第12話
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ご飯を食べ終えると今度は水族館へと向かう雛菊と稔。
雛菊達は事前に入場券を買っていたが菖蒲達はチケットを持っていないため、菖蒲と真司はチケット売り場へと向かった。
「あ、雛菊さんと先生中に入っちゃいました」
「むむっ、これはいかん。急がねば!」
真司達はチケットを買うと走るように入場口に向かう。
「あ、いましたよ菖蒲さん!」
真司の言葉に足を止める菖蒲。雛菊達はエスカレーターで地下に降りている最中だった。
真司達もエスカレーターに乗り雛菊の後を追う。
地下に降りると室内は暗くなり、人も多いため油断すると雛菊達を見失いそうになる。だが、真司も菖蒲も雛菊達よりも今のこの風景に息を飲んでいた。
「わぁ……」
「これは綺麗じゃなぁ」
地下に行くと暗がりの中ポゥッと光る海月達がいたのだ。そして、天井を見上げれば眩い星空がそこにあった。
どうやら丁度イベント期間らしい。海月ブースの前には『海月銀河』と書かれた立て看板が建っていた。
「なるほど。海月の浮遊を宇宙と例えている感じかの」
「そうなんですかね? 幻想的で綺麗ですね」
「そうじゃな」
そう思っていたのは雛菊も同じだったらしい。雛菊は幻想的なその空間に見惚れボーッとしていた。
「……なんて綺麗なんでしょうか。ふふっ、それにふわふわと浮いているのが可愛らしいです」
雛菊が海月に夢中になっている中、稔もまたそんな雛菊に見惚れていた。それを知らない雛菊は微笑みをこぼしながら稔の方を振り向く。
「私、こんな美しい物を見たのは久しぶりです♪」
「あ、えっと……それは良かった! 来て正解ですね!」
雛菊を見ていたのを隠すように慌てて雛菊から顔を逸らし話す稔。雛菊はそんな稔の様子にキョトンとすると首を傾げた。
雛菊の視線を感じた稔は、隣にいる海月を指さし雛菊の気を逸らす。
「みっ、見てください! こっちの海月なんて光ってますよ!」
「まぁ、ほんとですね! 海には詳しくはありませんが、こんな生き物もいるんですねぇ」
「ウリクラゲって言うらしいですね」
「ウリ……瓜のことでしょうか? ……確かに言われてみれば瓜に似ているような……?」
真面目に海月を観察して呟く雛菊。
雛菊は次の海月を見ながら稔と話していく中、真司もまた稔と同じように幻想的な空間にいるに菖蒲に見惚れていた。
菖蒲はケースの中にいる海月に「ふふっ」と笑う。
暗い部屋の中佇む菖蒲。
それはまるで、菖蒲と初めて会った時のように菖蒲が美しく見えた。
「真司、この海月は可愛いの」
「はい」
真司はふと思う。
『こんな日が続くといいな』と。そう思った途端、真司の中で『以前にもこんなことを思ったような……?』という気持ちになった。
(去年も確かにそう思ったけど……なんだか、もっとずっと前にも同じことを思ったような……)
デジャブを感じている真司は菖蒲を見る。すると、一瞬、菖蒲が違う姿に見えた。
「っ!?」
目を擦る真司に菖蒲は「どうしたんじゃ?」と首を傾げる。
「あ、いえ……目にゴミが入って……」
「大丈夫かえ?」
「はい。あ、雛菊さん達が先に進みましたよ。僕達も行きましょう」
「そうじゃな」
先頭を歩く菖蒲の背を見ながら進む真司。
真司は、あの一瞬見えた菖蒲の姿を思います。いつもと変わらない菖蒲だけれど見えたあの一瞬、菖蒲が平安時代の着物を着ている姿が見えたのだ。髪も今よりも幾分か長く、まるで多治速比売命のように髪が床に着くぐらい長かった。
(今のは一体……?)
