異世界。襲撃(1)

 ーー幸介がレムリナへ来て約八カ月後。



 某日。午前。



 幸介と美優が森の中の湖でゆっくりと過ごしているときだった。


 突然、遠くの方で大きな音が鳴った。爆撃音のようだ。


「……! 美優、聞こえたか?」

「はい。何ですか……今の」


 爆撃音は何度も続いた。

 そして不安が過ぎる。


「学校の方からだ!」

「……!」


 幸介が焦ったように言うと、美優が顔を歪める。


 魔術学校では授業の真っ最中。

 雪乃も普段通り学校内にいるはずだ。


「美優、行くぞ」

「はい!」


 美優の手を掴み、街の方向へと向かう。


 彼女は目が不自由なため、転ばないよう足元を気遣いながら走った。


 数十分間、休憩もせずに走り続けた。


 走りながら、不安と焦りを感じていた。銃撃音や爆撃音が何度も聞こえてきた。


 森を抜けると、大通りには行かず、魔術学校の裏側へ通じる道を走った。

 

 今度は銃撃音が聞こえてきた。しかもあれは機関銃の連射音だ。それに混じって拳銃の音も聞こえる。


 どう考えてもただならぬ事態だ。



「きゃあぁぁぁ!」

「早く逃げろ!」


 もうすぐ魔術学校の裏側に着くというところで、避難してきたらしい数十人の少年たちとすれ違った。


 少年たちは入り乱れ、焦ったように逃げていく。パニック状態だ。


「はあ……はあ……一体何があったんですか……!」

「わからない……!」


 不安げに尋ねてきた美優にそう答えた。


 周りには逃げ惑う少年たちの姿。

 彼らの叫び声で、美優も何となく状況がわかるのだろう。


「お母さんはいませんか!?」

「探してるけどいない……!」


 歩きながらきょろきょろと辺りを見回すが、生徒たちや知らない教師ばかりで母親の姿は見当たらない。


 そのまま流れに逆らい、美優の手を引いて学校へと向かった。



 しばらく歩くと、学校の裏門へ辿り着いた。


「……! 何だ、これは……!?」


 思わず立ち止まった。


 敷地内の複数の建物がところどころ破壊されており、メインの校舎は半壊している。


「どうしたんですか……?」

「校舎が半壊してる……爆破されたらしい……」


 不安と焦りが強くなった。

 とにかく一刻も早く母親の姿を確認したい。


 美優も不安げな表情を浮かべている。


 辺りからは銃撃音や爆発音、建物が崩れるような音も聴こえてくる。


(まさか、エルドラードか……!)


