いつも、そばにいて
八柳 梨子
幼馴染の結婚
「ご婚約、おめでとうございます」
郊外にあるとあるホテルのレストランを貸し切って行われている婚約パーティで、門之園 陸(かどのその りく)は招待客から祝いの言葉をかけられていた。
「ありがとうございます」
整った顔立ちに隙のない笑顔を貼り付けて礼を言いながら、陸の視線は幼馴染の笹谷 夏海(ささや なつみ)を追っていた。
彼女は今、グラスに注がれたワインをちびちび飲みながら、つまらなそうに周囲を眺めている。声をかけに行こうにも、次から次へと招待客がやってくるから、主役の立場としては彼女の傍へ行くことができずにいた。
しかも彼の隣には、親が決めた美しい婚約者、二戸部友里恵が立っている。
婚約の話が持ち上がったとき、陸に対してずっと好意を持っていたと友里恵に打ち明けられた。しかしその言葉を聞いても陸の心が浮き立つことはなかったし、今でも婚約者に特別な感情を持つことができずにいる。
「夏海さん、寂しそうですね。お知り合いは来ていないのかしら」
友梨恵が陸の耳に唇を寄せ、語り掛けた。彼女の香水の強い匂いが鼻をつく。そのむせ返るほどに甘ったるい香りが、陸は苦手だった。
「来ているんだけど、別行動のようだね。京香も学校の友達となにやら盛り上がっていて、周囲に気を配る様子もないしね」
夏海は年の離れた陸の妹・京香とも仲が良いが、引っ込み思案の彼女はさすがに女子高生の集団の中に入っていく勇気はないらしい。それに夏海の一番の親友は今、恋人と寄り添っている。他は門之園の親戚や祖父が経営する病院の関係者ばかりだから、彼女が退屈するのも仕方ないだろう。
「陸さん、少し話し相手をしてあげたらいかが? ここは私一人で十分ですから」
夏海を気遣うフリをしながらも、行ってほしくないという思いが表情に現れている。女とは不思議な生き物だなと思いながら、陸は頭を振った。
「いや、いいよ。ここが落ち着いてからにするから」
友梨恵は安心したように微笑んで、陸の腕にそっと手を触れる。自分のものだと主張するかのように。
(――夏海)
陸は心の中で、幼馴染の名を呼んだ。
まるで聞こえたかのように、夏海が陸に目を向ける。
(夏海、愛している)
もう一度、言葉に出さずに語り掛けた。すると夏海は、寂しそうな微笑みを浮かべてグラスを掲げた。
(どうしてこうなってしまったのだろう)
夏海も自分を愛してくれている。それは分かっている。
なのにどうして、ずっと結ばれなかったのだろう。
どうして自分は一度も、気持ちを打ち明けようとしなかったのだろう。
どうして自分の隣には、別の女性が立っているのだろう。
どうして――
どんなに後悔しても、時は戻らない。
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