真司は、最近の自分の身に起きている出来事に心配になっていた。
菖蒲には言っていないが、香夜乃が送り狼から襲われる瞬間、香夜乃を守ろうと真司が手を伸ばしたとき香夜乃と送り狼の間に光の壁が現れたのだ。まるで香夜乃を守るかのように現れた光の壁、そして、最近真司が見るようになった妖怪達の軌跡を追うような夢……自分には無かった別の力が出てきたことに、真司は自分のことなのにそれが不安で怖かった。
『なぜ、こんな力が出てきたのか』
『なぜ、自分は普通ではないのか』
そんな疑問が心の中に宿っていた。
菖蒲と出会って〝見える〟ということに関しては受け入れたが、別の力を受け入れるような精神を今の真司には持っていない。
今後、自分はどうなってしまうのか。
真司はそれが不安で、またどこか恐れていた。だが、それを菖蒲に言う勇気は無かった。
未知数な自分自身の能力にまだ心の整理もできず、わからないことだらけだからだ。
(だからこそ、菖蒲さんに相談した方がいいんだろうけど……)
考える度に俯き気味に歩いている真司。
(でも……やっぱり言えない……)
いざ言おうとしても、その言葉が喉で止まってしまうのだ。勇気の無さと臆病な自分に、真司は次第にこんな自分に嫌気がさす。
(少しは変われたと思ったけど……なにも変わってない……)
暗い空間にいるからなのか、真司の気持ちも段々と暗くなる。すると、菖蒲がクルリと振り返った。
「真司」
「は、はい!」
菖蒲に名前を呼ばれ、パッと顔を上げる真司。
「あれを見よ、蟹じゃ! しかも、足が長いぞ! ……あの蟹は美味しいんかね?」
「…………ぷふっ、あははっ」
突然何を言い出すのかと思い唖然とする真司は、次第にそんな菖蒲が可笑しく思い笑い声を上げる。真司は静かな場所で声を出したことに慌てて口を噤む。
「どうでしょうね? お店では売ってるところ見たことないですけど……食べれるかもしれませんね、ふふっ」
お雪が言いそうなことをまさか菖蒲も言うとは思わず
真司は笑いを堪えながら菖蒲に言った。
菖蒲は菖蒲で真剣な目で蟹を見ながら「うーむ……白雪にちと相談してみるかの」と呟いていた。
「お、あっちは鰯じゃ! むむう、美味しそうじゃのぉ。魚が食べたくなってくる」
魚を見ては『美味しそう』と言う菖蒲に真司はクスリと笑う。
(菖蒲さんって、時々、子供みたいにはしゃぐなぁ)
普段は妖怪達のリーダー的存在で、とても頼り甲斐のある人だ。だが、時たまこうやって楽しそうにする姿は、普段の菖蒲と違いお雪のように子供っぽい。
背筋を伸ばし凛とする姿はかっこよく、誰からも頼られる存在である菖蒲は真司にとっての憧れの的。そして、今のように笑う表情や意地悪げにほくそ笑む表情はコロコロと変わり、傍で見ていても飽きなかった。
楽しそうにしながら水槽の中を見る菖蒲の姿に、真司の心臓が強く鳴り胸が痛くなる。
「…………」
自分のこの感情に疑問を抱く真司。すると、菖蒲が真司の名前を興奮気味に呼んだ。
「しっ、真司、真司! ペンギンじゃ!」
菖蒲はうっとりとした目で「可愛いのぉ」と呟く。よく見ると、別の方では雛菊も菖蒲と同じようにペンギンの可愛さに見惚れていた。
真司は苦笑すると雛菊の隣にいる稔の方を見る。稔は、うっとりとしている雛菊を見てはクスリと笑っていた。そして、雛菊と稔が次のブースへと移動しようとした瞬間、雛菊が「いたっ」と言いながら躓いた。
躓いた雛菊を稔が支える稔。
雛菊は稔との距離の近さに顔を真っ赤にさせ離れようとした。だが、またもや雛菊は眉を寄せ痛そうな顔をする。雛菊のそんな姿に稔はハッとして雛菊の足首を見下ろした。
「雛菊さん、もしかして靴擦れを……?」
「……は、はい」
近くにあるベンチに雛菊を座らせると稔は傅いた。
「失礼します」
「え!? みっ、稔さん!?」
雛菊は稔に足を触られ驚きの声を上げるが、稔はそんな雛菊の声には気にもとめず雛菊の靴を脱がせた。
周りの視線を感じ雛菊の顔は更に赤くなる中、稔は冷静に鞄の中に入っている絆創膏を取り出し雛菊が靴擦れを起こしている箇所に優しく貼った。
「俺、紙で結構手を切るんで絆創膏は常に持ち歩いているんです。……本当は消毒した方がいいんですけど、これで我慢してください」
「……………」
稔の優しさに雛菊の胸が春の陽射しのように暖かくなる。稔は雛菊に靴を履かせるとニコリと微笑んだ。
「立てますか?」
「は、はい……」
手を差し伸べられ雛菊は稔と手を重ね立ち上がる。
ドキドキと雛菊の心臓が高鳴り、顔を上げれば稔の顔が直ぐ傍にある。遠くから見ていただけで、自分の姿も声も大好きな人に届かなくても雛菊はそれで充分なはずだった。
けれど、想いは強く想うほど欲が出てしまったのだ。
『お話したい』
『触れたい』
『あなたは、私の前ではどんな表情を見せるのかしら……?』
そんな気持ちが次々と溢れ出した。そして、それは菖蒲達のおかげで願いは叶った。
今、こうして稔に触れられること……話が出来ることに雛菊は喜びを覚えたのだ。
雛菊の心に『好き』という感情がとめどなく溢れ出してくる。雛菊は、熱を帯びたような目で稔を真っ直ぐに見つめた。
『……私……私、あなたのことが――』
「……好きです」
「え?」
心の中で思っていたことが無意識のうちに言葉に出してしまった雛菊。
稔のキョトンとした顔で、雛菊の頭は一瞬で冷静になり凍りついた。
「あの……えっと……」
言葉にするつもりが無かった雛菊は自分の口を両手で押さえると涙目になりながら稔から距離を置いた。
「わっ、私……私っ……!」
まるでなにかに怯えるように後退る雛菊。稔はそんな雛菊を心配して手を伸ばすが、その手が雛菊に届く前に雛菊は「ごめんなさいっ!!」と言って稔から背を向けて走り去ったのだった。
「ちょっ、雛菊さん!?」
あっという間に雛菊が目の前から去ってしまった事に、稔は呆然としながらその場で立ち尽くしたのだった。
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