信者なの

 結局幸介と亮太は店の外で待つことになり、その間に美優と愛梨は下着を購入した。


 その後、愛梨の母親である絵梨が「君たち何か食べる? 奢るよー」と言うので、五人でショッピングモール内にあるファーストフード店へ入った。


 それぞれ好きなハンバーガーと飲み物を注文し、空いていたテーブル席に五人で座った。


「ねえねえ、愛梨。この子たちとは仲が良いの?」


 腰を下ろした矢先、テーブルの向かいに座る絵梨が、隣にいる娘に笑顔で尋ねた。


「うん。まあ、そうかな。そっちの茶髪の男は中学の同級生だよ」


 愛梨がそう答えると、絵梨はハッと何かに気付いたような表情になった。


「あー! 三上亮太君!? 何か見たことあるような気がしてたのよ」

「そうそう」

「随分チャラ男になっちゃったね」


 絵梨はそう言って亮太に笑顔を向けた。


 亮太は「はは……」と何となく気まずそうに愛想笑いを浮かべ、愛梨は「ぷっ」と吹き出した。どうやら亮太は愛梨の母親のことを覚えていないようだ。


「で、こっちが今年から同じクラスになった奥山幸介君。何だかんだかくかくしかじかで最近仲良いの」

「あ、どもー」


(何だその紹介?)


