幕間

Everlasting rain Ⅰ

 漆黒の闇。傘に、氷雨の打ち付ける音だけが響く。

 傘を持つ手がじんじんと痛むので、柄を肩にかけ、歩きながら両手で、火照った頬を覆う。

 傘に遮られていた前方が露わになると、ぼんやりとした街灯に、ひとりの男が浮かび上がった。

 その男は傘を持たず、道端に設けられたベンチに力なく腰かけて、全身から水を滴らせている。

 そっと傘を傾け、彼の頭上を覆う。彼はこちらにはじめて気づいた様子で、ゆっくりと顔を上げる。

「風邪、引いてしまいますよ」

 目は虚ろだったが、はっとするほど、彼は整った顔立ちをしていた。

 彼は囁くように礼を言ったが、差し出された傘にそっと手を添えて押し戻す。

「あなたが濡れてしまいます」

 ほんのわずかな間にも雨は髪を濡らし、一張羅の赤いコートにも、暗い染みが広がっていた。頭皮を伝って温まった滴が、頬を伝う。

 彼はゆっくりと立ち上がり、屋根のある場所へと促した。

「少し考え事をしていたもので。お気遣いに感謝します」

 彼と同様に水を滴らせる鞄から、手巾を取り出した。中身は濡れていないようだ。自分に使うのかと思っていたが、彼は手巾を差し出した。確かにこの手巾では、ずぶ濡れになった彼の顔を拭いただけで、使い物にならなくなるだろう。有難く受け取り、顔にそっと当てる。

 立ち去ろうとする彼を引き止め、腕を引いて傘に入れる。

「お家はどちらですか。ご一緒します」

 彼は戸惑った表情を見せた。

「すぐ近くですが、あなたの手を煩わせるわけには……。私はこれ以上濡れることもありませんし」

 腕をつかんだまま、傘から出ようとする彼を止める。

「いいんです。私は散歩をしているだけですから。この辺りでは杞憂ですが、男の人といた方が安心でしょう」

 彼は戸惑っているようだったが、あえて固辞することはなかった。

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