第7話

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 真司と多治速比売命は泉ヶ丘内を一通り探索しては買い、探索しては買いを続けていた。

 真司が一番ヒヤヒヤしたもの――それは、多治速比売命が"人に見えない"ので、色んな物に興味津々になる神様を落ち着かせるもとい、抑えることだった。


 傍から見れば一人で慌てたりしている真司自体が相当変で怪しい人物になるのだが、そんなことを考える暇などはなかった。それぐらい、この神様はあっちウロウロこっちウロウロと、自由気ままで我がま――いや、それは失礼なので訂正しよう。

 嵐のように破天荒な神様だったのだ。


「つ、疲れた……」


 噴水広場のベンチで、真司は力無く項垂れる。それを呆れた様子で多治速比売命が見ていた。


「体力が足らんぞ。全くしょうがないの〜」


(いやいや! これが普通ですから! というか、あなたが異常なんです!)


 とは口には出せないので、心の中でツッコミを入れる真司。

 真司は疲れきった顔を何とか笑みに変えると「あの……まだ、どこかに行くんですか……?」と、多治速比売命に聞いた。

 多治速比売命は腕を組み「う〜む」と、呟きながら考えていたが「いや、そろそろ社に戻らねばならぬ」と、真司に言った。

 その言葉に真司は心の底から安心する。


(よかった! やっと、帰れる!)


 だがしかし、ここで安心したのが間違いだった。


「さて、この我を送って行くのじゃっ! 有り難く思うがよいぞ! あーはっはっはっ!」

「えぇぇぇぇぇっ!?」


(まだ、付き合うのっ!?)


 多少、いや、かなり思ったが、この神様を一人で帰すのも確かに不安だ。寧ろ、不安しかないっ!と真司は思った。


「わ、わかりました。送って行きます」


 一瞬だった休憩も終わり、真司と多治速比売命は歩き出す。多治速比売生命は楽しそうな顔をして「うむ! さて、のんびり歩きながら帰るかのぉ〜♪」と、言った。


「え!?歩きですか!?」


 多治速比売神社までは市バスが通っているので、てっきりバスで帰るのだと思った真司は、体力と精神諸共疲れきり、遂に心の中で菖蒲に助けを求めたのだった。


(菖蒲さん、助けて下さいぃぃ……ううっ)


「そう落ち込むな。菖蒲の話しをしながら、のんびり歩こうぞ」

「え? 菖蒲さんの話しですか?」


 多治速比売命は、ほくそ笑む顔で真司を見上げる。


「お主、菖蒲の正体を知らぬだろう? 教えてやるぞ〜? ふっふっふっ~」

「菖蒲さんの正体……」

「ほれ、ゆくぞ」

「あ、はい!」


 隣でのんびりと歩いている多治速比売命を見下ろしながらゴクリと唾を飲む。そして、真剣な面持ちで多治速比売命に聞いた。


「やっぱり、妖怪なんですか……?」


 その質問に、多治速比売命は「ふむ」と暫し考える。


「正確に言えば"元"じゃな」

「もと?」

「あやつの正体は、妖怪の中でも力が随一と言われる九尾じゃ。そして、今は我がいる社の一つ。つまり、末社の一つを管理する神。稲荷の神じゃ」

「菖蒲さんが、九尾!? え、しかも、稲荷の神様っ!?」


 衝撃の事実に声を上げて驚く真司は、思わず己の口を塞ぎ辺りを見回した。

 幸い、辺りには人は通っておらず、通っているのは車道を走っている車だけで驚きの声を聞いている者は誰もいなかった。


「た、確かに、九尾と言われれば何だか納得しちゃいますけど……。で、でも、妖怪から神様になれるんですか? それに、菖蒲さんはどうして神様に? やっぱり、徳っていうのを積んで??」