 と思いながら笑顔を作った。


「ふーん。何かわけわかんないけど、面白い子だね!」

「そうそう」


 母親は適当に印象を述べ、愛梨はそれに適当に頷いた。今度は右奥にいる亮太がそれを聞いて笑う。


「で、真ん中のこの子が幸介君の妹の美優ちゃん。ブラコンなの」

「あー。見てればわかるわ」


 先程から美優は幸介にしがみ付いて歩いていたので、そう思われるのも当然だろう。


「まあ否定はしませんよ」


 美優はそう言って笑顔を向けてきた。可愛い。


「愛梨とどんな関係なの? もしかしてどっちかが将来の旦那さん?」

「そんなわけないでしょ。ただの友達だって」


 にこにこしながら尋ねる母親に、愛梨は飲み物のストローを口に含みつつ、呆れたように答えた。


 夕菜の母親にも会ったばかりで同じような質問をされたような気がする。母親は娘の男友達に対してそう考えてしまうものなのかもしれない。


 幸介はずいと身を乗り出し、悩ましげな顔を絵梨へ向けた。


「あの、お母さん。実は俺……愛梨の旦那さんになろうかお父さんになろうか迷ってるんです」

「へ?」


 絵梨はきょとんとしながら幸介を見る。


「え、いや……その……」

「ぷっ。幸介君、ノリ良過ぎだって。この人、信じやすいんだからやめて」


 戸惑う母親の隣で、愛梨が吹き出す。


「お兄ちゃん、さすがに酷いです。泣きますよ?」

「ごめんなさい」


 美優に泣かれると困るので素直に謝った。


「な、なーんだ。やっぱり冗談だよね」


 絵梨はほっと大きな胸を撫で下ろす。確かに信じやすい人なのかもしれない。


「お母さん、幸介君はわけわかんないし亮太と同じく馬鹿だから」


 つい先程、数学のプリントを写させてあげたはずなのに馬鹿は酷いと思う。


「おい、今のに俺を巻き込むな」

「亮太、落ち着け。FとGだぞ。迷うのも分かるだろ」

「いやわかるけど! つーかお前が落ち着け」


 亮太は何だかんだで同意してくれた。


「ほらね」

「あー。ほんとだね」


 愛梨の言うことに母親も納得したらしい。


「お兄ちゃん……?」

「いや、冗談だから。一番はお前だから」


 また隣から冷たい視線を向けられたので、思わずそう答えた。手を伸ばして妹の頭を撫でる。


 美優は「じゃあ、別にいいですけど」と、頬を赤く染めた。


 その後もノリのいい愛梨の母親を交え、それなりに楽しくお喋りが続いた。


「ねえねえ、ところで君たち、『救済者』って知ってる?」


 会話の途中、絵梨が笑顔で尋ねてきた。


「知ってますよ。そいつが犯罪者の記憶を消してるんじゃないかって話でしょ?」


 亮太がハンバーガーを口に頬張りながら訊き返すと、絵梨は「そうそう!」と笑顔で答える。


 幸介も、「聞いたことはありますね」と相槌を打った。


「それがどうしたんですか?」


 亮太が飲み物のストローを口に含みながら尋ねた。


「お母さん、信者なのよ……」

「マジですか」


 母親の隣に座る愛梨は呆れたように言うと、亮太も呆れたような表情になった。


 ネットなどで噂をされている『救済者』。記憶喪失事件を引き起こし、犯罪から一般人を救ってくれると一部でもてはやされている人物。つまり幸介のことだ。


「だって犯罪者たちを消して、弱い人を助けてくれるんだよー。最高じゃない?」


 絵梨はそう言ってにこっと亮太に笑顔を向けた。


「でも人間があんなこと出来なくないですか?」

「そりゃそうだけど。でも自然現象とも考えられないでしょ?」

「まあ、そうですね。犯罪者以外は記憶を消されないわけですし」


 亮太は『救済者』の存在を信じているわけではないが、絵梨の意見も理解は出来るようだ。


「でしょー? だから私はいると思うんだよね。神様みたいな人が」

「はあ。そうかもですねー」


 亮太は棒読みで適当に返答した。彼はあまり興味自体がないのかもしれない。


「やっぱりそういう反応になるよね……」


 愛梨の母親はがっかりしたように頬杖をついた。


 そんな彼女を見て、幸介が横から言う。


「俺も、そんな人が居たらいいなと思いますよ」

「だよねー。幸介君、気が合いそう!」


 絵梨は嬉しそうに人差し指を向けてきた。


 そのとき腕を伸ばした彼女のワンピースの五分袖の隙間に、一瞬青黒いアザのようなものが見えた気がした。


「じゃあ美優ちゃんは?」

「私はめちゃくちゃ信者です」


 尋ねてきた愛梨に美優が答えると、愛梨は「マジで?」と驚く。


「そうなの!? じゃあ私たち、同志だね」


 絵梨がまた笑顔を向けてそう言ったので、美優は「はい」と微笑む。普段あまり周囲に共感してくれる相手がいないのか、絵梨は嬉しそうだ。


「美優ちゃんは、『救済者』ってどんな人だと思う?」

「えっと、とても優しい人だと思います」

「わかる! そうなのよ。会ってみたいよねー」

「そうですね」


 絵梨がにこにこと笑顔で言うのを見て、美優は微笑んだ。


「ね、やばいでしょ? この人」


 目の前にいた愛梨が、頬杖をつきながら幸介に同意を求める。


「ああ。色んなところがな」

「どこのことを言ってんのよ」

「もちろん、Gカップの辺りだな」

「だと思った」


 幸介がジュースのストローを咥えながら答えると、愛梨は溜め息をつき、また呆れていた。



※※※



 東京都近郊にある某撮影ロケ地。


 江戸時代以前のセットが建ち並び、様々な時代劇のシーンを撮ることが出来るロケ施設だ。


 そこではドラマ『戦乱のラブレター』の撮影がひと段落し、俳優やスタッフたちがそれぞれ休憩を取り始めていた。


「沙也加ちゃんのさっきの演技、凄かったですね……」


 撮影を見守っていた莉子のそばでは、首にネームプレートをかけた一人の男性スタッフが、唖然としながら監督に話しかけている。


 彼が言っているのは、先程撮影されていた、最終回で彼女が泣くシーンのことだ。


 ちなみにドラマではストーリーの順番に撮影していくのではなく、色々なシーンを別々に撮っていく。


「そうだね。荒っぽいけどとても魅力的で、まるで別人のようだった」


 しみじみと答えるのは当ドラマの総監督だ。恰幅がよく、穏やかで優しそうな見た目の男性だが、ドラマ制作に関しては敏腕な監督らしい。


「まあ確かに、いつもの彼女とは違うなって思いましたけど」

「あの子、たまにそういうことがあるみたいだよ」

「へー、そうなんですか」


 男性スタッフは適当に相槌を打つ。


 沙也加はごく稀にだが、別人のような演技を見せることがある。そのときの彼女は普段のような繊細さはなくなり荒っぽくなるが、何故か惹きつけられる魅力があった。


 ただそういった演技のときは普段の彼女の演技とは雰囲気が違うためか、ほとんどOKが出ない。


「沙也加ちゃんって、何であまり主演のドラマがないんですかね? あんなに演技が上手いのに」


 沙也加は今まで主役を演じたことはない。『戦乱のラブレター』が初主演だ。


「多分、キスシーンが嫌なんだと思うよ。彼女にオファーを出したとき、何度も確認されたからね」

「え、そうなんですか? そんな女優さんもいるんですね」

「まあ、少ないけどね」


 男性スタッフが驚くのもわかる。大体の女優は当たり前のようにキスシーンを演じるからだ。


「じゃあつまり彼女が主演を断ってるってことですか?」


 また男性スタッフが尋ねた。


「ああ。このドラマが放送されてからもいくつか恋愛ドラマのヒロイン役のオファーが来たらしいけど、彼女は全て断ったそうだ」

「マジっすか!? ヒロイン役をやりたい女優なんて山程いるでしょうに」

「その通り。でも沙也加ちゃんは、今は仕事自体を減らしているらしい」

「え、何故ですか?」

「さあね。東浦さんなら何か知っているんじゃない?」


 監督はそう言って莉子の方にちらっと視線を向けた。


「えっ! えっと……特に何も知らないです。本人の希望で……」


 急に話を振られたので、莉子は若干焦りつつ答えた。


 莉子は小夜に頼まれた沙也加専属のマネージャーだ。そのため沙也加の仕事の現場にはほとんど付き添っており、毎日の送迎も担っている。しかし沙也加や小夜の意向には素直に従うことにしており、仕事に関する彼女たちの事情などもほとんど聞いていない。


「そうですか。何にしてももったいないですね」


 男性スタッフは静かにそう呟いた。


 沙也加は今どき珍しくキスシーンを全く演じない女優だ。恋愛ドラマのヒロイン役のオファーも多くきているが、彼女は相手役が誰かに関わらず全て断っている。


 もし彼女がそれを拒まなければ今以上にドラマ出演しており、今もほとんど学校に行けなくなるほど忙しかったはずだ。


『戦乱のラブレター』ではキスシーンやベッドシーンなどはなく、だからこそ彼女は引き受けた。



 莉子が俳優たちの方を眺めていると、その中から袴姿の沙也加がたたたっと小走りで近付いてきた。


「莉子さん、車で休憩してきてもいいですか?」

「うん、いいけど。また逃げてきたの?」

「そうですね。相変わらずしつこく絡んでくるので」


 沙也加はうんざりしたようにそう言った。


 彼女が言っているのは、主役を演じている某有名アイドルグループに属する俳優、草薙翼のことだ。


 沙也加は彼の連絡先を削除し、電話もメールも無視しているらしいが、彼は現場では相変わらず沙也加に絡んでいる。


「はい、じゃあこれ」

「ありがとうございます」


 沙也加はキーを受け取ると、車の方へ歩いて行った。

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