17 好奇(3)

 ソフィアは茶の香りを楽しんでいた。

「ジャスミンが淹れるお茶は格別ね。毎晩悪いわね、昼は案内で疲れているでしょうに」

「いえ、この程度で疲れはしません。陛下にご報告するまでが任務ですから」

「二人の時くらい、陛下はやめてよ。昔みたいに名前で呼んでって言ってるじゃない」

 ジャスミンの前でのみ、ソフィアは駄々をこねる。大人になっても、彼女の本質は変わらない。

「それで、今日の様子は?」

 ジャスミンがかいつまんで報告する。最近は毎晩のように、護衛以外の目的で女王の居室を訪れていた。

「彼女はおもしろい話し方をするのね。メルムの出現に、私たちが関わっているかもしれないだなんて、考えたこともなかった。あれは人為的なものではないと、帝国が判断したのではなかったのかしら」

「その可能性を捨てたわけではない、とも言っていたかと。彼女の言いぶりでは、災厄を起こす原因となっている人間には、ベゼルだけでなく、中心部の人間も含まれるはずです。彼女がベゼルの人間を疑っていると考えるのは、早計かもしれません」

 ソフィアは優雅に茶を啜り、ゆっくりとため息をつく。

「私たちが疑いの対象であることに変わりないでしょう。メルムが人災である可能性、ね……。突拍子もないことに見えて、あながち的外れでもないように思うのは、私だけかしら」

「メルムという現象はどこか奇妙です。何かの意思がはたらいているようには感じますね。それを神や悪魔の仕業とするよりは、妥当な考えではあるかと」

 ベゼルでは昔から、万物に神が宿るという考え方があり、現在も根強く残っている。現在の解釈では、神よりも魂と表すほうが正しいが、いずれにせよ、女神を奉る帝国や、アルカ教の流れを汲む他国とは、異なる宗教観をもっている。したがって、神や悪魔が全てを支配し得る力を持つという、帝国的な考え方は、ベゼルにおいて一般的ではない。

「それで、彼女は何かつかんでいるのかしら」

「さあ……。ですが、手掛かりがないというのは、嘘ではないかと。様々な可能性を想定しているように感じますし」

「そう、それは楽しみね」

 ソフィアは本当に楽しそうに言った。


 城を取り巻くように存在する集落の視察が一通り完了したころ、帝国の上官とどのようなやりとりがあったかは不明だが、ベゼルのお歴々と正式な交渉を行うことになり、ミコトが呼び出された。衛兵の配備された城内で行われるということで、ミコトの命により、テオは客室で待つこととなった。

 女王も会議に参加するということで、ジャスミンはミコトに同行したのだが、なぜかルドとイーサンが、テオを訪ねてきた。扉を開けると、ルドは軽く手を挙げて、やあ、なんて軽い挨拶をした。

「会議に参加しなくていいの?」

「師団長もジャスミンもついてるからな。そもそも、城内では他の近衛兵に任せておけばいい。本来俺たちが護衛につくのは、陛下が外出する時と外部の人間が謁見する時くらいなんだ」

 へえ、と言ったものの、何の用だ、という内心が、テオの顔にありありと表れている。

「そんな顔するなよ。暇だろうから、話し相手が欲しいんじゃないかと思ってさ」

 ルドが強引に、テオを長椅子に座らせる。イーサンはいつの間にか、向かいの長椅子に座っていた。

「覚えていないかもしれないが、イーサンだ。よろしく」

 イーサンはにこりともせず、低温が心地の良い声で言った。

「覚えてる。あの時紹介してもらったから」

「そうか。いくつか尋ねたいことがあってな。君は南西地域の出身で、防衛兵、だったか? そういう話を聞いたんだが」

 テオはこくりと頷いた。彼らがわざわざ話をしに来る話題など、それしか思いつかない。

 ぶっきらぼうなイーサンにかわって、ルドが続ける。

「嫌なことを訊くかもしれないが、メルムの話を聞かせてくれるとありがたいんだ。もちろん俺たちも、外縁部で距離が近い分、情報を得ることはできるんだが、当事者から話を聞くなんてできないからな」

「別にかまわないけど……。ミコトがいる時でもいいのに」

 ミコトがいないこの時を狙って訪ねてきたのではないかと、テオは少し警戒する。

「この機を狙ってってわけじゃない。俺たちも忙しいんだよ」

 ルドは笑って言う。彼らは、帝国の人間であるミコトを避けているわけではなさそうだ。

「何から話せばいい? 何も知らないわけではないんでしょ」

「そうだな。俺たちは一般化された情報しか知らないんで、君が見たメルムの姿や生態には興味がある」

 ルドの言葉に同意するように、イーサンも頷いている。

「ほんとうにいろんなのがいたよ。やたら大きい狼とか、全身が石みたいに堅いトカゲとか、角で攻撃する肉食の牛とか……。見た目はそんなかんじだけど、たぶん生き物としては別物だと思う」

「だろうな。肉食の牛はいないだろ」

 イーサンは真面目に言う。

「境界線の向こうになら、いるかもしれないけど……。普通の生き物と似ているようで、何か違うんだ。見た目のわりに凶暴だったり、人間に真っ先に向かってきたり、身体が頑丈だったり。普通の生き物は、内臓を傷つけたり、大きい音を鳴らしたりすれば、ちょっとは怯むものだけど、腹の辺りを何発か撃っても簡単には死なない」

「さすがに、内臓は腹にあるんだよな? 何発か撃てばたおせるんだろ?」

「たぶん。血も出るし、身体を裂けば内臓っぽいものは見えるから。どの程度で死ぬかもまちまちで、それがわからないから、まずは脚や目を狙って動きを封じるんだ。筋肉や靭帯を切れば、動けなくなるのは同じだから」

 しぶとさはまさに化け物だが、よくある架空の怪物のように、直ちに傷が回復することはない。脚を切り落とせば移動と攻撃の手段を奪い、目を潰せば視界を奪うことができる。

「対抗する術が全くないわけではないんだな。しかし、どうして村が壊滅するほどの被害が発生するんだ。奇襲をかけられるにしても、逃げる時間はあるだろうに」

「一度に何匹か現れることもあるらしいから……。逃げると執拗に追いかけられるみたいで、少し離れた場所で死ぬ人も多いよ。狩りというより、殺すために噛みついてまわってるんだと思う」

「奇妙だな。災厄と呼ばれるわけだ。この国でもいちおう、対策を講じてはいるんだが、手の着けようがなくてな。まずは兵の訓練方法を変えようと考えていたから、多少は参考になりそうだ」

 イーサンはぶっきらぼうな口調のまま、あっさりとした礼を述べる。

「イーサンは参謀か何かなの?」

 テオの素朴な質問に、ルドが口を挟む。

「イーサンはそんなものだと考えていい。陛下に進言するのは、こいつの役目だからな。ところでテオ、ちょっと訓練を見ないか? 俺たちはこれから顔をだすところなんだ。この国じゃ手が鈍るだろ? 大したものじゃないから、参加してみたらどうだ?」

 問答があっさりと終わってほっとしていたのだが、予想外の展開である。ルドの酔狂かと思いきや、イーサンが止める様子はない。

「部外者が参加していいわけ?」

「君は例外だろ。会議はしばらく続くし、暇なら行こうぜ」

 ルドが強引に背中を押してくる。手が鈍りそうなのは事実だし、何より少なからず興味があったので、テオは拒むのをやめた。

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