幕間

Reminiscence Ⅰ

 母に連れられて、街はずれまで訪ねた錬金術師は、少年だった。

 アッシュブロンドの短髪と、涼しげな瞳が凛々しく、それでいて女の子のような繊細さを感じさせる美しい顔立ち。思わず見入ってしまったが、彼はあからさまに、不愉快そうな顔をしていた。

「何の用だ」

 その声は冷たい響きを含んでいたが、凄みには欠けていた。この少年の声では、低さが足りていない。身分を隠しているため仕方がないのだが、側室である母に対し、彼のぞんざいな口調が私は気にくわない。

「錬金術師、ルーク様。どうか、娘を匿っていただけませんでしょうか。魔力のないこの娘を、人として迎えてくださる方は、あなた様しかいないのです」

 母は縋りつくように懇願する。彼はちらりと私を見て、わざとらしく口を曲げる。

「それはあんたたち賢者とやらが、魔力のない人間を愚弄ぐろうしつづけたからだ。他人は家畜や奴隷扱いで、娘なら人なのか? それとも自分の身を案じてのことか?」

 彼は冷たい目に怒りをたたえて、まくしたてる。

「お母様はそんな方じゃない!」

 私はたまらず口を挟む。今愚弄されているのは母だ。母は賢者の中でも身分が高い家の出だが、魔力をもたない人間をさげずんだりしない。

 彼は驚いたように目を丸くして、思いのほか素直に非礼を詫びた。その口は曲がったままだったが、人目を気にしてか、私たちを家に招き入れた。


「私の娘、エルピスは、国王との間に生まれた娘です。ですが、娘は魔力をもちません。それが明らかになると、国王は別の男との子どもを儲けたのだと言って、この娘を殺そうとしました。王室から出て、ただの市民として生きることを条件に、この娘を逃がすことが許されたのですが――」

 魔力をもたぬ者は、愚者として虐げの対象となる。その両親が賢者であっても。

 かつて稀であった賢者は、多勢であるはずの人間を排斥し続け、今では同等の数と、絶対的な勢力を得て、この世界に君臨している。愚者は奴隷として、労働力や娼婦、あるいは不満のはけ口となった。中には愛玩の対象となる者もいたが、いずれにせよ、人扱いを受けることは滅多にない。

「それでなぜ、俺に頼ろうとする。俺だって、気にくわないが賢者と人間の混血だ。どうしてか商売は続けていられるが、地位が高いわけじゃない。人ひとり養う余裕なんてあるわけがない。何より俺は子どもだし、親もいない」

 母が側室であると知ってもなお、ルークの態度は変わらない。驚いた様子もなかった。

「あなた様はご立派な錬金術師ではありませんか。都の者も尊敬しております。それに混血であっても、あなたは魔力をもつ賢者です。そして、持たぬものも隔てなく接する心優しいお方であると――」

「心優しいだと? 笑わせないでくれ。あんたたちが狂ってるだけだろうが」

 ルークは嘲笑を浮かべて言った。やはり凄みというか、悪どい雰囲気が足りない。

「私、働きます。あなたの手を煩わせるつもりはありません。何かお手伝いさせてください」

 ルークはまた、ちらりとこちらを見る。

「働くって? あんたに何ができる。魔力もない、見るからに非力で温室育ちのお嬢様、いやお姫様に、いったい何ができるって? 家事なんかしたこともないんだろ?」

 私はやりこめられて唇をかむ。そのとおりだ。私は魔力がないだけでなく、何もできない。何も持っていない。

 母が心配そうにふたりの顔を見比べる。ルークは呆れたようにそっぽを向いていた。

「確かに今は、何もできません。でも、無理をしてでも、あなたのお役にたちます。あなたの為になるならば、何でもします。私は本来、奴隷になるべきなのですから、あなたの奴隷になっても構いません」

 私は必死だった。彼は確かに面倒くさそうにしているが、追い払う気はないように見えた。望みはある。私だって、奴隷になるのは嫌だ。

 ルークは私を見据えていた。数秒睨み合った後、彼はため息をついて目を逸らした。

「俺は奴隷なんぞ欲しくない。手伝いも要らない。だが、魔力がないために奴隷や娼婦になることを、認めたくはない。いいだろう。この家に置いてやる。だが、それまでだ。あんたはもう二度と、うちに来るな」

 ルークは母を指さし、毅然として言った。母は涙を流しながら彼に礼を述べ、私を抱きしめた。


 そうしてルークとの生活が始まったのだが、やはり私は役立たずだった。世間知らずどころか、家庭内のこともわからないのだ。水の汲み方、火のつけ方、包丁の握り方。何もかも知らない。

 ルークは初めこそ尊大な態度をとっていたが、私の無知に呆れつつも、家事から買い物の仕方まで、懇切丁寧に教えてくれた。歳は五つ下だったが、頼れる兄ができたようだった。それに、口はよろしくないが、ルークは優しかった。

 家の近くには人間の集まる集落があったが、彼は人間にも分け隔てなく接していた。そのおかげで、私もずいぶんと、彼らと仲良くなった。

 それが間違いだったのか、私は今もわからない。

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