「落ち着かんか」

「うぅ……す、すみません」

「ふふふ。お主は面白いのぉ〜」


 態とらしく、本日二度目の空咳をコホンッと一回すると多治速比売命は再び話しを続けた。


「あやつにも色々あったのじゃ。妖怪時代のことは詳しくは我もわからぬ。しかし、あやつを稲荷の神として迎えたのは本社の伏見稲荷大社の神じゃ」

「稲荷大社ということは、京都ですよね?」

「うむ。あやつの生まれは京都じゃからの。そこで色々あって稲荷の神になり、我の末社として選ばれた。全く……稲荷社が建造された頃は、どういう狐が選ばれるのだろうかと思っておったが......まさか、妖狐とはな。宇迦之御魂うかのみたま様自身が挨拶に来られた時は流石に驚いたぞ」

「…………」


 ――チリンチリン。


 後ろから自転車が来たので真司は無意識に多治速比売命を庇うように端に寄った。普通の人から見れば、真司一人が右側に寄ったように見える。

 どうやらその自然な行動に神様は驚き、そして、満足したのか柔らかい笑みを浮かべた。


「ふむ。なかなかの紳士じゃな。……さて、話しを続けるかの」

「は、はい」

「我の社に来た頃の菖蒲は、酷く哀しそうな目をしていた。何も無いように振舞っておるつもりでもな。特に、一人の時は神木の下で寂しそうな顔をしておった……まるで、迷子になった童子みたいにな」

「菖蒲さんが……」


 菖蒲のそんな顔をする姿を想像すると、何故だか酷く胸が痛んだ。


「今の菖蒲からは想像できまいじゃろうて」

「……はい」

「そして、月日が流れ幾度目かの春の時じゃ。あやつの神使の紅と葉も心配していたが、なんじゃろうなぁ〜。あやつの中で何かが吹っ切れたのか、ケロッとした表情に急になりおったわ。その前に宇迦之御魂様に呼ばれておったから、そこで何か言われ吹っ切れたんじゃろうな。そして、これまた急に妖怪の町を作ると言い出しおった」

「は、はぁ……」

「元妖怪だったとしてもじゃ、今は神の一員じゃ。神が妖怪の町を作るなどという戯言を誰が聞くと思う?」


 多治速比売命の言葉に真司は何となく予想する。


「そ、それは。えっとぉ……その……」


 真司が思うに、恐らく『誰もいない』

 多治速比売命の言い方からにすると、神様は妖怪を毛嫌いしているようだ。その妖怪が町を作るとなると誰もが拒否するだろう。

 多治速比売命が真司の思っていることを察したのか「お前さんが今思っているとおりのことじゃ」と、真司に言った。


「しかし、あやつは我が何度止めよと申しても聞く耳を持たなかったのじゃ。全く……仕方ないやつじゃ」

「それで、どうしたんですか?」

「例え、末社だろうが、我の社の一部じゃ。それを手助けるのも主の責任じゃ」

「じゃぁ!」

「その通り、というやつじゃの。我はあやつに力を貸した。助言をした。ある程度にな。じゃなければ、今頃、菖蒲は神の罰を与えられておるわ」


 多治速比売命は、ある出来事を思い出したのか深い溜め息を吐いた。


「妖怪の町を作ったはよいものの、地方の神はそれを恐れていた。妖怪が集まる場所には、陰の気が溜まりやすくなる。再び人を襲うかもしれぬからな。じゃから、菖蒲と我は神に許しを乞うために、出雲にゆき大国主様にも話しをしたりのぉ……はぁ……思い出しただけでも憂鬱じゃ」

「た、大変だったんですね……」

「馬鹿者! 大変では済まされぬわ!! 道中、あやつは捨て猫を拾うみたいにさ迷っておる妖怪を連れて来たり勧誘したり……既に大勢の妻がいるのにも関わらず、大国主様は菖蒲が拾って来た雪女を見て結婚をせがむは……! はぁぁぁ! 全く! 思い出しただけでもっ!!」


(なんというか……かなり、苦労したみたいだなぁ。というか、大国主の神様って……女好きなんだ)


