18 好奇(4)

 広い草原で、近衛兵たちは訓練にいそしんでいた。イメージとは異なり、彼らは日課をこなすように淡々としていて、怒号が飛び交う様子はなかった。

 テオが案内されたのは射撃場で、何人かが銃剣を構えていた。予めルドが話をしていたのか、初めて見る近衛兵たちにも、テオはあっさりと受け入れられた。

「おっと、拳銃もってきたか? 拳銃も貸し出せはするが、自前のほうがいいよな」

「持ってるけど、できれば貸してほしい。高い弾が入ってるから」

「そいつは重大だ。案外ちゃっかりしてるんだな」

 ルドが吹き出す。テオが忍ばせる拳銃の弾は、貫通力が低く、殺傷能力が高いもので、熊のような猛獣でも撃ち殺せる。支給されたものとはいえ、万一の場合に残しておくべき限られたものだ。テオにとっては笑いごとではない。

 貸し出された拳銃を簡単に確かめる。一般的で、何の変哲もない。だが、質の良さが見て取れる。

「高そうな銃だね」

「そいつは国産だ。ベゼルの銃は品質が良い。生産量が少ない上に、帝国の最新技術には追い付きようもないが、よほどのことでは不具合がおこらない」

 イーサンがどこか自慢げに言う。教授から支給された銃は帝国のもので、貧しい故郷で使用していたものに比べれば、それも充分に高級品だった。しかし、ベゼル産というその銃は、作りが少々古めかしいぶん、手に馴染む気がした。

「ふうん。遠慮なく撃ってみるよ」

 テオが構えると、訓練射撃をしていた者も手を止め、彼の射撃を見物し始めた。大人にまじまじと見られるのは妙な気分だったが、気にするほどでもない。人型の的の、胸辺りを狙って三発ほど発砲する。周りから歓声が上がる。

「さすがだな。全部、心臓のど真ん中じゃないか?」

「動いてない的くらい、確実にてないと。拳銃で狙う相手が止まってるなんて、まずないんだから」

 テオは少しだけ照れつつも、素っ気なく答える。そしてふと気づく。あれは人間なのだ。謎の生物ではない。

 おそらく即死したであろう、つるりとした人型のパネルを、テオはぼんやりと見つめた。

「それもそうだ。おい、聞いたかお前ら。戦場では有効だろうが、市街で数撃ちゃ中るってのは困るぞ。一発でも的を外したら、ペナルティだからな」

 近衛兵たちがどよめく。手を止めていた者も、おもむろに銃を構え始めた。

「この国じゃ、射撃なんて出番ないでしょ。ルドたちは普段、銃持ってなさそうだし」

「まあな。俺はあまり好みじゃないが、いちおう装備はするぞ。時代遅れなんだろうが、俺やジャスミンは剣術が得手だ」

 剣術ならなおさら、出番がなさそうだ。

「俺は銃に頼るがな。こいつらみたく、化け物じゃない」

 イーサンは兵士たちの射撃を眺めながら言った。ルドとジャスミンは、群を抜いて戦闘能力が高いのだろう。嫌味っぽい言い方に、テオは少し笑ってしまった。

 そのあとは対人格闘の訓練などを見て回り、テオは少しだけ参加して、大人たちを冷かした。


 ルドたちと別れ、客室に戻ると、ミコトとジャスミンがすでに戻ってきていた。二人は優雅に茶を楽しんでいる。

「楽しんでたみたいだね。訓練に参加できるなんて、ちょっと信じられないけど」

 ミコトが可笑しそうに言うので、テオは顔を赤らめる。

「そうか? まったくの部外者でもないし、誰に不利益が生じるでもないだろう。この国に、むやみに規律を守る風習はないんだ」

 ジャスミンも少し笑っているようだ。慣れた手つきで、テオの分の茶を用意する。

「まったくうらやましい。まあ、帝国もご都合主義なんだけど。テオもいただきなよ。ジャスミンはお茶を淹れるのが上手いんだ。さすが薬師の娘だよね」

 関係があるのかはともかく、ジャスミンが淹れたお茶は美味しかった。

「会議はどうだったの?」

「うーん、予想通りに順調、以上に言うことはないよ。これから本格的に、ベゼルからの支援が始まることになった。もうしばらくしたら、帝国の派遣隊がこの国に来るんじゃないかな」

 もともと双方が納得して進められていた交渉だっただけに、難はなかったようだ。

「そうなったら、ミコトたちは帰国するのか? それとも、今度は派遣兵に対する伝令係になるのか?」

「どうだろう。でも、派遣兵と仕事することはないかな。本当はこの国の全体を視察してから話を進める予定だったのに、お偉方は焦っているご様子だね。支援が始まる前に、私はこの話自体をなかったことにしたいのだけれど」

 色を楽しむように、ミコトはティーカップを傾けて、水面を見つめている。だが、彼女の視線はもっと遠くに向けられているように見える。

「無かったことにしたら、これまでの仕事が無駄にならないか? まあ視察と言っても、私も大したところを案内できてはいないが」

「ならない。だって私の目的は、メルムの正体を明かして、終わらせることだから。そうすれば、帝国の介入なんて必要なくなる。そしてベゼルも、手を煩わせることはない。きっと一番、だれもに利益のある結果になるよ」

 ミコトはにこやかに言うが、希望に満ちたその内容とは裏腹に、声音は冷たく、暗い。テオは背中に、冷たい何かを感じた。

「そうなると良いんだが。この国で奮闘してどうにかなるのなら、私も協力しよう」

 ジャスミンは可能性の否定こそしないが、期待していないのだろう。

「それはありがたい。なにしろ時間がないからね」

 ミコトはゆっくりと、茶を飲み干す。

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