20 友人(2)

 ミコトと食事した店のマスターとは、今ではすっかり顔馴染になってしまった。

「最近よく来るね。国は平和かい?」

「慎ましく生きてればね。おっさんが来るまで待っててもいいか?」

「コーヒーくらい出すよ。サービスだ。ブラックが来る時間はもっと後だと思うぞ」

「知ってるよ。奥の席借りるから」

 閑古鳥が鳴くほどではないが、いつもこの店は空いている。マスターが元軍人で、軍に知り合いが多いらしい。そのためか、軍の人間がよく密会に使っているらしい。

 マスターが出してくれたコーヒーを啜りつつ、新聞を読む。新聞など滅多に読まないが、この店に来る時は何となく広げてしまう。

 この国は平和だ。八年前の騒ぎが最近の一大事、その他は些末な事件、事故。話題がないので、殺人事件や立て籠もりが発生すれば騒ぎ立てられる。しかし、最近の話題は少々異質だった。

「ミコトちゃんは元気かい? しばらく来れないとは聞いたけど」

 マスターがカウンターから話しかける。今は閉店間際ということもあり、他に客がいない。

「さあねえ。あたしも会ってないから知らないけど。帰ってこないってことは、健康に問題はないんじゃないの」

「見た目のわりに丈夫だもんな、彼女。ちょっと前までよく二人で来てただろ? ユンちゃんも寂しいんじゃないの」

 マスターはからかうように言う。

「いつも通りだっての、仕事もあるし。そっちこそ、娘みたいに可愛がってんじゃん。あの娘には特別な豆挽いてんの、知ってんだからな」

「そりゃあねぇ、付き合いもまあまあ長いし、最初に会った時はまだ子どもだったし? だいたい彼女、可愛いじゃん」

 ミコトは男女関わらずモテる。見た目は言うまでもないが、彼女は人心掌握に長けているのだ。単に好い人を演じるのではなく、相手を魅了するような、黒い部分をちらつかせる。どこまでが演技で、どこからが彼女の本質なのかはわからないが、彼女といて不愉快になることは、ついぞない。

「マスターは、いつから知り合いなんだ?」

「何年前だっけか。……五年かな? ブラックが女の子連れてきてさ、びっくりしたよ。娘って感じじゃなかったけど、まさか仕事で子どもに関わることもないだろうと思ったし。そん時は、ほんとに女の子って感じだったよ」

 五年前と言うと、ミコトは十五歳のはずだ。そのころからミコトは、軍に飼われていたということか。

「話聞いてたら、オリヴァー家のご令嬢って言うじゃん。本人が養子だって言うし、八年前にアイザック氏のご息女は亡くなってるからさ、まあそういうことなんだろって納得はしたけど。軍に引き込んでいいのかって思いながら見てたよ。そこらの若者よりよっぽどしっかりしてたし、賢そうではあったよね」

「そういえばアイザック・オリヴァーって、いかにもモテそうな顔してんのに、スキャンダルは一切ないよな。ミコトとちょっと似てるし。寡ってのも有名だけど、案外本当の娘だったりしてね」

 冗談半分ではあるが、これが事実であっても大して驚きはしない。ユンはミコト本人から、アイザック氏の実子が亡くなる前に、養子となったことを聞いている。ミコトがいかに優秀だとしても、実子がいるのに、何の関係もない少女を養子にしたとは考えにくい。ミコトは滅多に家族の話をしないが、姉の話を聞いたことはあった。

「女性関係のスキャンダルはないが、オリヴァー家に近づいた悪党や、嗅ぎまわろうとする連中は始末されるって噂があるじゃん。だからミコトちゃんの存在も、公にはなってないんじゃないのかね。裏の社会では最も警戒される、というか近寄りがたい堅気らしい。噂が本当なら、白じゃあなさそうだ。グレーってとこだな」

 マスターは楽しそうに話す。客から聞いた話なのかもしれないし、軍人時代に得た情報なのかもしれないが、いずれにしろ、何の根拠もなく立つ噂ではなさそうだ。

「初耳だな。詮索しない方が良いってことか。でもそれが本当なら、ご令嬢を殺害した犯人は、どんな奴なんだか。今頃生きてはなさそうだ」

「だろうねえ。お父上も穏やかそうに見えて、切れ者らしいしね。ミコトちゃんもそうだけど、怒らせたらこわそうだ」

「こわいんだよ、実際」

 ユンは新聞を畳む。今ミコトがどこで何をしているのか、ユンも聞かされてはいないが、この記事の内容はすべて、彼女の想定の範囲内なのだろう。

 マスターが閉店の札をかけに行ったところで、ブラックマンが現れた。

「遅いんだよ、おっさん」

「悪いな。終わっちまったが、いいか? マスター」

「いつものことだろ。だが、お前にサービスはしないぞ、金持ってんだから」

 マスターはにやにやして言った。

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