Reminiscence Ⅲ

 幸せな時間というのは、あっさりと終わりを迎えてしまうらしい。

 ルークの家に居候するようになって、どれほど経った頃だったか覚えていない。気づけば彼は、すっかり背が伸びていた。

 私も家事全般がそつなくこなせるようになり、役立たずを卒業していた。ルークは仕事に専念し、私が生活を支えた。

 私も自分の立場を忘れたわけではない。外に出る時は、顔を隠すように頭巾を着けていたし、真っ白で目立つ髪も、ローブに隠した。

 人の噂というのは恐ろしい。それはいつの時代も同じだ。


 私は子どもを身籠っていた。ローブの上からもわかるようになり始め、ルークに言われて人との接触は避けていた。それでも、森には通っていた。出産というのは、母子ともに死の危険が付きまとう。少年の姿をした精霊に会うことで、加護を受けられるような気がしたからだ。それについては、ルークも止めはしなかった。

 少年は妊娠を祝ってくれたが、頑なに私に触れようとしなかった。どうしてか尋ねると、彼は恥ずかしそうにこう答えた。

「ぼくはメフィスト、悪魔だからね。君たちの子を穢すわけにはいかないだろう」

「賢者が勝手につけた呼び名でしょ。あなたは精霊だし、触るのはただの男の子なんだから大丈夫よ」

 それでも彼は、絶対に私に触れなかった。今思えば、彼にとって穢れていたのは、私のほうだったのだろう。

 最後に会った時のことだ。日が暮れて、そろそろ帰宅しようとしたときに、彼は私の背中にこう言った。

「帰り道には、気をつけなよ」

 家はすぐ近くだ。なぜ今さらそんなことを、とは思ったが、特別気にはしなかった。 


 その道中だ。私は武装した兵士に行く手を阻まれた。逃げようとしたが、瞬く間に囲まれてしまった。

「あなたの存在が知れるのは、陛下にとって非常にまずいことだとご存知でしょう。身を隠して生きるには、あなたは無防備すぎた。真に心苦しいが、陛下の命です」

 若い男性の声だった。それしか覚えていない。

 いつの間にか倒れていて、血が流れていくのを感じた。お腹を庇うように縮こまっていたが、力が抜けて、腕がごろりと転がる。

 助からないのは明白だった。それでも、願ってしまった。

 この子を産みたい。家族三人で暮らしたい。それが無理でも、この子だけは生きてほしい。この子だけは、助けてください――。

 まだ胎児なのだから、母体が助からなければ、その子が助かるはずもないのに。

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