異世界。襲撃(4)
エイミーたちが建物内に身を隠してから数十分が過ぎた。
「くそっ……何で出て来てくれないんだ……! ステラ……ユキノさん……!」
ヘンゼルは尋常でない汗を流しながら床に両手を置き、未だに能力を使い続けている。
「うぅ……お母さん……」
美優は壁際で三角座りをして、膝の中に顔を埋めてすすり泣いている。
ステラという少女がすでに亡くなったことは、幸介が先程確認したらしい。美優はそのことをヘンゼルに伝えたが、彼は信じられないのか、その少女を呼び出そうとしていた。
そして雪乃のことも同様だ。
彼は何度も二人を呼び出そうとしたが、彼女たちは出て来る気配がなかった。
多分彼らは気付いている。二人はもう亡くなっているのだ。
その証拠に、辛うじて生きていたジークは唯一呼び出すことが出来た。
彼は銃で撃たれて怪我をしていたが、すでにエイミーが治療済み。美優のそばで横になって眠っており、呼吸も安定している。
ヘンゼルは見たことのある人間を召喚出来るらしい。エイミーはそのことを今日初めて知ったが、驚異的な能力だと思う。
「はあっ……はあっ……くっそお!」
ヘンゼルは拳を作り、思いきり床を叩いた。そして額を床につけて蹲る。
しばらくすると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……ステラの家へ行って来る」
「駄目よ」
ヘンゼルが小さく呟くと、エイミーはそれを止めた。
彼をステラという少女のところへ行かせるわけにはいかない。まだ希望があるならともかく、その少女は死亡が確認されているのだ。
「エイミーさんの言う通りです……お兄ちゃんが、ここにいろって言ってたじゃないですか……」
「でも……!」
ヘンゼルは振り向き、今にも泣き出しそうな表情を見せた。
「行かないでください……あなたに何かあったら、また助けに行かなきゃいけないんです……」
それを聞いてヘンゼルは押し黙り、諦めたように顔を歪めて俯く。
「……コウスケとカレンは、大丈夫かな……」
「多分、今のところは……無事です」
ヘンゼルが俯いて尋ねると、美優はそう答えた。
彼女はどうやら二人の視界を見ているらしい。詳しくは謎だが、それもとんでもない能力だ。
「私が外の様子を見てくるわ。二人はここで待ってて」
「ああ」
「わかりました」
エイミーは静かに扉を開け、外へ出た。
敵の気配はない。
遠くにある城の方向からは銃撃音や爆撃音などが小さく聞こえてくるが、この周辺はそういった音がなく、驚く程静かだ。
エイミーは恐る恐る歩を進める。
ゆっくりと大通りへ出た。
直後、思わず立ち止まった。
見渡す限り、辺り一面斬殺死体で埋め尽くされている。それも敵兵のものばかりだ。
唖然と立ち尽くし、息を飲む。
きょろきょろと周囲を見回し、敵を警戒しながら大通りを歩く。やはり動く敵の姿はない。
ところどころ無傷で意識を失っているだけのような敵兵もいるが、ほとんどは斬られて血塗れになっており、首や手足がそこら中に転がっている。
斬殺死体の山は数ブロック先まで続いている。どこを見ても倒れた敵兵ばかりがざっと百体以上だ。
「まさか……これ全部、あの子たちがやったっていうの……? 信じられない……!」
幸介もカレンもまだほんの子供だ。
それがたった二人で、銃で武装した百人以上の敵を倒したというのだ。
少し歩き、ジークたちが撃たれた場所まで来た。
「みんな……」
エイミーは視線を落とし、顔を歪めた。
同じ部隊の仲間達の死体が転がっている。仲の良かった友人もいる。
エイミーは着ていた上着を脱ぎ、Tシャツ姿になった。
脱いだ上着をそっと友人の顔へ掛け、冥福を祈った。
再び歩き始める。
きょろきょろと辺りを見渡すが、幸介とカレンの姿は見当たらない。
不安を押し殺しつつ周囲を歩き、元居た建物の方へ戻った。
建物の入り口まで来ると、ふと視線の先に二つの人影が目に入った。
幸介とカレンが肩を組みながら、ゆっくりと歩いてきた。彼らの体や衣服は血塗れで真っ赤になっている。
「あなたたち! 大丈夫なの!?」
焦りつつ駆け寄る。
「エイミーさん……」
俯いていた幸介は疲れ果てたように顔を上げた。
カレンも戦い疲れているのか、幸介に体を預けたまま、ぐったりとした表情で俯いている。
エイミーは幸介、続いてカレンの体をペタペタと触り、怪我がないか確認していく。
「良かった……大した怪我はしてないみたいね。すぐに回復もするから」
どうやら彼らの体や衣服についた血は全て敵の返り血で、彼らにはほとんど怪我はないようだ。
「……エイミーさん、頼む……母さんは無事だと言ってくれ……」
幸介は今にも泣きそうな、縋るような表情でそう言った。それは願いのようなものだったのだと思う。
カレンは索敵能力を持っている。それを使い、建物に敵兵が近付かないように倒してきたのだろう。当然、二人は建物内に誰が居るのかは分かるはずだ。
