28 片恋

 ミコトとジャスミンは、軽傷ながらも、数日は安静にするよう命じられた。彼女たちにとって、城内を歩き回るのは安静のうちに入るらしい。

 ミコトとジャスミンの会話を聞いていても、エルピスやメフィストという存在が、テオにはどうにも理解できなかった。ジャスミンもさほど理解できていないらしく、暇だからと客室に訪れては、ミコトから話を聞いていた。

「メフィストに教えてもらえばいいのに。たぶん彼のほうが詳しいよ」

「それができれば苦労しない。記憶も明確にあるわけではないのだし」

「なんか不便だね」

 テオはついていけない。

「人格が替わるって、どんな感じなの?」

「私もこの前が初めてだったからね。でも、遠隔操作されているみたいな感じだよ。見えるし、聞こえるし、感じてはいるけど自分の意思は通じない、そんな感じ。相手側の考えていることはわからないし」

「同じく。いや、私はこれまで自覚していなかったから、場合によるのかもしれないが」

 ミコトとジャスミンは予想外すぎる共通点によって、以前よりずいぶん仲良くなったと見える。彼女たちの別人格どうしは、わけありのようだが。

「メフィストって、悪魔なんでしょ。ジャスミン、大丈夫なの」

 ジャスミンが、小馬鹿にしたように鼻で嗤う。

「悪魔は呼び名だよ。本質は精霊。彼女に危険はないはずだ。ぼくは永らく、人間と共存しているからね。慣れたものだよ」

 突然、ジャスミンからメフィストに替わったので、テオはぎょっとする。

「なんだ、普通に出てくるんだ。まだ痛いのに」

 ミコトは不満げだ。

「確かに痛いね、これは。ぼくらは感覚を遮断できるけど、君たちはできないみたいだから、ほんとうに不憫だ。それにしてもテオ君、撃つことはないじゃないか」

 ジャスミンの顔で言われると、何と言って良いのかわからない。

「よく言うよ。ジャスミンの中で私のこと馬鹿にしてたんでしょ。メルムの調査云々って、滅茶苦茶なこと言ってたから」

 自覚はあったのだ。彼女の推理はあながち見当違いとも言えないが、付け焼刃のようなところも少なからずあった。それは混同する他人の記憶の存在や、立場上の都合による葛藤があったのだろう、とテオは考えている。

「君はよくやっていたよ。天国の話はまさに的を得ていたじゃないか。エルピスの記憶をもってしても、メルムについては謎でしかなかっただろうし。わかっていたのは、ぼくの仕業ってことだけじゃないのか。あとは君の実力だ」

「それでも、わからないことは多々ある。外縁部に限って出現させていたくせに、ベゼルには出現させなかったことや、鳥女を利用したこと。なぜ今になって、襤褸ぼろを出したのか」

 ミコトはすらすらと述べる。まるで取り調べだ。

「ぼくがそうしたかったから、では納得してくれないだろうね。メルムを出現させたのは、どこかの神話の再現だ。鳥女、エリスはそれができたから利用した。この世界の境界線は、当時の限界によって生まれたものなんだけど、それに近い外縁部に怪物を出現させるのは、君たちの世界観を崩す演出として悪くないだろう。ベゼルはぼくの気に入っている土地だから、メルムに荒らされたくなかったんだ」

 ただそれだけのこと。彼の気まぐれで、人々は生死を分けたのだ。鳥女に関しては、依然謎が多い。

「気に入っている土地、ね。ベゼルはあなたのオリジナルということか」

「その通り。この世界を創るにあたって、ほとんどはもとの世界を複製した。だけど、この島だけは後になってぼくが生み出した。この世界は不完全で、外とのつながりを断絶しないと侵食されてしまうんだ。それで境界線を創ったのだけど、ぼくの精霊としての力を維持するために必要だった。だからこの島には、森が多いんだ」

