吾野、詩をよむ

 以前、詩の朗読大会に出たことがあります。

 今日はそれを、「随筆吾野」に載せようと思います。

 たまにはこういうのも、いいでしょう。


 *


 良い子パラドックス


 私は俗に言う「良い子」という類の人間が苦手なようだ

 それは 努力してもなれなかった「良い子」へのやっかみかもしれないし

 あるいはちっぽけなエゴイズムかもしれない

 兎にも角にも 私は「良い子」が苦手で

 そういう自分が心底嫌いだ


「良い子」はエネルギーを持っている

 それを仮に「良い子パワー」と呼ぶとしよう

「良い子パワー」は 善良そうな名前をしておいて 実に無礼なやつだ

 私が良いとも言っていないのに

 私の穴という穴

 鼻から 口から 毛穴のような小さな穴からでさえ

 遠慮なく流れ込んでくる

「良い子パワー」に当てられた私は ぐったり疲れてまた思う

 自分のことを心底嫌だ、と


 世の中みんな普通が良くて

 みんな普通だから特別な人が辛いのだと言うけれど

 そんなことは絶対にない

 絶対は絶対にないと 誰だったかは言ったけれど

 これだけは絶対


 普通なみんなは 実は特別になりたいとねがっている

 特別になる勇気がないだけで

 みんな「良い子」に憧れている

 もしかしたら 私が「良い子」だと思っている あの子も


 私は「良い子」が苦手だ

 その一方で 私は「良い子」でありたいと希う

 この矛盾をなんと呼ぶべきか


 さしずめ 「良い子パラドックス」とでも呼んでおこう


 *


 いやあ、あの時は緊張しましたね。

 今でもあの時の、ひりひりして、胃が口から出そうな感覚を思い出します。


 それにしても、どうしてこんなものを書いたのでしょうね。

 自分でもわかりません。

 ひねくれているって?

 よく言われます。

 その時思っていたことを、全部吐き出したらこうなったんです。


 でも、聴いた人(特に同年代の人)からは、「わかる!」という声をたくさん頂きました。

 例の校長先生にも、Goodをもらいました。

 実は、何よりこれが一番嬉しかったりしましたね。


 時代小説だけでない吾野を、少しお見せできたでしょうか。

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