 このような事態を引き起こす連中の心当たりがある。



 不安と戸惑いを感じつつ、まだ近くにいる少年たちの中に母親の姿がないか探す。


「うえぇぇぇん……オクヤマせんせぇ……」


 幸介や美優より年下の少女が泣きながら歩いて来る姿が目に入った。


 思わず美優の手を引いて、少女へ駆け寄る。


「ちょっと待て!」

「ふぇ……?」


 幸介が少女の肩を掴むと、少女は立ち止まって見上げる。


「お前、今オクヤマ先生って言っただろ! どこにいるか知ってるのか!?」

「うぅ……」

「教えてください! 私たちのお母さんなんです!」


 幸介と美優が必死で言うと、少女は涙を浮かべながら答える。


「先生が、私を助けようとして……瓦礫の下敷きに……」

「どこで!?」

「あの校舎の……一階の、真ん中辺り……」


 思わず彼女が指差す方向を見る。

 メインの校舎だ。


 建物の上半分辺りは壊れているが、まだ壁が残っている。一階ならまだ無事かもしれない。


「うぅ……ごめんなさい……私のせいで……」


 少女はぐすんと泣きながら言う。


「そうか、教えてくれてありがとう。みんなと一緒に早く逃げろ」

「……うん」


 少女は走っていった。


「お母さん……」


 美優が不安げに呟く。


 雪乃は瓦礫の下敷きになり、まだ校舎内で動けずにいる可能性が高い。だとすればかなり危険な状況だ。


「お前はここで待っててくれ。俺が母さんを探してくる」

「私も行きます!」

「駄目だ! あんなところへお前を連れて行けない!」

「お願いします! 私のお母さんですよ!?」

「……!」


 幸介は戸惑った。

 美優がここまで追い縋るのは初めてだが、母親のことなので当然だろう。


「それに、ここに残っていても危険なんでしょう!?」


 確かにここに残っていても安全ではない。

 近くから機関銃の連射音や爆発音も聞こえてくる。


 周りには目の不自由な美優を任せられるような信頼出来る知り合いはいないし、ここにいればいつ敵が現れて撃たれるかもしれない。


「わかった。俺の手を放すなよ!」

「はい!」


 幸介は美優の手を掴み、裏門を通り抜ける。そして半壊した校舎へ向かって走った。


 ガラガラと校舎が崩れていく。

 瓦礫を避けながら裏玄関から入り、廊下を走った。


「母さん! 母さん! どこだ!?」

「お母さん!」


 校舎内の壁や天井も破壊されており、ところどころ瓦礫で埋もれている。


 人の姿は見当たらない。


「母さん!」


 すでに校舎内の真ん中辺りだと思うが、場所が曖昧過ぎる。


 瓦礫を避け、崩れてくる壁や天井から美優を守り、雪乃の姿を探した。


「幸介……」


 微かに声が聞こえた。


「母さん!」

「お母さん! どこ!?」


 辺りを見回しながら叫んだ。


「幸介……美優……」


 再び声が聞こえた方に視線を移した直後、いくつもの大きな瓦礫の下敷きになっている雪乃を見つけた。


 体は完全に瓦礫に埋もれており、顔と右腕のみが瓦礫の外に出ている。怪我を負ったらしく、額や腕に血が流れている。


「母さん!」

「お母さん!」


 美優を連れ、思わず駆け寄った。



※※※



 少し前、一人の逃げ遅れた生徒を助けようとして、雪乃は崩れてきた校舎の瓦礫に埋もれた。


 背中から足にかけて瓦礫が積み重なり、その重さで体を動かすことが出来ない。そもそも痛みのせいで体に力が入らない。


 この世界の建物の造りが脆いのか、校舎はまだ崩れ続けている。


 もう駄目だと思った。


「母さん! 母さん! どこだ!?」

「お母さん!」


 幸か不幸か、意識が薄れていく中、最後に一番会いたいと思った二人が目の前に現れた。


「幸介……美優……」


 必死に声を絞り出した。


「母さん!」

「お母さん! 大丈夫ですか!?」


 幸介が美優の手を引いて駆け寄って来た。


 無事な二人の姿を確認して少し安心すると同時に、二人がこんな危険な場所へと来てしまったことに対して不安を感じた。


「待ってて! 今助けるから!」


 幸介は雪乃の上に積み重なった瓦礫を退け始めた。


 美優も目が見えていないなりにぺたぺたと手探りで雪乃の顔や体を確認し、その周りの瓦礫を持ち上げようと手伝っている。


 しかし彼らはまだ子供だ。瓦礫が動いたのはほんの少しだけ。


「母さん、何とか出られないか!?」


 幸介は大きな瓦礫を必死で持ち上げながら言う。


「無理みたい……体が挟まってて、全然動けない……」

「くそっ……」


 幸介は辺りを見渡す。


 誰かいないか探しているようだが、学校内の人間はすでにほとんど外へ逃げてしまっている。


 校舎は崩れ続けている。

 少し先の天井も落ちた。


 二人は必死に瓦礫を退けようとしているが、恐らく彼らには無理だ。


 雪乃はもう助からないと悟った。


「美優、こっちへ来て……」

「……? はい……」


 美優が地面に手を付き、手探りで近付いてきた。


 幸介はどこかに瓦礫を退ける突破口がないかと必死に探している。


「もっと近くに。顔をよく見せて……」


 美優は黙って至近距離まで身を寄せてきた。


 目の前には、愛する娘の顔。

 彼女の目は閉じたままだが、不安げな気持ちが伝わってくる。


 雪乃は力を振り絞り、右手を伸ばす。

 そのまま美優の頬にそっと触れた。


(少しだけ……)


 彼女の色々な記憶の中の声が流れてきた。


 幸介や仲間の少年たちとの楽しそうな声が聞こえてきて、雪乃は安心し、思わず笑みが零れ、同時に涙も零れた。




 昔、こちらの世界へ来たばかりの頃のことだ。


 小さな美優を抱えて倒れていた雪乃を、たまたま通り掛かった子連れの金髪の女性が助けてくれた。


『今はこんなことくらいしか出来ないけど……』


 朧げな意識の中、そんな声が聞こえた。


 女性は彼女自身の指を少し切り、流れた血を雪乃の口へ流し込んだ。


 気が付くと、女性の姿はすでになくなっていた。


 体の怪我は治っており、疲労困憊で動くことも出来なかった雪乃の体力は完全に元に戻っていた。




 しばらく後、雪乃は自分に不思議な能力があることに気付いた。


 人や物の記憶を、断片的にだが読み取ることが出来た。


 所々要所で能力を使い、何とか生き延びることが出来た。

 



