第1話
——季節は冬。
大阪の南側にある堺市は、雪は積もっていないが時たまチラチラと降っている。しかし、商店街では不思議なことに雪が積もっていた。
「わーい、雪だるまー! 雪うさぎー♪」
お雪は骨董屋の庭で、雪まみれになりながら元気に遊んでいた。
「こら、雪芽。そんなにはしゃいでいたら転ぶわよ?」
お雪と一緒に遊んであげているのは、姉でもあり母でもある存在の白雪。彼女は、温かいものが好きな一風変わった雪女でもある。
お雪は白雪に注意されると元気よく手を上げ返事をした。
「はーい♪」
「ふふふ、相変わらず元気じゃのぉ」
「ははは、そうですね」
部屋の中で炬燵に入り温かく見守っている菖蒲と真司。
普段の真司は学校終わりに商店街へと来ているので学ラン姿だが、今は12月に入り冬休み中なので、チェック柄のチノパンにニットのパーカーという全体的に落ち着いた雰囲気の私服を着て商店街に来ていた。
菖蒲は
帯留の中央には真っ黒の花が小さく咲いている。ワンポイントで大人っぽさを残しつつも可愛い感じになっていた。
そして、やはり寒いのか、着物の上からは若紫色の薄い羽織りを肩に掛けていた。
この店の女主人である菖蒲の正体は未だ謎。商店街にいる以上は、人ではないのは確かだ。
白雪や周りの妖怪達は、皆、菖蒲を慕い敬っている。この妖怪の街である〝あやかし商店街〟で、最も存在ある人物だ。
真司は、ふと、人間の世界と商店街で雪の積もり方が違うのか疑問に思い隣にいる菖蒲に聞いた。
「そういえば、どうしてこっちは雪が積もっているんですか?」
「この商店街は同じ次元にあって、別の次元にあるからのぉ」
温かいお茶を飲みながらまったりと答える菖蒲に真司は首を傾げる。
「同じ次元であって別の次元ですか?」
「うむ。この説明は難しいのぉ〜。まぁ、雪の積もり方が違うのは、今はこちら側に雪女がいるからじゃ」
「あぁ、なるほど」
雪女は雪を降らせることができるというイメージを持っていた真司は、菖蒲の言葉に心なしか納得する。
すると、チリリンと店のドアが開く音がした。
「おや、珍しい。お客様かえ?」
「あ。僕が見てきます」
真司はそう言うと炬燵を出てお店の方へと向かう。
(うぅ、寒い寒い……)
床の冷たさが足から伝わり、体が一気に冷える。真司は腕を擦りながら売場に続く板張りの廊下を歩き、その境目としてある和柄の
けれど、お店を見回しても誰もいなかった。
「あれ、いない? おかしいなぁ……」
確かに店のドアは鳴ったのに……と、思い首を傾げていると、周りの骨董品でもある付喪神達が「下だよ~」と、言った。
「下?」
真司は皆が言うとおり下を見る。そこには、黒と茶色のブチ猫がちょこんと座っていた。
「ね、猫?」
(しかも……服を着てる……)
大人しく座っていた猫は
それだけじゃなく、猫は突然、四足から二足で立ち上がったのだ。
「っ!?」
「これはこれは、お初にお目にかかりますぅ」
猫が喋り、律儀にお辞儀をする。
「しゃ、喋った!?」
「そりゃぁ、喋りますよ〜。何せ、俺は猫又やからな」
そう言いながら尻尾をユラリと揺らす猫。真司は揺れた猫の尻尾を見てみると、尻尾は二つに分かれていた。
(た、確かに二つに分かれてる……)
「俺は、猫又の
「……はぁ、そうですか」
関西混じりの言葉で勇は喋り続ける。
「で、早速なんですけど、菖蒲様はいらっしゃいます?」
「あ、はい。ちょっと待ってて下さい」
そんな真司の言葉を無視し、勇は大きな声で「菖蒲様ーーー!!」と、菖蒲の名前を呼んだ。
真司はあまりの大きさに思わず耳を塞ぐ。
(そっ、その小さな体のどこにそんな声量がっ!?)
すると、ぽてぽてと呑気な足音と共に菖蒲が暖簾をくぐり呆れ果てたような顔で店に現れた。
「これ、大きな声で人の名を呼ぶんじゃないよ。まったく……お前さんは相変わらずじゃな、勇」
「いやはや〜、これは失敬失敬。にゃははは~」
「菖蒲さん、この猫は一体……?」
真司がそう言った途端、突然勇が怒りだした。
「猫じゃねーって言ってるやろ!? 猫又や、猫又!」
「あ、そうでした。すみません」
(というか、猫も猫又も結局は猫なんじゃ……)
内心思ったことを、菖蒲は感じ取ったのだろうか? それとも、同じことを思ったのだろうか?
「猫も猫又も同じではないか。
勇は腰に手を当て、不貞腐れた顔で「違いますぅ」と、言う。どうやら勇にはなにか猫又としてのプライドがあるようだ。
「で、今日来た用は
「はい、
「??」
真司は一人と一匹が言う〝アレ〟が分からず首を傾げる。そして、菖蒲にアレとは何なのか聞こうとした時——。
「勇ー!! ねこーー!!」
「こっ、こらっ雪芽!? 待ちなさーーいっ!」
「う、うわぁぁ! ニギャァァァァァァ!! …………ガク」
店の奥からドタバタと走る音が聞こえると思ったら、お雪が勢いよく現れ、そのまま潰すのではないかという勢いで勇を抱き締めた。
抱き締められた勇は締める力が強かったのか、蟹のように口から泡を吹いてお雪の腕の中で気絶している。
「……おやおや」
これに関しては菖蒲も少しびっくりしたのか最初は驚いていたが、その後、勇の哀れな姿を見て可笑しそうに笑った。
真司は〝アレ〟について菖蒲にすっかり聞きそびれてしまう。そして、泡を吹いて気絶している勇を抱き、お雪が嬉しそうに頬ずりする姿を見て苦笑したのだった。
「あは、あはは……」
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