スカウター
愛梨がプリントを写し終えた後、二人で職員室へ提出しに行った。
藤本先生は居なかったので、机にプリントを置いて職員室を出た。
「じゃあ幸介君、またね!」
愛梨は本当に何か用事があったのか、そそくさと帰っていった。
幸介はリュックを肩に掛けて教室を出ると、一年A組の教室へやってきた。そして教室後方の入り口から中を覗く。
「あっ、お兄ちゃん」
窓際にいた妹が気付いて、たたたっと小走りで近付いてきた。
「お待たせ」
「そんなに待ってないので大丈夫ですよ」
美優はそう言って微笑むと、やはりいつも通り右腕にしがみついた。
彼女が右腕にしがみつくのは出会ってからずっとだ。未だに癖が抜けないらしく、好きなようにさせている。
教室内には何人か生徒が残っており、男子たちからの視線が痛い。
「補習だったんですか?」
「そうなんだよ。まさかのな!」
幸介がぶつぶつ文句を言うと、美優は「まあまあ」と宥める。
「あ、でも少し待たせたお詫びに買い物に付き合ってください」
美優はお詫びと言ったが、彼女の外出時はほとんどどこにでも付き合っている。
「まあいいけど。何買うの?」
「主に下着です」
美優がにっこりと笑顔で言うと、教室にいた男子たちがぎょっとなっていた。
「また下着を買うのか」
彼女とこの世界へ戻って来てから何度か洋服や下着を買いに行ったので、ある程度の数は持っているはずだ。
「女の子は色々と必要なんです。お兄ちゃんが好きなのを選んでくれてもいいんですよ?」
「美優、お前マジで可愛いな」
腕にしがみついたまま見上げる美優が「そうですか?」とあざとく微笑む。
「とりあえず出よう」
「はい」
周りの男子たちだけでなく女子も唖然とこちらを見ているので、何となくその場を離れることにした。
教室を出て玄関まで歩き、外履きに履き替える。
傘立てから傘を取り出して玄関を出ると、また美優が右腕にしがみついてきた。
そのまま二人で木々の中を歩き、校門へ向かう。
「おーい。幸介!」
後ろから幸介を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返って姿を確認すると、茶髪にピアスのチャラ男だった。
彼は小走りで近付いて来ると、右腕にしがみついている美優の隣に並んだ。
「亮太。まだいたのか」
「おう。今から帰るんだろ? どっか寄って行こうぜ」
「今日はちょっと用事が」
「いや、それもう通用しないから」
先日、施設に行った際に亮太たちが無理矢理付いてきたのだが、それ以来何となく強引になった気がする。
「今日は美優が下着を買いに行きたいらしいんだよ」
「マジ? ぜひお供させて頂きます」
「亮太さん、何を言ってるんですか」
美優が冷めた視線を亮太へ向けた。
「まあまあ美優ちゃん。幸介の好みなら俺がよく知ってるから」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。俺に任せとけって」
「じゃあ……付いてきてもいいですけど」
美優はあっけなく亮太に説得された。どうやら亮太に下着を選んで貰うつもりらしい。
「つーか、お前に好みを知られた覚えはないんだけど?」
「まあいいからいいから」
亮太に笑顔で流された。彼はもう何を言っても付いてくるつもりだろう。
「いやー、美優ちゃんの下着を選ぶなんて楽しみだなぁ」
「真面目に選んで下さいよ?」
「マジでお前が選ぶのか」
そうやって三人でくだらない会話をしながら歩いていると、背後から声を掛けられた。
「あの、邪魔なんですけど? どいてくれます?」
振り返ると、そこにはいかにもお嬢様といった女子が立っていた。艶のあるロングの黒髪と切れ長の目が印象的だ。彼女は冷めた目でこちらを見据え、威圧的な雰囲気を醸し出している。
幸介たちは三人で並んでゆっくりと歩いていたので、通路を塞いでしまっていたらしい。
「ああ、ごめんごめん。さ、どうぞ」
亮太が愛想良く笑顔で答え、さっと道を譲る。美優も「すみません」と言って幸介の腕を引いた。
「もっと他人の迷惑にならないよう考えて下さい」
黒髪の女子はそう言うと、三人の間をすっと通り抜け、校門を出て行った。
幸介たちも校門を出て、右方向の彼女が行った先を見やる。