 姿形はわからないので、シルエットでなんとなくその場を想像してみて苦笑する真司。

 多治速比売命は「やれやれ……」というように溜め息を吐きながら首を横に振った。


「ま、妖怪の町を作るのに一苦労二苦労としたのじゃ」

「あ、もしかして……」

「ん? なんじゃ?」

「もしかして、菖蒲さんの話し方……えっと、"じゃの"とか言ってるんですけど、あれって、神様のが移った感じですか?」

「…………」

「…………」


 多治速比売命は、空を見上げひたすら考えている。真司と多治速比売命との間に一時の沈黙が訪れる。


「…………」

「…………」


 何かを思い出したのか多治速比売命は、コクリと深く頷いた。


「うむ。言われてみればそうじゃのっ!」


(長いっ!! 考える時間が長いですっ!!)


 まともや心の中でツッコミを入れる。


「はて? しかし、いつの間にあのような喋りになったんじゃろうて。まぁ、我にはどうでもよいことじゃな! あっはははは!!」

「あ、あははは…………」


 何とも気ままで前向きな神様だ。


「さて、と。菖蒲の話しもしたし、お主のこともよ〜くわかったから、我は帰ろう。……そろそろ、あ奴らが怒っているかもしれぬしな」


 最後の言葉は、そっぽを向いてボソリと呟いたので、真司には聞き取れなかった。

 すると、多治速比売命の体は、ふわりと宙に浮いた。


「ここで別れじゃ。どうせ、このまま菖蒲の所にゆくのじゃろう?」

「えっ!?」

「なんだ、向かわぬのか?」


 キョトンとした表情で首を傾げられ、その拍子に鈴がチリリンと鳴る。


「えっと……む、向かいます、けど……」


 ほれ、みろ。と言わんばかりに、着物の袖口を口元に当てクスクスと笑った。

 その仕草に、真司は思わずドキリと胸が鳴った。


(菖蒲さんと同じ笑い方……)


 多治速比売命は、微笑ましく笑みを浮かべると真司の顔に近づいた。


「っ?! な、何ですか?」

「ふふふ。何ともういやつじゃ。今日は楽しかったぞ。礼を言う」

「い、いえっ!! 神様からお礼の言葉なんて、何だか勿体ないですっ!」

「菖蒲の所にゆくのなら……ほれ、あそこの電柱の間を通ればよい。さすれば、お主のゆきたい場所に辿りつけよう」

「あ、有り難うございます」


 ふわーと空に飛ぶ多治速比売命を見上げ、最後まで見送る真司。

 しかし、多治速比売命が何かを思い出したのか、ふと、飛ぶのを止め真司を宙から見下ろした。


「そうそう。忘れておったわ。菖蒲のより深い過去が知りたければ、京へ参るとよいぞ。それと、菖蒲は変わってきておる。それは、お主の存在が大きかろう。もっと、己に自信を持て。では、また会う日まで、さらばじゃっ! あーはっはっはっ!!」


 言うだけ言って、最後まで元気よく飛び去る多治速比売命に、真司は又もや苦笑する。そして、誰もいない空をジッと見上げ頭の中で先程の言葉を思い出していた。


 《菖蒲のより深い過去が知りたければ、京へ参るとよいぞ。》


「京って……京都だよね」


(京都に菖蒲さんの過去を知る人がいるんだ……)


 そこまでして、他人の過去に足を踏み入れていいのだろうか?と思った。

 しかし、何処かで真司は思っていた。


 ――理由はわからないが、菖蒲さんのことをもっと知らないといけない。


 時たま見せる、悲しい顔。

 表面上笑ってはいるけれど、月を見上げる時、夕日を見る時の菖蒲の顔は、何処か悲し気な感じだった。

 そんな表情をさせたくない……真司のその気持ちともう一つ、不思議と胸が締め付けられるような気持ちがあった。


(これは、何だろう?)


 自身の胸に手を当て俯く。


(不思議な気持ち。胸が締め付けられて……悲しい……痛い。あの人の笑顔を守りたい。そう思ってる。でも、この気持ちは……?)


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