幕間

Everlasting rain Ⅱ

 ふと目を開けると、辺りはすっかり暗くなっていた。雨音を聞いているうちに、眠ってしまっていたようだ。

「お目覚めですか」

 すかさず青年が話しかける。ぼんやりとした目で彼を見るが、暗闇のどのあたりに顔があるのかすら、見当がつかない。

「灯りをつけますね」

 彼が立ち上がろうとして、椅子が床を鳴らす。

「このままでいいわ。ところで、今は何時ごろかしら」

 青年が椅子に座りなおる衣擦れと、懐中時計の蓋が開くかすかな音が、彼の居場所を教えてくれる。

「夜の七時すぎです」

「うたた寝にしては長すぎたわね。ずっと傍にいてくれたの?」

「いえ、暗くなってからです。少し考え事をしていたので」

 彼の声を頼りに、やせ細った左手をのばす。その動きですら億劫なほど、体中の筋肉が衰えていた。それに気づいたのか、彼の手が迎えに来る。

「もう起きないんじゃないかと思っていたでしょう」

「……はい」

「次に眠ってしまったら、今度こそ起きられないかもしれないわね。……伝えるべきことは伝えてしまったから……、あなたと、話をしていたいけれど、……駄目ね、もう長くは……」

 頭は冴えているはずなのに、体が言うことをきかなくなる。自分の身体ではないような感覚。何度も、何度も繰り返してきた。死はすぐそこにある。

 瞼を閉じる前に、左手を包むあたたかさが感じられなくなる前に、雨音が聞こえなくなる前に、この私として言うべきことは、何だろう。

 青年が息を呑んだ、気がした。

「……あなたは、……自分のために、生きて……」

 彼の生い先を案じた。私のために、娘のために、すべてを尽くして生きてゆこうとしている彼のことを。すべてを犠牲にしてしまう彼のことを。

「もう、二度と、……私と会えないよう……」


 私は今、どこで思考しているのだろう。すべてが消えた。一瞬の無感覚。

 あっけなかった。もっと感動的に最期を迎えようと、前々から考えていたのに。

 何も見えない、聞こえない。心地よさも苦痛も、何もない。私は何かを考え続けて、自分の存在を確かめる。

 考えることをやめたら、消えることができるのだろうか。安らかに、消滅することができるのだろうか。どうして私は、考えることをやめられない?

 考えることをやめようと、考え続ける。永遠に抜け出せない、思考のループ。


 誰か、たすけて、くれるわけがない。


 涙が流れた。いや、これは雨の雫だ。頬を伝って、水たまりに波紋を作る。

 しゃがみこんだ。両手で顔を覆った。やわらかい頬が、熱い。

 雨はまだ、降り続いていた。

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