第5話

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「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 真司はひたすら走っている。暗黙ルールで下級生は上級生の階に立ち入ってはならないというものがあったが、そうは言っていられなかった。

 真司は自分を追うこの怪奇な者を何処にやればいいのかわからず、階段を下り人目のつかない場所を探す。しかし、そんな場所はなかった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


(何処か……何処かあるはずなんだ!)


 そこで、真司はピンと来た。


「そうだ! 屋上!」


 真司は中央階段を使い、二階三階へと上る。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「こらっ! 我の話しを聞かんか!」


 しかし、今の真司の耳には届いていない。いや、入ってこなかったのだ。

「早く、人がいないところに行かないとっ!」という思いが強かったから。


 他の生徒とぶつかりながらも階段を上る。四階目の階段途中で行き止まりになり、屋上に続く扉を開け中に入った。

 誰もいないことをざっと確認すると、真司は素早く鍵をかける。


「こ、ここなら、人もいないから……」


 走って疲れたのか、肩で息をする真司。

 すると、小さくガチャリと鍵が開く音が聞こえた。


「っ!!」


 不気味な音と共に、屋上の扉がゆっくりと開く。


(来る……!!)


 全身に緊張が走った。

 真司は構えながら中央へ後ずさる。


 そして―――


「ぜぇ、ぜぇ……お、お主……わ、我をここまで、追いかけさせるとは……。つ、つい我も走って……む、無理。つ、つか……れた」


 扉の取っ手で体を支え息を切らしながら言うと同時に、例の女の子は顔面から前に倒れた。


「……へ?」


 何とも、素っ頓狂過ぎる展開に思わず口がポカンとなる。

 倒れながら、物欲しそうに手を伸ばす女の子のお化け。相変わらず髪が顔を覆っているので、その姿は某ホラー映画『貞〇』である。正直言って、かなり怖い見た目だ。

 しかし、余程疲れているのか、伸ばす手はプルプルと小刻みに振るえていた。


「さ、酒が……欲しい……。勇の酒が欲しいぞぉ〜……」

「……え? 勇さん??」


 知っている名を聞き、更に真司の頭の中は『???』だらけになる。もしかして、この子は怖くないのでは? 危なくないのでは?

 そう思うや否や、恐る恐る女の子の傍に歩み寄った。

 そして、少し屈みながら「あのぉ……だっ、大丈夫ですか……?」と、声をかける。すると、女の子は勢いよく顔を上げた。


「んなわけあるかっ! 馬鹿者!! この我を、ここまで走らせおってっ! 全く……菖蒲は、どうしてこんな童子のことが気に入ったのかっ!」


 やれやれ……と髪を掻き上げながら女の子は胡座あぐらをついた。見た目に反して意外と男らしいみたいだ。


「あの……菖蒲さんのことを知っているんですか?」

「それよりもじゃ。お主、ここに座れ」


 睨みながら言われ、思わずその場に正座をし慌てて返事をする。


「は、はいっ!」

「全くっ! お主はどういう神経をしておるのじゃ!? この我を! 神を走らせるとはっ!!」

「か、神っ!、」

「そうじゃ! 我は、この地を護る神の一人。多治速比売命たじはやひめのみことじゃぞっ!」

「え? えぇぇぇぇぇぇっ?!」


 衝撃の事実に驚く中、クドクド長々と説教をされる真司は、いまだに頭の中の整理がついていなかった。


(なんで神様がここにっ!? てっきり、妖怪か幽霊――いや、でも……今更だけどよくよく見たら、確かに神様っぽいような……?)


 先程まで貞〇並に怖かった髪は床につきそうなぐらい長く、今は艶やかで綺麗だった。耳元から流れる一房分の髪には、紅い紐で結ばれ結び目には銀の鈴が付いていた。

 そう、それは、まるで自分が身につけている数珠と同じだった。

 真司が、今、腕にしている紅い数珠――それは菖蒲と出会った時に菖蒲がくれた物だ。数珠の中央には、この神様が髪に着けているのと同じ銀の鈴が付いている。


 真司は、そんなことを思いながら再び神様の姿を見た。

 着ている物も『流石、神様!』と言えるのだろう。十二単じゅうにひとえとまではいかないが、とても色艶やかな着物を数枚重ねて着ている。その姿は、まるで平安時代のお貴族様みたいだった。


「これっ! お主は我の話しを聞いておるのかっ!?」

「は、はいっ! 聞いてます! す、すみません!!」

「全くっ!」


 怒られてしまい、しょんぼりする真司だが、ふと、ある疑問点が浮かんだので、恐る恐る手を挙げ多治速比売命に質問をしてみた。


「あ、あのぉ……」

「なんじゃ」


 案の定、鋭い目で睨まれ思わず委縮してしまうが、真司はその疑問点を勇気を出して口に出してみた。


「えーと……。か、神様が……どうして、僕に?」


 その答えはスンナリと返ってきた。


「菖蒲が気に入った人間を、我が直接見たいからじゃ」

「え、それだけ?」


 ポカっと真司の頭を殴る多治速比売命。


「あたっ!」

「馬鹿者っ! この我が、わざわざ来てやったのじゃぞっ!? 有り難く思わんかっ!」


 何気に痛かったのか、殴られた頭を摩る真司は、少々理不尽に思いながらも「あ、有り難うございます?」と、疑問形で言った。

 決して態とではない。真司自身が、有り難いものなのかがよくわからなかっただけだ。


「全く……お主を探すのに一苦労したぞ」

「へ? そうなんですか?」

「当たり前じゃ。菖蒲の残り香があったからよかったものの……やれやれじゃ……」

「の、残り香?」


 そんな匂いするかな?と思い、思わず自分の腕をスンスンと嗅いでみる。が、何の匂いもしなかった。

 強いていえば、柔軟剤の匂いがほんのりとした。

 その様子を見て、多治速比売命は、再び呆れた声を出す。


「やれやれ……阿呆というかなんというか……まぁ、よい。この我が教えてやろう。残り香というものは、匂いではなく気配のことじゃ」

「気配ですか?」

「うむ。強い者の傍にいると、その者の気配が微かに移る。そういうものを、残り香というのじゃ」

「へぇ~」


 真司が残り香のことについて理解すると同時に学校のチャイムが鳴り始めた。


「あ! お昼休み終わった! 教室に戻らないとっ!」


 慌てて立ち上がり、屋上を出ようとすると宙に浮いている多治速比売命に学ランの首根っこを掴まれ思わず後ろに倒れそうになった。


「またんか、童子。お主には、我に付き合ってもらうぞ」

「えっ!?」

「なんじゃ、不満か?」

「いや、そういうのではなくて……あの、僕には授業が……」

「我は神ぞ? "授業"と"神"どちらが大切なのじゃっ!」


(えぇぇぇぇぇぇぇっ!? 何、その質問!、やっぱり理不尽だっ!!)


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