 世界の境界線が存在する部分は、海や乾燥地帯が多く、森林が少ない。彼の能力には樹木が必要らしいから、境界線の付近にこの島をあつらえたということだ。精霊という、得体の知れないものの仕組みは理解しようもないが、簡単に言えば、都合良く地形を加工した、といったところか。

 神の都合で創られたこの島は、理想的な地形と気候に恵まれ、やがて人間が住むようになった。幸いなことにその人々は、万物に魂が宿ると信じ、森林を尊ぶ宗教観をもっていたわけだ。もしかすると、そうでない人々が駆逐されてきただけかもしれないが。

「永く人間の中にいて気づいたことだが、どうやらぼくは、エルピスが気に入っていたらしい。まあ、見事に裏目に出てたわけだけど。たぶんぼくは、彼女に生きていてほしかったんだ。彼女のために創ったこの世界は、彼女がいないと、存続できないしね。彼女が消滅を望むことで、彼女の望まない結果になることを示したかったんだろう。だけどそれも、君のおかげで『余計なこと』になってしまった」

 メフィストは片方の口角を上げて、ミコトに笑いかける。が、ミコトは彼を冷たく見据えたままだ。

「一途な神様だね。あなたにはエルピスしか見えていないわけだ。でもそうなると、私はあなたの敵になるんじゃない?」

「ならないさ。だって君の望みは、彼女の望みでもあるんだろう?」

 ミコトはゆっくりと、首を傾げた。ふたりの会話は和やかだが、どこか不穏さを感じさせる。

「望みというのは、幻想だと言ったはず」

 それは認めない、とでも言いたげに、メフィストは目を逸らす。

「それにぼくは、君のことも、ジャスミンのことも、とりわけ気に入ってるからね。君たちアルヴの末裔が憑代になることで、奇跡が起きたんじゃないのかな」

「……アルヴ?」

 ミコトが尋ねないので、テオが尋ねる。メフィストはテオを見て、肩をすくめた。

「君もそうじゃないか? だが、君たちには必要のない知識だ」

 メフィストが瞬きをして、ジャスミンの凛とした瞳が戻る。

「……自分が話していることが理解できないというのは、気分が悪いな」

 ミコトは感情のない目で彼女を見つめたままだったが、咳をするように笑った。

「私も理解できないけど、理解しなくて良いんじゃないかな。とりあえずこの世界は、創造神が片恋をこじらせたおかげで生まれたらしい」

 ジャスミンは笑って良いものかと複雑な面持ちだ。テオも同様だった。この世界は、もっと複雑な事情があって創られたに違いない。そう確信していた。

 ミコトの眼は、決して笑っていなかった。


 メルムはぱったり現れなくなった。外縁部の人々は確信が持てないながらも、謎の脅威からの解放を喜んだ。

 突然の災厄の終結に、世界中が混乱していた。平穏というのは、そう簡単に取り戻せるものではない。

 地下牢に幽閉していた鳥女も消えていて、ベゼルですら、穏やかではなかった。

 帝国とベゼルの協定も、このまま無かったことになるのだろう。ミコトは即刻帰国を命じられるのかと思いきや、しばらく待ってもその命は下らない。

「帝国も混乱してるのかな」

「それはそうだろうけど、別件で忙しいんじゃないかな。まあ、今はあまり帰りたくないからありがたいけど」

 中庭に座り込んでそんな話をしていると、イーサンが現れた。

「くつろいでいるな」

「くつろいでますよ。あ、ジャスミンの怪我のことですが……」

 イーサンが片手を挙げて制する。

「あなたが気にすることでもないだろう。詫びる必要はない。まあ、陛下とルドはご乱心だったが」

 ミコトたちがどう誤魔化したのかはわからないが、不慮の事故か何かになっているのだろう。

「なんでルドが」

「さあな」

 イーサンは真面目な顔で言う。この男、本気でわかっていないのかもしれない。

「それはこじらせないといいですね」

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