吾野、永倉先生に逃げられる

 今日こそは「往日遺譚」を書こうと思いパソコンに向かっていると、家のチャイムが鳴りました。画面に映っているのは知らない人。

 えー、怖いなー、出るのめんどくさいなー、なんて思っていたら、隣人でした。

 隣人の顔も知らないなど、昔では考えられなかったことでしょうね。今では割とよくあることかもしれませんが。

 今日は誰も家にいないし、セールスじゃなさそうだし、不審者でもなさそうなので、最大限に警戒しながらインターホンに出ました。

 何でも、これから飲み会をするそう。騒がしくするかもしれないからと挨拶に来てくださったのでした。え、こんな真昼間から? とは思いましたが、ここは住宅街なのでそういう配慮は嬉しいです。

 なんだかものすごく警戒していた自分が恥ずかしくなって、私はごまかすように笑いながらどうぞ、と言いました。

 こういうことを隣人に報告する義務はないのですから、黙っていてもよかったはずです。それをわざわざ伝えてくれたことに感激しました。

 ただ、数十分後にその考えは吹き飛んだのですけれど。


 とにかく盛り上がっている。

 持て余したエネルギーを、全力で使い切っている。

 いや、そもそもこの不条理な社会で日々を生きているのに、どこにそんなちからが残っているんだ?

 私はどうもテンションを上げるのが苦手なようで、大人数でいると疲れます。最初は頑張ってしゃべっているのですが、だんだん疲れてきて、最終的に真顔で座っていることもしばしばです。


 お隣が盛り上がっている間もずっと「往日遺譚」と向き合っていました。

 これを書くとき、だいたい永倉翁と向き合って昔話を聞いているのですが(頭の中のはなしですよ)、最初は引きつった笑顔で話してくれていた新八爺さんも、ついに耐えかねて逃げていきました。それはもう、七十六歳のお爺さんだとは思えない速さでしたね。

 まあ、現役時代の彼はきっと足も速かったことでしょうから、その頃の記憶がよみがえったのでしょう。

 そんなわけで、取材ができなくなった私は「随筆吾野」を執筆中です。

「往日遺譚」をお待ちの皆さま、永倉先生がお戻りになられるまでしばしお待ちを。


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