10 幸福な国(1)

 ベゼルに到着するとそのまま馬車に載せられ、城へ向かうこととなった。彼らにとってミコトは帝国からの伝令係なのだから、すぐに君主と会わせるつもりなのだろう。

 すらりとした体格の軍人とともに、馬車に揺られる。長い船上生活だったが、陸酔いする間もなかった。ふたりは船酔いすることもなかったのだが、馬車の揺れにも平然としていた。

「そちらの少年は?」

「私の護衛のテオバルトです。軍の人間ではありませんが」

 軍人は一瞬戸惑ったが、テオを一瞥して納得した様子だった。極端なほどの実力主義という、帝国のイメージによる後押しもあっただろうが。

「なるほど。本当にお二人でいらっしゃったのですね。話には聞いていたのですが、あなたほどお若い方とは思いませんでした」

「でしょうね」

 テオに関しては、若いというより幼い。

「帝国が伝令係を遣わすとは、何かあったのですか? これは個人的興味なので、聞き流していただいて構いませんが」

「私は伝令係となっていますが、いわば通訳なのです。実は伝令する情報を持っていないので、目的についても存じ上げません。帝国から送られる暗号化した伝達事項を、解読してお伝えするのが仕事です。これはいちおう、他言無用でお願いしますね」

 テオもこの話は聞いていない。教授からはメルムの調査をするのが目的だ、としか聞かされていない。

「もちろん。こんなことをお尋ねして申し訳ありません。城はもうすぐですので」

 軍人の視線の先に、こぢんまりとした城が見えた。島のほぼ中心に位置する山の麓で、町や村を見下ろすようにして立っている。余計な装飾はないが、手入れが行き届いていて、古びた印象は受けなかった。



 君主に謁見するということで大仰な出迎えを想像していたが、通されたのは謁見室ではなく、君主の居室だった。

 女王は小さなテーブルについて出迎えた。後ろには護衛らしき軍人が数人と、老人が一人立っていたが、ミコトとテオを出迎えたのは彼らだけだった。

「あなたがミコトさんね。お待ちしていたわ。どうぞ座って」

 女王は若く、姫と呼ぶ方が相応しい。はしゃいだ様子とくだけた口調は、君主らしからぬ気安さを感じさせた。ふたりは言葉の通り、席につく。

「こんな場所でごめんなさいね。だけど、大げさな出迎えより、この方が良いかと思って。あなたたちも気楽にしてね。そちらは――」

「護衛のテオバルトです」

「あら、かわいらしい護衛さんね。帝国の生まれには見えないけれど……」

「陛下、話が逸れてますよ。ご用件を」

 年長の護衛が声をかける。他の護衛は少し苦笑しているようで、君主を前に緊張感を欠いている。女王の様子から見て、これが彼らの流儀なのだろう。

「そうだったわ。大まかな話は聞いているけれど――」

ミコトが表向きの訪問目的を語る。テオが聞かされていないことも含まれていたが、簡潔にまとめれば馬車に同乗した軍人に語った内容と同じだった。帝国の目的としては、被害が及んでいないベゼルにメルムの殲滅と対策の協力を要請することだ。ミコトにとっては表向きの目的だが、実在する帝国の方策である。

「でも、なぜ暗号を用いる必要があるの? 伝書鳩でやりとりするのであれば、たしかに紛失や強奪のおそれはあるけれど、情報が漏れて困るものかしら」

「帝国はメルム……怪物のことですが、それが人為的なものである可能性を捨てていませんし、帝国から派遣する人間の動きは、あまり知られたくないのでしょう。私も然りですが。むやみやたらに外部の者を疑うのが、帝国の流儀なのです」

 女王が一笑する。

「それではあなたも、単なる通訳というわけではないのかしら。ああ、あなたを疑う意はないのよ。後ろめたいことは特にないのだし……。とにかく、私はあなた方を歓迎するわ。こちらとしてもあなた方を危険にさらすわけにはいかないから、案内人をつけさせて頂戴」

 一人の護衛が、前に進み出る。鮮やかな緑色の目をした、女性だった。

「近衛兵で、私の護衛についているジャスミンよ。彼女は充分に頼りになるし、知識も豊富だから適任だと思って」

 女王の護衛を貸し出すとは、何とも手厚い待遇である。

「身に余る光栄です。感謝いたします。ジャスミンさん、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。ジャスミンで構いません」

 ジャスミンは軽く会釈して答えた。すらりとした長身と洗練された動きが、様になっている。

「そうそう、お付き合いも長くなるのでしょうし、彼らも紹介しておくわ」

 三人の護衛は、年長のオットー、知的な印象のイーサン、比較的身長の低いルド、老人は補佐官のモーゼフである。彼らはみな、人の好さそうな紳士だった。



 女王との面会を終えたふたりは、ジャスミンの案内で客室へ通された。

「雰囲気に呑まれてしまいましたが、無礼はありませんでしたか?」

「その心配はないかと。仮に無礼があったとしても、陛下は慇懃な言動をお望みではない。私たちも女王があの様なので、さほど礼儀は気にしていない。お気になさらず」

「それならよかったです。あと、私たちに敬語は必要ありません。私は大した身分の人間ではないですから」

「あなたがそう言うならそうしよう。私にも敬語は不要で」

 ジャスミンの微笑みは凛々しかった。彼女も整った顔立ちで、目や口元に凛とした雰囲気を感じさせる。背中まで届く長い黒髪はストレートで、端的に言えば美人だ。

「テオバルト、だったかな。君は帝国出身なのか?」

「いや、……南西の沿岸、外縁部の出身だよ」

「なるほど。君はメルムに詳しいということか。いや、帝国が少年兵を許すはずがないだろうから、不思議だったんでね」

 思えば、女王もテオが帝国出身でないことを見抜いていたが、そういうことだったのか。

「長旅で疲れているだろう。私は女王のところに戻るから、何かあれば呼んでくれ」

 そう言ってジャスミンは戻っていった。ミコトは礼を言い、彼女の背中を見送った。

「いやあ、侮れないね、あの女王様」

「何が?」

「ジャスミンを案内役にして、私たちを監視する以上に、情報を引き出すつもりなんだよ。腹心の臣下を客人に貸し出すなんて、そういうことでしょ。単なる好奇心なんだろうけど」

 ミコトがそんな風に思っていたとは、何だか意外だった。女王とは朗らかに話していたので、疑いの目を向けているとは思わなかったのだ。

「じゃあミコトは、ジャスミンも信用してないってこと?」

 だとしたら、テオも警戒せねばなるまい。

「そんなことはないよ。私は感心してるんだ。帝国に目をつけられておきながら、対等な関係にもっていく技量が、あの女王にはあると思う。ジャスミンを警戒する必要はないし、むしろ信頼すべきじゃないかな。彼女は鋭そうだし」

 ミコトはあっけらかんとして言うが、テオは彼女のように都合よく考えられない。テオが警戒しようがしまいが、情報の出どころはミコトであって、ミコトはテオに伝える情報も厳選しているのだろうが。

「まあ、そんなに気にすることないよ。君の立場なら、彼女たちを疑うのは当然だ。信用するかどうかは、君が決めるべきだね。でも、私はジャスミンを信用するつもりだよ。勘だけど」

 それでは自分は、彼女の勘を信用することにしよう。テオはそう決めた。

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