第3話
そんなわけで店から出ることも出来ない真司は、菖蒲達の新たな案によって店の中をお雪と菖蒲に案内をしてもらう事となった。
お雪に引っ張られるように居間を出て板張りの廊下を歩き左に曲がると、お雪の足がピタリと止まった。
「ここが厠だよぉ~」
「といっても、現代を取り入れウォシュレット付の洋式だかの。因みに、便座の温度調整も可能じゃ!!」
ドアを開け少し自慢気に言う菖蒲。それを見て真司は思わず苦笑した。
次に案内されたのは、その隣の部屋にあるお風呂場だった。
入って直ぐのところに洗面台があり、洗濯機もおいてあるからなのか脱衣所はかなり広い。真司達はその奥に進み、お雪が曇りガラスの引き戸を開けた。
お雪が引き戸を開けた瞬間、真司はあんぐりと口を開け目の前の光景に言葉を失っていた。
「……え? ……ここ、本当にお風呂ですか?」
「他に何がある?」
「ねぇ~♪」
ポカンと口を開けている真司に菖蒲とお雪は不思議に思い首を傾げる。
「どうしたのかな~?」
「さぁ? 私のもわからぬ。ふむ……」
「…………」
真司は一般家庭にある『お風呂』の定義について考える。
(お風呂って、こう……一人か二人が入れる浴槽があって、シャワーがあって……。でも、これってどう見ても――)
「露天風呂、ですよね?」
「お風呂だね!」
「うむ」
真司の目に映る光景――それは、石のタイルに、良い香りがする檜の大きな浴槽が中央にドンッと設置してある光景だった。
おそらく、五・六人は普通に入れるスペースだろう。屋根がある場所には洗い場があり、のぼせた時ようなのか木のベンチも隅に置いてある。
そして何よりも、空を見上げると綺麗な青空がどこまでも広がっていた。
これは、誰がどう見ても旅館やホテルにある露天風呂そのものしか見えない。
「あのぉ……これ、周りは塀に囲まれてますけど、その……。の、覗きとか……無いんですか?」
商店街を見るからに隣の家同士はかなり近かったので、真司は、ふと疑問に思ったことを口にする。
しかし言うのが少し恥ずかしかったのか、真司の頬は少し赤くなっていた。
「わ~、照れてる~! 可愛いー♪」
「うっ、煩いなっ! もう!」
「これこれ、喧嘩はよさんか。ふふふふっ」
「……菖蒲さん……手を離して下さい……」
真司は恥ずかしがりながらも菖蒲に言う。真司の頭の上には可笑しそうにクスクスと笑いながら撫でている菖蒲の手があった。
菖蒲は真司の頭からパッと手を離す。
「真司の質問の答えだがの、そこは安心おしや」
「ここはねー、基本的に菖蒲さんの結界が張ってあるの~♪」
「結界?」
真司は空を見上げる。しかし、真司の目からは結界というものが張ってあるのかよくわからなかった。
すると菖蒲が「うむ」と、言いながら深く頷いた。
「世の中には変な輩もいるからの」
「変な輩ですか?」
「うむ。変な輩じゃ」
「変な輩ー♪ あははは♪」
そこはあまり深く聞いちゃ駄目なのかと思った真司は、これといって菖蒲に追求しないことにする。
「ほれ、次に行くぞ」
「あ、はい!」
「はーい♪」
真司は菖蒲の後を慌てて追う。そして、菖蒲の店の中を次々に案内された。
台所や余っている部屋、現在使われている部屋。店の外見からにしたらさほど広くない平屋の筈なのに、実際に入ってみるとまるで旅館みたいに広かった。
何がどうなって、外観と内観がちぐはぐになるのか……真司には全てが謎だらけだった。
そして最後に案内されたのは、真司が初めて入り、年季の入った骨董品が沢山ある売り場だ。真司はその部屋に入ると、またぐるりと見回す。
「やっぱり、ここは凄いです」
「何がー?」
「ここに入ると、なんか……雰囲気が変わるというか。なんて言ったらいいかわからないんだけど。それに、色々な物が置いてあるし」
そう真司が言った瞬間、どこからか誰かの声が聞こえてきた。
「ほぉ、我等のことがわかるとは流石だ」
「すごいねー」
「ねー」
「ん??」
真司は菖蒲の方を見る。
「菖蒲さん、何か言いましたか?」
