31 噂

 テオが帝国で過ごした時間は、非常に短かった。わけもわからず、ギブソン教授に迎えられ、警護の訓練を受け、ミコトと出会い、急かされるようにベゼルへと向かった。

 警護対象であるミコトのことも、結局よく知らないままだった。前途多難が予想されるテオに、ウィルが少しだけ、情報をくれたのだ。

 それはミコトが教授に呼び出された、ごくわずかな時間だった。


「どうだ、彼女は」

「どうって言われても」

 正直、まだ何もわからない。

「教授は重要なことを話さないようだから、一つだけ教えておく。彼女の父親は、アイザック・オリヴァー、指折りの資産家だ。要は金持ちのご令嬢だ」

 驚くほど、意外ではなかった。ミコトの雰囲気には合っている気がする。

「そうなんだ」

「まあ、養子らしいがな。オリヴァー氏にはもともと娘がいたんだが、亡くなったんだ。いつから彼女がオリヴァー家に迎えられたかは不明だが、その葬式で目撃されていたらしい。もっとも、目撃者は少年だと思っていたらしいが」

 彼がなぜそんなことを知っているのかは置いておくとして、ミコトが男に見えるとは、なんだか可笑しい。

「目撃って。養子だとしても、有名人の娘なら知れ渡るものじゃないんだ?」

「公にはされていないし、今も知る人はあまりいないんじゃないか。オリヴァー家はセキュリティーが堅牢でな。まあ、そういう家のお嬢さんだから、心して警護しろってことだ」

 ウィルは真面目な顔で言う。脅しか。

「そんなこと言われても。でもそんなお嬢様なら、普段から護衛がついてもいいんじゃないの?」

「今は治安が良いからな。ベゼルも変わらんと思うが。まあ、せいぜい頑張れ」

 ウィルはぽん、と肩を叩いて去っていった。


 その後、ひょんなことからミコトと宮殿の近くを散歩することになった。ウィルの話が頭から離れず、テオはミコトをちらちらと見ていた。

「ウィルさんと、何の話してたの?」

 よほど様子が変だったのだろう。テオはどきりとする。だが、本人に隠すことでもないし、誤魔化したところで見抜かれそうだ。

「ミコトの、お父さんのこと」

「ああ、何て言ってた?」

「えっと……、お金持ちで、ミコトは養子だって話を……」

 これを言ってしまって良いのかも、判断のしようがない。

「そっか。その通りだよ。なるほどね、父が資産家だから、気をつけろとでも言われた?」

 まさにその通りである。テオは否定しなかった。

「気にしなくていいよ。そんな人じゃないから。仮に私が死んだとしても、彼は何も言わないんじゃないかな。あ、これは例え話ね」

 父親に彼、というのも変だし、どこかよそよそしい。養子というのは、そういうものなのだろうか。


 何となく立ち寄った広場に、新しそうな記念碑があった。

「この国も、八年前は荒れてたんだよ。そのおかげで今も、帝国なのに皇帝は空席のまま。当時の王室は、王女を残して殺害されたんだ。軍による革命ってことになってて、君主から奪われたのは軍の指導権くらいだから、政治的にはそれほど影響がなかったんだけど。この記念碑はその時の犠牲者の名前が刻まれたもので、人数も少ないでしょ。問題は、アルカ教だった」

 アルカ教はテオも知っている。帝国の王、つまり皇帝は、人々をこの世界に導いた女神の末裔で、女神と王族を信仰の対象とする。複数の宗派が存在するが、信仰の対象はおおよそ共通している。

「先代の皇帝と別に、真の皇帝がいて、その誰かが即位すれば、世界の災厄は治まるって主張したんだ。それはもっと前から始まっていたみたいだけど。ちなみに怪物のことは、先代失脚の少し後に、帝国で公にされた。で、先代は国民を騙していたとか言って、王族を襲う暴徒が現れた。王室を殺害したことを正当化するために、軍が教徒を利用したんじゃないかって噂もあるけど、結局は、狂信者が勝手に暴走したんだろうね」

 神秘が軽んじられていそうなほどに、科学技術が発展した帝国であっても、民衆は流されやすいものなのだ。

 テオはふと、疑問に思う。

「王女様はどうなったの?」

 その質問を待っていた、と言わんばかりに、ミコトは口角を上げた。

「王女様は、アルカ教についたんだ。今ではすっかり、宗教家だよ。つまり王女様も、自分たちの血筋が真の王族でないことを認めたんだ。王女様は、最初から軍に加担していたんじゃないかな。そして真実を語った彼女は、弾圧から逃れた」

 自分の家族を殺させたのか。ずいぶんと打算的な王女様である。

「恐ろしい王女様だね。家族を裏切るなんて」

 その言葉に、ミコトはちょっと首を傾げた。

「そうかな。いずれはばれることだったんだし、むしろ自分に刃を向けさせなかった王女様は、賢いと思うよ」

 テオは言葉を失う。そうかもしれないが、倫理的にいかがなものか。

「ばれるってことは、本当に真の皇帝は存在するんだ」

「さあ、どうだか。でも、まだ見つかっていないみたいだね。嘘なら嘘で、いいんじゃない?」

 帝国の人々は、もっと現実主義で合理的だと思っていた。女神の血筋云々でそれほどの騒ぎになるとは、この国も一枚岩ではないのかもしれない。

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