 雪乃は国王の保護を受け、魔術学校に勤めることになった。


 この世界の知識がない雪乃は、空いた時間に図書館で本を読むようになった。


 そして『冒険者の日記』という、一冊のエッセイ本を見つけた。


 雪乃は何となくそれを読み始めた。

 本には冒険者が適当に書き綴ったような、信憑性もなさそうなことが書かれていた。


 本の途中には、『とある村で魔女に会った』と記されていた。


 魔女は魔力が異常に高い魔術師らしいが、実際に会ったという話は聞いたことがなかった。


 そのまま本を読み進めていると、気になる文章があった。


『魔女の血を飲んだ者は、奇跡的な体の回復と共に異能力を得ることがある』


 雪乃は本の内容が真実だと気付いた。


 目を惹かれたのは『奇跡的な体の回復』の部分。


 つまり魔女の血を飲めば、美優の不自由な目も治るかもしれない。


 雪乃は図書館中の本を読み漁り、魔女についての情報を集めた。欲しかったのは魔女の居場所についての情報だ。


 しかし、その情報を得ることは出来なかった。


 何度か金髪の女性に会った場所へも行ってみた。


 辺りを探し回ったが、再び彼女に会うことは出来なかった。





 瓦礫に体を押し潰され、校舎も音を立てて崩れ続けている。


 幸介が瓦礫を退けようとしているが、やはり動く気配はない。


 自分はもう助からない。

 二人だけでも早くここから逃がした方がいい。


 そう思った直後、あることを思い出した。


 冒険者のエッセイ本を読み進めているときに、目に入った一つの文章だ。


『魔女の血は受け継ぐことが出来る』


 その文章には、次の一文が添えられていた。


『ーー自らの死と引き換えに』




 雪乃は願いを込めながら、右手に流れた血を美優の口に流し込んだ。


「……!? お母さん……? 何を……」

「黙ってて……」


(せめて……この命の代わりに……)


 そのまま血を流し込み続け、ひたすらに願った。


 数秒後、閉じていた美優の目が開いた。


「え……?」


 美優は眩しそうに目を細め、その後、ぱちぱちと瞬きをした。


「お母さん……見える……!」

「……!」


 幸介は瓦礫を持ち上げる手を止め、驚いたように美優を見る。


「……良かった」


 雪乃はほっと安心して右手を下ろし、微笑んだ。


 もうやり残したことはない。

 後のことは、幸介に任せればいい。


「何、で……?」


 美優は驚いた様子で一言漏らす。

 幸介も驚きのあまり言葉を失っている。


 この間にも校舎は崩れ続けていく。

 辺りから銃撃音や爆発音も聞こえてくる。


「とにかく助けないと……!」

「幸介……私のことはいいから……もう行って……」


 再び瓦礫を退けようとする幸介に、雪乃は必死に声を出してそう言った。


「母さんを置いて行けるわけないだろ!」

「お兄ちゃんの言う通りです!」


 二人はまた瓦礫を退け始めた。

 しかしやはり瓦礫の山は動く気配がない。


「お願いだから……」

「嫌です!」


 そう言って美優は必死に瓦礫を持ち上げる。


「このままじゃ……みんな死ぬ……」

「くっ……」


 幸介は躊躇うように美優を見る。

 彼女を死なせるわけにはいかないと考え始めたらしい。


 体力が尽きていくのがわかる。

 やはりあのエッセイ本に書かれていたことは真実だ。


「幸介……美優のことお願いね……」

「……!」


 幸介は無言で雪乃を見る。


「美優は、お兄ちゃんの言うことを……ちゃんと聞くのよ……」

「…………うぅ…………うえぇぇぇぇん……」


 美優は諦めたようにへたり込み、その後大粒の涙を流しながら雪乃の右手を掴んだ。


「幸介、美優……愛してる……!」


 必死に思いを伝えた。

 思わず涙が零れた。


「俺も……」

「うぅ…………私もです……」


 二人も泣きながら言う。

 本当に良い子たちだ。


「幸介、美優を連れてもう行って……」

「……嫌だよ、母さん……俺……」

「行きなさい!」


 雪乃は持てる力を振り絞り、精一杯の声を上げた。


 幸介は戸惑うような表情を見せた。


「くそっ……! 美優、行くぞ!」

「でも……!」


 幸介は力強く美優の手を引き、走って行った。


 雪乃は黙って二人を見送る。

 そして、彼らの後ろ姿を力の限り目に焼き付けた。


 最後に会えて良かった。

 そう思い、安らかな気持ちで目を閉じた。

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