11 幸福な国(2)

 ミコトが伝令係というのはやはり本当らしく、帝国からと思しき文書が何枚も届いた。すべてが伝書鳩によって運ばれるため、小さな紙が、何枚も届けられる。

「到着を知らせる伝書鳩、飛ばすの早すぎたみたいだ」

ミコトは飄々としている。この台詞はげんなりした顔で言うべきなのだが。

「最初からずいぶんと、連絡が溜まってたんだね。表向きの任務だとしても、暗号のやり取りだって他のやり方があると思うけど。それに、これまでは暗号すら使わずに、ベゼルと連絡をとっていたんじゃないの?」

「これまでとは段違いに、秘匿したい内容がやり取りされるんじゃないかな。以前、外縁部に派遣された人間に指令を飛ばしていた情報が、外部に漏れていたことがあるらしいんだ。それで暗号を利用するようになった。暗号を堅牢なものにするには、暗号を解読する人間は少ないほうがいいし、それは身内であった方がいい」

 道理ではある。だが、これは人間を相手取る戦争ではなく、メルムからの防戦だ。そこまでする必要があるのか。

「情報が漏れて、帝国に困ることがあったんだ」

「情報というのは、どんなに些末でも、とても価値のあるものなんだよ。帝国から送られる物資輸送のルートや兵の派遣先、そういう情報が外部に渡ったんだ。実に情けない話だけど、帝国の敵は多いんだよ。傍観していれば無責任だと罵られ、兵を派遣すれば目の敵にされる。派遣兵は度々妨害に遭い、助けを装った地元民にたかられ、帝国軍は外部を信用できなくなった」

 外部の人間だったテオには、耳の痛い話だ。帝国を非難する人間はさほど多くないはずだが、簡単に扇動される中立的な人間は多い。

「それでもベゼルには、協力を要請したんだね」

「そうだね。ベゼルは治安が良いし、メルムの被害に遭っていないから、帝国を敵視する人も少ないはずだ。それでいて外縁部に近い。協力を要請するには、うってつけだったんでしょ。そしてメルムに関する調査も可能だ。納得したかな?」

「した、と思う」

 帝国の高官が何を考えているかはわからないが、彼らも苦労しているということだ。



 ミコトは一部の小さな紙に目を通すと、すぐにそれらを燃やしてしまった。

「全部読んでないのに、燃やしちゃうんだ」

「暗号とそれを解読した文面が揃ったら、それ自体が暗号表になるからね。それに、伝書鳩で文書を送るときは、何枚か同じものを送るものなんだよ。今回は重複する内容のものが届いたから、失われた情報はなさそうだね」

 ミコトが何かに記録した様子はない。すべて彼女の頭の中に入っているということか。

「今回は私に対する指令だった。ひと通り島を調べろってさ」

 あてのない調査のはじまりというわけだ。



「島をひと通り回ることは問題ないが、何か目的があってのことだろう? 全体を見て回るだけでいいのか?」

「とりあえずは。目的はひとまず、メルムが現れた時に備えて、全体を把握しておきたいから、ということで」

 ミコトは妙な言い方をしたが、ジャスミンは気にしていないようだった。

「それなら近場から案内しよう。城下町には出入りすることも多くなるだろうし、この島は小さいようで、案外見ごたえがある。ところでメルムは、この島にも現れるだろうか?」

「さあ、私には何とも。島だからと言って、出現しないとは限らないでしょうけど。テオはどう思う?」

「……さあ、ぼくにも何とも。でも、大陸じゃないとメルムが出現できないってことはないと思う」

「なるほど。それがわかれば苦労しないな」

 ジャスミンは素っ気ない。ミコトのように表情の変化がないわけではないし、態度は好意的な印象を抱かせるが、彼女の眼差しは、どこか冷たく感じるのだ。



 ジャスミンを先頭に、三人で城を出る。城下町は賑わっていたが、街並みは整然としていた。いつかの港町とは大違いだ。

 城が山の麓にあるため、街は階段のような層構造となっている。見晴らしが良いだけでなく、場所によっては港町まで見渡すことができる。

「豊かな国は、人々の表情がまるで違うね」

「そうなのか? 帝国ほど豊かな国もないだろうが」

「帝国は確かに、世界一の国力を有するんだろうけど、決定的な何かが欠けている気がして。治安もいいけれど、それは管理社会が成すものだから」

 ジャスミンは不思議そうな顔をしている。生まれ育った国を基準とするのだから、当然ではある。テオから見れば、帝国もベゼルも活気に溢れているし、人々は皆、幸せそうだ。

「この国だって、牧歌的ではないよ。この国の男性は一定期間、徴兵されるんだ。有事の際は、誰もが駆り出される兵力なんだよ。それがこの国の軍事力を支えているんだが」

「強制的に、兵士になるってこと? 男の人だけ?」

 テオが食いつく。

「ああ、君は南西地方の出身だったか。健康状態に問題があれば強制はしないが、義務だからね。何かしらの形で従軍する者が多い。女性は任意だ。このご時世だからか、徴兵制度は案外支持されているんだよ。ちなみに私は志願兵だ」

