第4章

異世界。仲間

 ずっと魔術師に憧れていた。


 母親のように、複数の攻撃魔術を使える強い魔術師になりたかった。


 しかし、カレンには残念ながら魔術の才能はなかった。どの系統の魔術も一切使えなかった。


 学校へも通いたかったが、魔術の才能がないため通うことが出来なかった。


 とても悲しく、自分の無能さを恨めしく思った。


 一つ年上の兄であるヘンゼルには、魔術の才能があった。


 彼は少なくとも氷系、さらには見たことのある生物を召喚出来るという能力まで持っていた。


 才能のある兄を羨ましく思った。


 兄はカレンに気を遣ったのか、学校へは通わなかった。





「私に、剣を教えて」


 思わず、幸介に対してそんなことを口にしていた。


『剣は魔術には勝てない』


 それが世の常識だった。誰もがそう言っていた。


 しかし、彼はそれを覆した。

 敵の魔術師を剣で斬り捨て、一人で三人を倒した。


 あの絶望的な状況で、人質になっていた自分を助けてくれた。


 彼のおかげで兄と自分は奴隷にされることもなく、両親も死なずに済んだ。


 彼に、心底憧れた。


 魔術の才能が無くても、剣なら努力次第で身につけられるはず。


 そして剣の腕を上げれば魔術師にも勝てる。


 それを彼が教えてくれた。


「まあいいけど」

「ほんと?」

「ああ。その代わり、俺の修行は厳しいぞ」


 彼は少し冗談めかしてそう言った。


「うん。頑張る」


 嬉しかった。何があっても頑張ろうと思った。


 彼のように強い剣士になりたいと思った。



※※※



ーー幸介がレムリナに来てから約三カ月後。



 昼下がりの、とある土手下のだだっ広い平地。


 魔術学校の裏から南西の方向。周囲に建物はなく、普段は人通りの少ない場所だ。


 そこには十数人の少年、少女たちが集まっていた。


 現在、学校へ通っていない少年たちだ。


 少年たちはそれぞれ竹刀を持ち、素振りや手合わせをしている。


 その中の数人が手を止め、二人の人物へ視線を向けていた。


「相変わらずやべーな、あの二人」

「うん。カレン、どんどん強くなるね」

「速過ぎて全然動きがわからないよ……」

「俺も」


 少年たちの視線の先には、竹刀で攻防を繰り広げる二人の姿。幸介とカレンだ。




 二人は手合わせの真っ最中。

 既に十五分以上は竹刀で戦い続けている。


 お互い素早い身のこなしで相手の竹刀を躱し、剣撃を竹刀で弾いて防ぐ。


 激しく打ち合う中、カレンが身を翻して幸介の竹刀を躱す。そして直後、彼女の袈裟斬りが幸介の左首筋を捉える。


 幸介が素早く竹刀を振り、それを弾く。

 カレンの竹刀が手を離れ、空中へ飛んだ。


「ちっ……」


 カレンは左手に別の竹刀を召喚し、今度は幸介の右首筋へ打ち下ろす。


「甘い!」


 幸介はそれも竹刀で弾き飛ばした。


「くっ……」


 カレンは再度右手に竹刀を召喚。

 同時に幸介が持っていた竹刀が消えた。


 彼女はその竹刀を素早く幸介の頭上へ振り下ろす。


「貰った!」

「ほい」


 幸介は膝を折って体勢を低くし、カレンの竹刀を両手の平で挟んだ。