真司が菖蒲に聞くと、菖蒲は微笑みながら首を横に振り「いや、私は何も言っとらんよ」と、言った。
真司は首を傾げる。
「でも、声が聞こえたような……」
「なんと、からかいのある人間だ」
「人間に会うのは久しぶりですわぁ」
「本当にねぇ。何百年ぶりかしら」
「え? えっ!?」
今度は、先程よりも多い複数の話し声がはっきりと聞こえてくる。真司は狼狽えながら周りを見回すが、そこには菖蒲とお雪以外誰もいなかった。
すると、お雪が腰に手を当て頬を風船のように膨らませた。
「もう、皆、真司お兄ちゃんをイジめちゃ駄目だよー!!」
お雪の言葉に、真司の頭の中はクエスチョンマークが沢山飛び交う。それを見かねた菖蒲は、真司の肩に手をポンッと置いた。
「真司や。お前さんが聞こえた声の主はの、全て、ここの骨董達ぞ」
「…………えぇっ?!」
「以前に言ったやろう? 物には生命が宿ると」
「そ、そうですけど……」
すると、周りの骨董達がクスクスと笑い始めた。
菖蒲は思い出したかのように両手を合わせる。
「おぉ、そうじゃそうじゃ。これは言うてなかったが、お雪もその一人じゃぞ」
「えぇっ!? お雪ちゃんも!?」
「はーい♪ 私も、ここの皆と同じだよ~♪」
真司は、元気に手を上げるお雪を見る。失礼なのは承知な上で、お雪の頭のてっぺんから足のつま先までジッと見た。
(どこからどう見ても、人間の女の子に見えるのに?!)
お雪は真司に見つめられ「えへへ~」と、言いながら照れる。
「そんなに見られると恥ずかしいよ〜」
「妖怪……なんだよね……?」
「うん、そうだよ♪」
隣にいる菖蒲がカウンターの傍に飾られている陶器を指さす。
「ほれ、真司。あれを見んしゃい」
「へ?」
「あれが、お雪の本体じゃ」
「……これが?」
真司は菖蒲が指さした物をジッと見る。それは以前、目にしたことのある物だった。
湯呑みの陶器なのだろうか? 少しだけ端が掛けていたが、相変わらず真っ白で綺麗な陶器だった。
そして、その陶器には雪兎の絵が描かれていた。
真司はお雪を再び見る。
(着物も雪兎、髪飾りも雪兎……)
そして、真司は自分の前髪を留めてある髪留めにそっと触れる。
「確か、これも雪兎……なんだよね? お揃いって言っていたし」
「そうだよー♪」
「ふふっ、納得したかえ?」
「は、はい。と言っても、少しだけですけど……。でも、どうして人の姿に?」
「ふむ。お雪は強い想いから作られ、それと同等の想いから大事にされている。前にも言うたが、年月が経つと生命が宿るのじゃ。そして、強い想いから作られた物や大事にされた物は、時には実体化も出来るんよ」
真司は菖蒲の言うことに、ふと、その妖怪の名前が頭に浮かんだ。
初めて菖蒲から聞いたときはその名前が浮かばなかったが、今の真司はそのことを考えることも、疑問に思うこともなかった。
「物に生命が宿る妖怪……。それって、もしかして、
「うむ。ここにいる物も所謂、付喪神に入るがお雪は別じゃ。あぁ、がしゃ髑髏と同じやねぇ。がしゃ髑髏は、怨念の塊……しかし、お雪はその逆――想いの塊なのじゃ」
そう言って、菖蒲は優しい眼差しで、他の骨董と楽しそうに話しをしているお雪を見た。
「ふふっ。まだここには人間に化けることが出来る物もおるから、楽しみにしているとええ」
「え、他にもいるんですか?!」
驚く真司に菖蒲はニコリと笑う。
「何せ、ここは私の店やからねぇ。
菖蒲はそう言うと、袖口を口元に当てクスクスと笑ったのだった。
(他にもお雪ちゃんみたいなのがいるんだ。なんだか……これからどうなるか想像つかないなぁ。それに少し大変そう……?)
「あ、あははは……」
(終)
next story→第二幕
[あらすじ]
秋とは違い冬の匂いが感じる中、菖蒲と真司は鍋の買い出しに行っていた。
やけに多い量に、真司は菖蒲に理由を聞くと「雪女が帰ってくる」と言われる。真司は、まだ見ぬ雪女がどんな妖怪なのか少し興味があった。
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