12 幸福な国(3)

 ジャスミンの心当たりとは、女王の護衛の一人である、ルドのことだった。なるほどふたりは一度、彼と顔を合わせている。小柄な彼は、女性であるジャスミンに次いで印象的だった。

 ジャスミンは外見から察するに、ミコトの三、四歳上といったところで、精鋭であるはずの近衛兵としては非常に若いのだが、童顔であるルドも、同じくらい若く見えた。ジャスミンによると、ルドのほうが先輩なのだそうだ。

 この国の軍に堅苦しい決まりはないらしく、ジャスミンがルドを客室に連れてくる形で、面会することになった。

「そういえばミコトって、何歳なの?」

 思い出したように、テオが尋ねる。

「二十歳だよ。女性に年齢を訊くのはあまりよろしくないけど、私はまだ躊躇いなく言える年齢だから良しとしよう。ちなみに数年生き急いでいるから、同期よりも少し若い」

 見た目では年相応だが、軍に重用されるにはいささか若すぎる。彼女の老成した様子も相まって、これまで年齢不詳だったのだ。

「意外だった?」

「いや、だいたい予想通りだった」

 というのは嘘で、テオは二十代だろう、くらいにしか思っておらず、それ以上推定してはいなかった。



 しばらくすると、ジャスミンがルドを連れて戻ってきた。ミコトが立ち上がって迎えるので、テオもつられて立ち上がる。

「突然お呼び立てして申し訳ありません。お仕事中でしたか?」

「いや、今日は終わったところだ。そんなに気を遣わなくていいよ」

 ルドは笑って答える。この国では礼儀作法を重んじる文化がないのだろうか。

「ルドに敬語は必要ないと思う。敬語は謁見時のために、取っておくといい」

「ジャスミンに言われるのは少し違う気がするが、その通りだ。師団長のオットーがそういうのに拘らない人なんで、俺たちも気にしない。むしろ、気兼ねなく話してくれた方がありがたい」

「なんだか調子が狂いますね。外交は気を遣うべきものなのですが」

 ミコトはこう言いつつも、女王に初めて謁見したときから、さほど慇懃な態度をとっていない。相手に合わせることのほうが、礼儀としては正しいと考えてのことだ。

 テオはこれまで必要がなかったため、礼儀作法が身についていない。つまり、ギブソン教授やその私兵たちの間柄も、上下関係を意識すべきものではなかったのだ。したがって、無礼を咎められないほうが、当然ながら居心地が良い。

「陛下もミコトと帝国を同一視はしていないだろう。それで、本題に移ったらどうだ」

 ミコトが再度、例の仮説について説明する。容姿云々については微妙な表情だったが、身体能力に関する話は、ルドも興味深そうに聞き入っていた。

「つまりジャスミンやテオがその手の人間かもしれないってことか。その説を立てるにあたって、似たような人間を多く見てきたってことだろ? 帝国軍にはそれなりにいるのか?」

「そうですね。軍に限らないものの、それなりに。程度の差はありますし、先天的な運動能力に限らず、視力や聴力などの感覚器官が優れる場合もあると考えています」

 テオを例にとれば、瞬発力や視力、聴力の高さは特筆に値する。これは訓練の成果ではなく、生来のものである。

「ルドもそれにあてはまるっていうのが、私の勝手な見解だ。本来戦闘には不利な体格だから」

「俺がチビだって言いたいのかよ。まあ、心当たりがないではないが」

 あらためてルドを見ると、女性では比較的長身なジャスミンはともかく、平均か少し高い程度のミコトと比べても、背が低く見える。並べてみればさほど大差ないのだろうが、男性としては明らかに小柄だ。それで精鋭なのだから、身体能力が優れているのは確かめるまでもない。

 容姿に関しても、彼は仮説に反しない。赤みがかった淡い茶髪、色素の薄い瞳は緑にも見える。童顔ではあるが、端正な顔立ちだ。

「護衛の皆さんはお若いですよね。軍の中でも若手なのではないですか? もちろん、オットーさんは例外ですが」

「さんはいらないだろ。たしかに、イーサンも俺より少し年上なくらいだが、常に陛下の傍に控える護衛は、陛下の指名制なんだ。だから軍人としての経験は、あまり重要視されない。陛下のお眼鏡にかなうかが問題であって、出自も大して問題じゃない」

 ルドに続いて、ジャスミンが補足する。

「いや、それは多少語弊がある。近衛兵は出自や学才などで、少なからず条件があるんだ。護衛はその中から選ばれる。ここでも師団長は別扱いだが」

 いずれにせよ、近衛兵である時点で、実力者ということだ。オットーについては置いておくとして、謁見の際に顔を合わせた護衛は、もう一人いる。

「イーサンはどうなの?」

「よく覚えているな、テオ。あいつはどちらかと言うと頭脳派だ。もちろん戦闘も並みの兵には負けないが。俺たちみたく、腕っぷし勝負じゃないんだよ」

「私を同じにしないでほしいな。ルドと違って単細胞じゃない。それでミコト、参考になったかな?」

 ルドが睨みつけるが、ジャスミンは無視している。ジャスミンは相変わらず素っ気ないが、ふたりは仲が良さそうだ。

「それはもう。仮説の信憑性がさらに高まりましたよ」

「それを確立したら、帝国で使えるのでは? それとも、実は帝国で有名な話なのか?」

 ジャスミンは鋭い。ミコトは持論だと言ったが、この仮説は優秀な人材の確保に有用であり、帝国が調査させている内容だと考えた方が無難だ。

「帝国はこんな主観的な仮説などなくとも、優秀な人材を得ることができるはず。これは私が根拠もなく思いついた仮説であって、帝国とは無関係。世界を悩ますメルムの問題にも何ら貢献しないでしょうし、関係もないでしょう」

「まあたしかに、主観的で根拠もなさそうだ。国家が取り合うべきものではないか。だがその説でいくと、ミコトも身体能力が優れている人間なんじゃないかと、私は思うが」

 ジャスミンは笑みを浮かべながら、冗談のように言ったが、その瞳は鋭かった。テオは横目にミコトを見たが、もちろん彼女は動じていない。

「さあ、どうでしょう。そうだったら良いんだけど」

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