 そのまま竹刀を斜めに逸らし、立ち上がると同時にカレンの腹へ蹴りを入れる。


「げほっ……」


 カレンは竹刀を手放し、後ろへ吹き飛んだ。


 彼女は地面をごろごろと転がり、数メートル先で倒れた。




「あー! あの野郎カレンに何てことすんだ!? ぶっ飛ばしてやる!」

「やめなさいクラウディオ。あんたじゃ返り討ちにされるだけよ」


 竹刀を片手に憤るクラウディオの裾を、ステラが掴んで止めた。


「カレンの可愛い顔に傷がついたらどうすんだよ!?」

「しょうがないでしょ? 訓練なんだから」


 ステラは呆れたようにクラウディオへ半眼を向ける。


 クラウディオは振り返り、近くにいる銀髪の少年に言う。


「おいヘンゼル! いいのか!? カレンがあんなことされて!」

「いや、別にいつものことだから。それにあいつが望んでやってることだし」


 ヘンゼルも竹刀を振る手を止め、何でもないように答える。


 幸介とカレンは以前から手合わせを繰り返している。その度にカレンは幸介に竹刀で叩かれ、蹴られ、吹き飛ばされていた。



「カレンのやつ、まだ一本取れないんだな」

「そりゃそうよね。カレンも強いけど、コウスケは強すぎるもの」


 二人の勝負を見ていた少年たちが口々に言う。


「あいつ、俺の父さんより強いからなあ」

「は!? マジかよ。お前の親父って剣士隊の元隊長だろ?」


 ヘンゼルがぼそっと呟くと、クラウディオは焦ったように訊き返す。


「マジマジ。いっつもやられてるから」


 それを聞いたクラウディオは言葉を失った。


 ヘンゼルの父親も幸介と手合わせをすることがあるが、大体は負けており、その度に悔しそうにしている。


「それにあいつ、現役の剣士隊の大人たちにも勝つし」


 幸介は国が抱えている軍の施設で、しょっちゅう兵士たちの訓練に参加している。彼の対人戦闘の訓練には、仲間の少年たちでは相手にならないからだ。ちなみにヘンゼルの父親のコネだ。ヘンゼルもときどき幸介についていくことがある。


「はは……コウスケには手加減するように後で丁寧にお願いしておこう。くれぐれも失礼のないようにな」

「何それ」


 ステラはまた呆れたようにクラウディオへ視線を向けた。





「ぐ……」


 カレンは腹を押さえながら、ゆっくりと片膝をついて上体を起こす。


 幸介は奪った竹刀を肩にポンと置き、苦しそうな表情のカレンに近付いた。


「お前なあ。能力で竹刀を奪うのは反則だろが。訓練にならないっつの」

「……だって、たまには一本取りたかったんだもん」


 カレンは上目遣いで、少し拗ねたようにそう言った。


 幸介が呆れながら手を差し伸べると、カレンはその手を取って立ち上がる。まだ痛むのか、彼女の左手は腹に添えられている。


「まあ、実践でやればほぼ無敵だけどな」

「……ほんと?」


 相手が武器による戦闘員で、その武器が見える場所にあれば、カレンは能力で奪って無力化出来る。


 数人程度の武装した兵士なら今の彼女の実力でも倒せるだろう。


「ああ。でも剣の腕があればだ。今も俺に負けたし」

「むぅ」

「それにまだ召喚スピードも遅い」

「……わかってる」


 カレンはしゅんと少し悲しげに呟いた。

 