 このご時世、とは、メルムのことなのだろう。メルムは宣戦布告など出さないし、市民だからといって警告するほど、行儀が良くない。当然、自己防衛が基本だ。それを学べるというのは、確かに利益がある。

「君は少年兵だったのか? 壊滅した地域の市民が徴兵されていると聞いたが」

「いちおうは、兵士だった。ぼくは訓練を受けたけれど……徴兵なんて立派なものじゃないよ。あれは口減らしなんだと思う」

 壊滅した地域というのは、その多くが自治区を含む辺境の村だ。メルムの脅威に晒されている国家にとって、それらの地域はとるに足らない田舎である。路頭に迷った人々が都市に流れ込むことのほうが、厄介なのだ。

 ジャスミンも行間を汲み取るのが上手いらしく、それ以上は訊かなかった。

「ジャスミンはどのあたりの出身なの? 城下町ではなさそうだけど」

 空気が重くなったところで、ミコトが急に話題を変える。

「ご明察。ここから北西の麓の町に近いが、ほとんど森だ。城からさほど遠くない。どうして城下町ではないと?」

「ほとんどは直感だけれど、案内に偏りがないし、どこか客観的だったから。ところで、この町では黒髪が少ないようだけど、偏りがあるの?」

「妙なことを訊くんだな。城下町には各地の人々が集まるから、地域で偏りがあったとしても、この町は包括的なんじゃないか? 母が大陸出身なんで、私は少し珍しいかもしれないな」

 ここでもミコトの洞察力が光る。むしろ、彼女の知るべき情報が得られるよう、話が誘導されているのかもしれない。

「緑色の目は、珍しくないの? ぼくはあまり見たことがないけど」

 テオが気になっていたことだ。帝国でも緑色の目をもつ人はいたが、彼女ほど鮮やかではなかった。

「いや、緑という色自体、それなりに珍しいと思う。これも母譲りだ」

 ジャスミンは何でもないことのように言うが、ミコトは興味深そうに聞いている。テオには、無関係な話に話題が逸れているとしか思えない。

「ミコトはそういうのが趣味なのか? ミコトの瞳の色も、私から見れば珍しいと思うが」

 ジャスミンは笑っている。

「趣味か、そうかもしれない。碧眼自体は珍しくもないし、私のは偶然できあがったものじゃないかな。髪色や瞳の色は、案外多くの情報を持っているものだ、というのが私の持論で」

「変わった持論だな。遺伝的な意味か? 現に今、私の母がこの国出身でないことを、推察できたというわけだ」

「経験的なものだから、根拠はないんだ。ただ、ひとつ確信に変わりつつある説があって……、この国にも、異常なまでに身体能力に優れた人はいる?」

 ジャスミンとテオはちらりと目線を合わせる。ミコトの話はどうにも、予測がつかない。

「異常なまで、という度合はわかりかねるが、抜きん出て優れた者はいるな」

 テオにも思い当たる節がある。それは自分のことだ。きっと口に出さないだけで、ジャスミンもそうなのだろう。

「そういう人は、珍しい容姿、つまり髪色や瞳の色をもっていることが多い。ついでに言うと、そうでなくてもたいてい、美男美女なんだ」

 ミコトが満足げに言う。ジャスミンとテオは、ますます自分のことだとは言いだせなくなってしまった。

 ジャスミンは訝しげな表情だったが、テオには納得できる説だった。ミコトもテオと同様に、身体能力に優れる人間なのだとしたら、あの出来事も理解できる。

「興味深いな。一人思い当たるんだが、話を聞いてみるか? まあ、一度顔は会わせているはずなんだが」

 ジャスミンの言葉に、ミコトの目が輝いた。調査に関係ないことは明らかだが、ミコトがこの様子では止めようもない。

 こうして城下町の散策は、半端に終了した。

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