第6話
菖蒲の店へと戻って来ると真司達は居間で一息ついていた。
「流石に二人分の服を一式買うとなると量が多いの」
「そうですね」
服に鞄に靴、雛菊が外で使うかもしれないハンカチに雨が降るかもしれない時用の傘などを買うと意外と袋の量が多かった。
一見軽そうに見えていた物も数が多ければそこそこの重量になる。流石にそれを全部真司が持つことはできないため、菖蒲達も買った物をそれぞれ持って帰宅したのだ。
雛菊も少し疲れたのか「ふぅ……」も息を吐いた。すると、お盆の上にお茶を乗せて星が現れた。
お盆の上に乗っているお茶が多くて重いのか、足取りが少し覚束無い星。そんな星を見て、白雪は慌てて立ち上がり星が持っているお盆を代わりに持つ。
「あらあら、星ちゃん重かったでしょう? ありがとう」
「……ん」
コクリと頷く星は、白雪が盆をテーブルの上に置くと白雪と一緒に菖蒲達の前にお茶を置いていった。
「……真司お兄ちゃんの……こっちは、雪芽」
「ありがとう、星君」
「わーい、ありがとーう!」
お礼を言われたことが嬉しかったのか、星の口元が微かに上がる。
「じゃぁ、こっちは菖蒲様でこっちは雛菊さんね。どうぞ」
「おおきに」
「あ、ありがとうございます」
盆の上に乗っている残り二つの湯呑みの一つを星が取り、白雪の前に置く。
「こっちは……白雪さん」
「ふふっ、ありがとう星君」
星はハニカミながらもコクリと頷くと真司の隣にちょこんと座り自分のお茶を取った。
「買い物……楽しかった?」
真司に尋ねる星。
真司は笑みを浮かべながら「うん、楽しかったよ」と星に言った。
「僕……薫子、苦手……うるさいし、くっついてくる……後、怖い」
「怖い?」
真司の質問に星がお茶を飲みながらも小さく頷くと菖蒲が星がなぜ薫子のことが怖いのかを代わりに説明した。
「ほれ、星は見た目は中性的で可愛らしかろ? 容姿はもちろん、その目も独特やからね。星を見ると、洋服のアイディアがフツフツと湧いてくるらしいのじゃ。星を見つければ、新作の服を着て欲しいとせがむしのぉ……やれやれ」
「な、なるほど……」
なんとなくその様子を想像できる真司は星が言う『怖い』がわかったような気がしたのだった。
真司は菖蒲の隣に座っている雛菊を見る。帰ってきてからはホッとした様子だったが、稔とのデートがやはり心配なのか少し不安気な表情をしていた。
真司はそんな雛菊の不安を少しでも逸らせるよう、又、雛菊の好みを聞けるチャンスだと思い雛菊に話しかけた。
「あの雛菊さん」
「は、はい?」
「雛菊さんの好きな食べ物ってなんですか?」
突然の質問に雛菊はキョトンとする。
「好きな食べ物、ですか?」
「はい。そう言えば、僕、雛菊さんや菖蒲さん達の好きな物とかそういうの全然知らないなって思ったんで」
真司がそう言うとお雪が元気よく手を上げた。
「はいはーい! 私はね、食べ物が好きー♪ えっとねえっとね、ケーキも好きだしパンもお握りも和菓子も大好きー♪」
「僕は……本が好き。リュミエールのお菓子も……大好き」
お雪と星が言うと次に菖蒲と白雪が自分達の好きな物を話し出す。
「私はなんやろうねぇ……歴史を感じるような物かの。食べ物やと特にこれと言って無いが……うーん、強いて言うなら茶碗蒸しが好きじゃな」
「私はもちろんお鍋です♪ 味は何でも好きです、ふふっ」
真司は白雪や星達の好きな物は何となくわかってはいたが菖蒲が茶碗蒸しが好きというのは初めて知り嬉しい気持ちになる。
すると、雛菊が「好きな物ですか……」と呟いた。
「うーん……私も菖蒲様と同じくこれといって思いつきません。そうですね……あ、お花が好きです」
「花ですか?」
雛菊は微笑みながら「はい」と返事をすると話を続けた。
「春の花、夏の花、秋の花……四季を感じる様々な花を見ていると時には嬉しく、時には少し悲しくなるところが好きです」
「なんだか雛菊さんらしいですね」
「そうですか?」
「はい」
花好きは桜の妖怪である雛菊のイメージにピッタリだと真司は思ったのだった。
しかし、真司はこれを稔に伝えたとしてもなにか稔にとっての良い情報になるのかわからなかった。
(でも、伝えないよりかはマシだよね)
そんなことを思っていると雛菊が「宮前さんの好きな物はなんですか?」と真司に尋ねた。
「僕ですか? うーん……シンプルな物でしょうか?」
「シンプルですか?」
首を傾げる雛菊と真司の好きな物に興味を示す菖蒲。
「ほぉ。それはどういうことじゃ?」
「派手な物が僕苦手で……カジュアルでシンプルな物が好きなんです。菖蒲さんみたいに歴史を感じるような古い物も好きです」
「そういえば、お前さんの部屋は歳に似合わず落ち着いていたの。懐かしいねぇ」
菖蒲との出会いでもある掛け軸のお願い事の件を思い出した菖蒲。あの時、菖蒲は一度真司の家にあがった事があったのだ。
真司も菖蒲がお雪の言葉を信じて、ベッドの下を覗き込む姿を思い出し思わず苦笑する。
「あ、あはは……そうですね……。あの部屋の家具は父が買ってくれた物ですけど、今はあの部屋の雰囲気が落ち着いてて好きです。食べ物だとシチューが好きですね。肉じゃがとかも好きです」
「ほぉ、シチューと肉じゃがか。なら、今年の冬にでも作るかね」
微笑みながら言う菖蒲に真司は嬉しそうな表情をこぼす。
「ほんとですか? 楽しみです!」
真司の嬉しそうに笑うのを見て菖蒲も同じ気持ちになったのか、菖蒲は袖口を口元に当てクスリと小さく笑った。
そして、雛菊の好きな物を聞いた真司は、翌日、学校に行くとその事を稔に伝えた。稔はその情報に大いに感謝し真司の手を握り「ありがとう! ありがとう!」と何度も何度も真司に礼を言ったのだった。
時には稔ともファッションの話をし当日着る服を決めたり、どこに行けば雛菊が喜ぶだろうかと話したり。そんなことを話していると日はあっという間に経ち、ついに雛菊と稔とデート当日がやってきた。
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