「……」
エイミーは小さく首を横に振る。
幸介は黙って俯いた。
「ジークさんは、ヘンゼルのお陰で大丈夫だった……でも……ユキノさんは、呼び出すことが出来なかったわ……」
「……美優は?」
「中で泣いてるわ」
幸介は唇を噛んで俯きながら、カレンから離れ、建物の中へ入っていった。
エイミーとカレンも後に続く。
「お兄ちゃん!」
「美優……」
美優は涙を浮かべながらたたたっと小走りで近付いて来ると、がばっと幸介に抱きついた。
「お母さんが……!」
「ああ……」
幸介は美優の頭を自分の胸に押し付けて抱き締める。そのまま二人は泣き始めた。
そばにいたカレンは、壁際でぐったりとしているヘンゼルに近付いていく。
「……カレン、無事で良かった」
「うん。兄さんも」
「ステラが死んだって、本当なのか……?」
「……うん」
それを聞いたヘンゼルは悔しげに俯いた。
※※※
疲れていた幸介とカレンの休憩も兼ね、しばらくの時間、建物内に留まっていた。
ジークはまだ眠り続けている。
そのうち幸介たちの体力は回復し、彼らの気持ちも落ち着いてきた。
「……? 何だ? 何か浮かんでるぞ」
窓から外の様子を伺っていたヘンゼルが不思議そうに呟いた。
エイミーも窓から外を見る。
「何よ、あれ……」
何やら遠方の空に数十個程の大きな風船のようなものが浮かんでいる。どうやらゆっくりとこちらへ向かってきているようだ。
「どうした?」
「コウスケ、あれを見ろ」
幸介も近付いてくると、ヘンゼルが指差す方へ目を向ける。
「あれは…………気球……!?」
幸介は驚愕の表情を浮かべた。
「気球? 何だよそれ。何で空に浮かんでるんだ?」
「詳しくは省くけど、空気より軽い気体を利用してる」
「は? 空気より軽い気体? 全然意味がわかんねー!」
ヘンゼルが頭を抱えて喚く。
「……何であなたがそんなことを知ってるの?」
エイミーにも幸介の言っていることが理解出来なかった。
彼の言動には驚かされることがある。
先程敵兵を撃退したことや、戦闘時のカレンへの指示についてもそうだ。
幸介は何やら焦ったような表情になっている。
「話は後だ……! すぐにこの街を出るぞ。カレン、ジークさんを起こせ」
「わかった」
カレンは眠っているジークのそばへ近付く。
「ジークさん、起きて」
彼女はパシパシとジークの頬を叩いて起こし始めた。
「え、何? 急にどうしたの?」
思わず尋ねる。
「エイミーさん、あの風船の下に小さな籠のようなものが見えるか? あれに敵の戦闘員が乗ってる。空襲されたら終わりだ……!」
「あれに、敵兵が……?」
不安を感じつつ、もう一度窓の外を見る。
確かに全ての風船の下方には籠のようなものが見える。
「多分、国境の兵士達もあれにやられたんだ。もう逃げるしかない…….!」
幸介が顔を歪めて言うのを聞いて、そばのヘンゼルも顔を曇らせている。
「でも、まだ城の周辺ではみんなが戦ってる。私も行かないと……」
城の周辺は激戦区だ。
遠くから銃撃音や爆撃音などが聞こえてくる。
「駄目だ! あの高さから攻撃してくる敵には太刀打ちできない。爆発物を落とされたら一方的にやられる」
幸介の言葉を聞いてある不安がよぎった。
「まさか……今までの攻撃は……」
「恐らくただの当て馬。あれが主力部隊だ」
「……!」
茫然となった。
もし彼の言う通りなら最悪だ。今までの攻撃だけでもこちらが劣勢。戦力はかなりの打撃を受けており、街は壊滅寸前なのだ。
「う……痛え……! 痛えって!」
そばではジークがカレンにパシパシと頬を叩かれて目を覚ました。
「コウスケ、多分、父さんと母さんもまだ戦ってる……」
ヘンゼルが不安げに言う。
「今のあの二人なら簡単にはやられないし、城で戦ってる兵士たちにはあの人たちの力が必要だ。それに気球が来るまでにまだ時間がある。街を出たらお前の能力で呼び出せ」
「ああ。わかった」
「クラウディオさんや他のみんなはどうするんですか……?」
今度は美優が尋ねた。
「心配だけど避難していることを願おう。ヘンゼルが呼び出すにしても、まずは俺たちが安全な場所へ逃げてからでないと意味がない」
「そうですね。わかりました」
ヘンゼルやカレン、美優は幸介の判断を信頼しているらしい。彼と一緒にすぐに逃げるつもりのようだ。
「エイミーさんたちも一緒に来てくれ。途中で会う兵士たちに撤退するよう伝えながらこの街を出るんだ」
「……わかったわ。行きましょう」
彼の言うことには納得できた。
このままだと全滅しかねないし、自分の部隊の仲間ももういない。
それに街にいる兵士たちに撤退するよう伝えていけば、城で戦っている兵士たちにも伝わるはずだ。
だから、彼らと一緒に逃げることにした。
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