いつも不意を突いて現れるものだから、いちいち驚かされてしまう。今回はふらりと入ったカフェで、背後の席に現れた。

「やあ、パーシー君。調子はどうだ」

 互いの背もたれを挟んで、背中合わせに会話する。彼女の姿は見えないが、雑誌をめくる音がする。

「遅々として進まないよ。いつになったら助けてくれるんだ」

「甘えるんじゃない。で、師匠の仇は突き止めたのか」

「おそらく、ね。まさかこれが、俺の仕事じゃないだろうな。殺されるのはごめんだ」

 女は小さく笑った。

「馬鹿か。あんたにそんなことは期待しちゃいない。そんなもん、あたしが調べさせるわけないだろうが」

 確かにそうだ。彼女はそちら側の人間だし、自分で調べた方が早い。

「まあいい。今度こそ取材しろ。相手はわかるはずだ。だがへまするなよ。あんたの敵は多い」

 サムは苦笑して、コーヒーを飲む。匂いでわかったのか、彼女が呆れたように言った。

「よくそんな不味いコーヒーが飲めるな。あんたに本物を教えてやるよ」

 前に会った時に彼女が飲んでいたのは、この店のコーヒーだったらしい。サムは可も不可もない味だと思ったのだが。女が椅子を引き、そこにかけた上着をとる。その時に、サムの上着に触れた気がした。

 女が去ったところで、何気なく上着から財布を出す。ポケットを覗くと、見慣れないカードが入っていた。軍の本拠地にごく近い、喫茶店のようだ。ここに来い、ということだろうか。

 しかしその前に、取材をしなければならないらしい。気になった人物はいたが、そもそもあの女は、ホーキンズが調べ上げた内容をどこまで知っているのだろう。それによっては、彼女の考えている人物が、サムの思い当たる人物と一致するとは限らない。

 だが、彼女はホーキンズの仇がわかったか、そう確認していた。殺したのは自分であるのに。つまり彼女は、軍が暗殺を行っているということを再確認したわけだ。暗殺された理由、彼を殺した事実のほうに注目しろということか。

 取材する相手はその被害者。そして取材するのだから、生きていなければならない。

 しかし、どうやって。

 名前は少し調べればわかるだろう。しかし現在、どこで何をしているかまではわからない。それを調べるにも、あからさまな調べ方ができない。

 ホーキンズのカメラに残っていた写真を、密かに確認する。大半が、教団に出入りする人物を撮ったものだ。これは迂闊に人に見せられないし、聞き込みには使えない。そもそも、誰なのかわからないし……。

 敵は多い、か。そりゃ多いだろう。へまをしたら、追ってくるのは軍かもしれないのだ。

 ひとまず、現場に行ってみるしかなさそうだ。

 

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