 この二カ月あまり、カレンは剣だけでなく能力についても訓練を積んだ。


 色々な物を召喚してみたが、それ程大きな物でなければ呼び出せるようになってきた。


 あとは想像力とスピード。

 彼女の能力は様々な使い道がありそうだ。


「腹は大丈夫か?」

「……痛い」

「後で一応リアに診て貰うか」


 カレンが上目遣いで言うので、幸介は彼女の腹をそっと摩る。


 カレンは「うん」と頬を赤く染めて頷いた。


「ちょっと休憩な」

「じゃあ私も」


 幸介が竹刀を置いて土手の方へ向かうと、カレンもとことこと後から付いてきた。


 土手には、目を閉じたままの黒髪の少女が三角座りをしていた。


「美優、お茶をくれ」

「はい」


 美優が持っていた水筒を差し出すので、幸介はそれを受け取る。蓋を開けてごくごくとお茶を飲んだ。


「私にもちょうだい」

「ああ」


 カレンも幸介から水筒を受け取ってお茶を飲む。


「一人でここに居て退屈じゃないか?」

「全然。みんなの声を聞いているだけで楽しいです」

「ならいいけど」


 ここに集まっている少年たちとは、美優もすでに仲良くなっている。


 彼らは幸介やカレン、ヘンゼルが訓練しているのを見かけて集まってきた少年たちだ。


 すぐに訓練にも参加するようになり、その人数は徐々に増えた。


 元々のヘンゼルたちの友人もいて、大体は魔術学校へ通っていない。


 彼らは普通に美優とも接してくれた。


 美優も友人が出来たので楽しそうにしている。


「コウスケ。今日も家に行っていい? ユキノさんに貰った問題集は全部終わったから、次を教えて」

「ああ、いいよ。な、美優」

「はい。今日はお母さんが早く帰って来るって言ってたので、ご馳走を作ってくれますよ」

「じゃあ、今日も泊まる」


 食いしん坊のカレンは少し嬉しそうにそう言った。





「カレンってコウスケのこと好きなのかな?」

「見りゃわかるだろ」

「くそぉ……シスコン野郎のくせに……」

「クラウディオ、カレンのことは諦めた方がいいんじゃない?」


 離れたところから三人を眺めていた少年たちは口々に話す。


「えっ、お前カレンのこと好きだったの?」

「ヘンゼル、知らなかったんだ……」

「知らないのあんただけだと思う。あと本人もだけど」

「あんな無愛想な奴のどこがいいんだ」

「それがまた可愛いんだよ。お兄様」

「うげっ……! お兄様とか言うな!」


 ヘンゼルは心底嫌そうな視線をクラウディオへ向けた。


「ねえ。ヘンゼルは……好きな子とかいないの……?」


 ステラが頬を赤く染め、もじもじしながら尋ねる。


「別にいないけど」

「そ、そっか」


 ステラはほっと少し安心したような表情になった。


「あ、でもリア王女は可愛いなあ。俺が怪我したときも優しかったし。少しおっちょこちょいだけどそういうところも……痛てぇ!」


 途中でステラに脛を蹴られ、ヘンゼルは思わず足を抑えた。


「何すんだよ!?」

「ふんっ」


 ヘンゼルが声を荒げるが、ステラはぷいっと顔を逸らして行ってしまった。


「くっ……何だあいつ……」


 ヘンゼルは顔を顰めてステラの背中を睨む。


「ステラも苦労しそうね」

「だな」


 少年たちはヘンゼルを見ながら呆れていた。





 幸介たちが土手に腰を下ろして休憩していると、リアが鼻歌を歌いながらやってきた。どうやら学校の授業が終わったらしい。


「ラララ〜ララララ〜ラ〜ラ〜ララ〜ン♪」


 リアは後ろ手を組みながらとことこと歩き、笑顔で幸介の目の前に立つ。どうやらご機嫌らしい。


「何だその歌」

「別に。気まぐれソング」

「変な王女」


 幸介が呆れたようにリアを見ると、彼女はむっと顔を顰める。


「リアさん、こんにちは」

「こんにちは。ミユ」


 リアは美優へ笑顔を向けながら言う。


「つーかお前、最近毎日のように来るな」

「だって私も銃の訓練したいし。今からやるんでしょ?」

「ああ」


 ここでは剣の他に銃の訓練もしている。

 それも最初は幸介がヘンゼルやカレンと一緒にやっていたことだ。


 拳銃は能力の訓練も兼ねてカレンが召喚し、使い終わったものは城の近くにある軍の施設へ納めている。


 そのため、軍の施設では、一部の兵士たちが銃の訓練もするようになった。


「じゃあ先にカレンの腹を診てやって。思いっきり蹴り飛ばしちゃったから痛がってたし」

「は? 女の子に何てことすんの? 最低」

「うるせーバカ王女。蹴るぞ」

「バカ王女って言うな!」

「うおっ」


 いきなり掴みかかってきたリアを慌てて止めた。


「あんたこそ、身元不明の浮浪者のくせに!」

「浮浪者!?」


 頬を引っ張られたので、彼女の頬を引っ張り返した。


 一通り言い争いが終わると、リアは「ふう」と一息ついて言う。


「ていうかコウスケ。たまには城に遊びに来なさいよ。お父様も会いたがってるし」

「わかったよ。今日はカレンに数学を教えるからまた今度な」

「……ふーん。ちなみにカレンはどの程度出来るのかしら?」

「そりゃお前よか出来るよ」

「何おう!」


 リアはまたぽかぽか殴り掛かってきた。




「あいつ、何故かリア王女とも仲良いよなあ」

「だよね。いつもじゃれてるし」

「え、仲良いの? あれ」


 ヘンゼルは理解出来ないという視線を少年たちへ向けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る