吾野、歴史小説を語る

 御無沙汰しております、吾野です。

 このところ実生活の方が少し忙しかったので、あまり更新できずにおりました。

 高校の頃に比べたら天国のように暇な生活ですが、学生は学生なりにいろいろあります。というか、高校の頃あんなに忙しかったのに、よくもまあ小説なんか書けていたなと今になって思いますね。


 ということで(どういうことだ?)、今回は私の歴史小説観について語りたいと思います。


 皆さんご存知の通り、私は新撰組が好きです。どれくらい好きかというと、小説の題材にするくらい。

 小説を書くとなると、「ちょっと好き」くらいではなかなか難しいんですよね。私は全般的に歴史に興味があるのですが、じゃあ真田親子を主役に小説を書いて、と言われても絶対に無理です。歴史小説を書くには、その人物や時代に対して並外れた知識が必要とされます。よほど勉強していないと、歴史小説を書くのは難しいです。

 そして私の場合、歴史の勉強をするのはものすごく好きじゃないと難しいです。戦国時代も興味があって、いろいろ調べたりしますが、「阿閉あつじ氏はなんで織田についたんだっけ」「朝倉の最後の人って何て名前だったっけ」とこんな調子なので、全体が分からずちんぷんかんぷんです。

 高校で日本史しておけばよかったなあ。私は地理選択だったので。でも、高校の日本史でもそこまではしないかもしれませんね。

 とにかく、小説を書こうと思えるくらい好きということは、相当好きということです。


 新撰組を好きになってから、そろそろ二年と半年ほどが経ちますが、今のところ飽きることはありません。どういうわけか、定期的に新撰組熱が出るようになっているんですよね。そういう時は、徹底的に新撰組を題材にした小説や漫画、ドラマなどを見まくります。

 今、ちょうどその時期なので、『風光る』という漫画を読み返しています。

 この漫画、私が生まれる前から連載が始まっていたのですが、好きすぎて全巻持っています。

 この漫画の良いところは、作者の熱を感じられるところですね。巻末には幕末の文化や風俗などの説明があったりして、自然と詳しくなれます。


 ここまで新撰組について熱く語ってきましたが、実は最近書きたいのは倒幕(討幕)側の話だったりします。

 新撰組が好きだからと言って、薩摩や長州に興味がないわけではありません。例えば、龍馬を好きな人でたまに「新撰組憎し!」みたいなことを言っているのを耳にしますが、そういう見方は歴史を知るうえで必要ないと思っています。敵対していたのは私ではなく彼らなのですから。私の興味は、どこまでもふらふらと進んでいきます。


 新撰組について勉強する過程で、長州や薩摩のその頃の動きもだいたいのことは分かっているのですが、小説にするにはひとつ大きな問題があるんですよね。


〈方言〉ですよ。


 長州は出身の近くなのでだいたいわかりそうなのですが、問題は薩摩です。

 ぜんぜんわからない。去年の大河ドラマは『SEGODON』でしたが、薩摩言葉はなじみがなさ過ぎて、最初は何を言っているのかわかりませんでした。

 小説を書くとなったら、言葉の勉強もしなければなりませんからねえ。


 うん、まずは『往日遺譚』を書き上げてから考えよう。

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