吾野、創作論を綴る

 久しぶりの更新です。最近は生活環境が変わって、いろいろと慣れないところでばたばたとしております。なんだかんだで「今日も小説書けなかったなあ」という日々が続いていますが、ゆっくりでも更新しますので気長に待っていただけると嬉しいです。


 さて、今回のテーマは創作論。

 私自身、本格的に書き始めてから日が浅いのでたいしたことは書けませんが、私の書き方や、信念のようなものを綴っていきたいと思います。


 私は、あまり明確なプロットを作りません。

 登場人物の容姿や性格などは細かく決めず、ぼんやりイメージができたら、あとは私の頭の中で好きなようにしてもらっています。だから、書いているうちに登場人物の意外な一面を知ることが多々あります。

 一度、細かいことまでしっかり決めて書いたことがあったのですが、細かすぎてキャラクターたちが窮屈そうで、途中で書くのをやめてしまいました。ほかの作者さんの創作論を読んだ時、キャラクターの容姿や性格、果ては好きな食べ物や生活習慣まで決めている方がいらっしゃって、すごいなあと思いました。そういうところが、作品にリアリティーを生み出すのでしょうね。

 キャラクターについて、どこまで設定するかは人によって好みが分かれると思います。あくまで、私はこうする、という話です。


 人物と同様に、ストーリーについてもあまり細かくは決めません。

 私の生息域は歴史・時代ですから、年表は作ります。これは、結構細かく作ります。たとえ作中に時を表す内容が示されていなくても、いつであるかは決めています。

 例えば拙作「嘘のくに」は天保十一年、主人公が九歳のところから始まります。大火のシーンがあるのですが、それは弘化二年に吉原が全焼したという史実を基にしています。吉原に詳しくない方でも楽しめるように書いていますが、詳しい方が読んだらにやりとできるような仕掛けを、随所に施しているのです。


 でも、お話についてはほとんど決めずに書きます。書き始めるときにあるのは、各話のタイトルと、内容を一行で書いたメモだけ。

 これだけだと、書いている間に最初に思い描いていた話と違う物語ができていきます。


 それでいいのです。

「嘘のくに」の瑛介は、最初は漢方医のまま奥医師にするつもりでしたが、なぜか蘭方医になりたいと言い始め、私が、そんなの詳しくないしやめてー、と思っている間に勝手に実家から出て行ってしまいました。

 綾乃だって、書き始めたときは瑛介に曳かれて行って幸せに暮らす予定でしたが、これだけ不幸が身の回りで起きて、自分だけ幸せになんてなれない、と言いだしたので、あのような結末にしました。


 小説は、私が書くものでありますが、一方では登場人物たちが作り上げていくものだと思います。私は彼らの様子を覗き見た者であり、それをお話として書かせてもらっているのだと思っています。


 私はいつも「この小説がこの小説でなければならない意味」を考えながら書くことにしています。

 こんなシーンが書きたい、とか、この人がこんなことしたら面白いだろうな、ということを考えないわけではありません。

 大切なのは、その作品が、読む人に問いかけるものはあるか、ということです。

 理想のシーンや台詞は、自分の頭の中で思い浮かべるだけでいいんです。それを文章にして、誰かに読んでもらうということは、その中に何か訴えかけるものがなくてはならないと思っています。

 だから、小説を書くときはいつも、物語に込めるメッセージを考えています。書き始める時から決まっているものあれば、書いていくうちに見つかるものもあります。

 私の文章に込められた想いを、掬い取ってくださる読者の方に出会えるのが、最高の幸せです。


 長々と書きましたが、いかがでしたでしょうか。

 偉そうにいろいろ書きましたが、私もまだまだ模索中なので、この書き方は今後変わるかもしれないし、信念も曲げる日が来るかもしれません。

 今の私を、知っていただけたでしょうか。


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