少し先に、黒塗りの見るからに高級そうな車が停まっているのが目に入った。車のそばにはスーツ姿に黒のサングラスを掛けた、坊主頭の男が立っている。
黒髪の女子が車に近付いて行くと、男が後部座席のドアを開ける。黒髪の女子が後部座席に、その後男が運転席に乗りこみ、車は走って行った。
「何だあれ?」
幸介が走っていく車を眺めながら呟く。
「ああ。六条さんの迎えの車だろ? よく見かけるよな」
「いや、知らないけど」
「私も知らないです。あの女子は見覚えがあるような気もしますが」
亮太は校内に友人が多いので、黒髪の女子のことを知っているのだろう。
「よく迎えに来てるよ。お前らはソッコー帰っちゃうからあまり見たことないのかもな」
「ふーん」
特に彼女に興味があるわけではないので、そのまま話を切り上げる。
三人で雑談をしながら歩き、駅前のショッピングモールへ向かった。
※※※
駅前のショッピングモールにつくと、下着店へと直行した。
店には色とりどりの下着が並んでおり、下着姿のマネキンがいくつか置いてある。
もちろん男にとっては足を踏み入れづらく、視線を向けるだけでも躊躇われる場所だ。
その華やかな店の前で立ち止まり、二人の男子高校生が並んで腕を組む。
「幸介、ついに禁断の地に足を踏み入れるときが来たな」
「ああ。今から始まる壮絶な戦いを想像すると身震いするな」
「亮太さん、バカなこと言ってないで早くお兄ちゃん好みの下着を持ってきてください」
一歩後ろにいた美優が呆れながら言う。
しかし、恐らく普通の女子高校生は男子に下着を選ばせたりしないと思う。
「美優ちゃん、先に聞いておきたいんだけど」
「何ですか?」
「幸介の好みの下着なんかつけてどうするの?」
「決まってるじゃないですか。誘惑しまくるんですよ」
「くそっ、本気で選びたい自分と選びたくない自分がいる」
美優の冗談を聞いて、亮太は葛藤に頭を悩ませていた。
直後、店の奥の方から女性たちの声が聞こえてきた。
「あんたまた大きくなったんじゃないの!?」
「ちょっとやめて! だから今日買いに来たんだってば!」
聞いたことがあるような声だ。
何となく三人で声が聞こえた方へ向かうと、すぐにその姿が目に入った。
「愛梨さん!?」
「あっ、美優ちゃん! え!? それに亮太と幸介君も!? ここで何してんの!?」
「愛梨、何つう似合う場所に……」
亮太は呆れたような表情で呟く。
そこでは愛梨と、知らない女性が戯れていた。ゆるくパーマがかかった茶髪の大人の女性だ。どうやら彼女たちも下着を買いにきたらしい。
愛梨のシャツはいくつかボタンが外されており、胸の谷間が見えている。
しかし彼女のそばにいる、薄紫のワンピース姿の女性の胸に視線を奪われた。
「おい、亮太。あのお姉さん、愛梨より胸がでかくないか?」
幸介が尋ねると、隣にいた亮太が制服の胸ポケットから黒縁の眼鏡を取り出してすっとかけた。
「なっ、俺のスカウターによるとあのお姉さん、Gカップあるぞ」
「何だと?」
愕然と亮太を見る。
彼が口にしたのは、中々巡り会うことが出来ない貴重なアルファベットだった。
「ちなみに愛梨Fカップ。沙也加さんE。美優ちゃんDだ」
亮太は眼鏡を人差し指で支え、キリッといい顔をこちらに向けた。
「さ、さすが、お前のスカウターは性能がいいな」
亮太の査定を聞いて若干驚いたが、幸介から見ても何となく同じような評価だ。
亮太の眼鏡については意味が分からないが、とりあえず流しておくことにした。
直後、愛梨の右ストレートが亮太の頬を直撃した。バキッと音がして、亮太の眼鏡が吹き飛んだ。
「痛え! 何すんだよ!?」
亮太が頬を抑えながら喚く。
「あんたがバカなこと言ってるからよ」
「ああ!? 本当のことだろうが!」
「サイズは本当だけど! 無駄な能力発揮すんな!」
またいつも通りの喧嘩が始まってしまった。
「お前の胸のサイズくらい普通にわかるわ!」
「この変態! ぶっ飛ばすわよ!」
幸介が喧嘩中の二人を眺めていると、美優が近付いてきて腕を掴んだ。
「美優、お前Dもあったのか」
「はい。お兄ちゃんが大きくなったら嬉しいって言うから頑張ったんですよ」
「頑張ったって何を?」
「牛乳を飲んだりお風呂で揉んだりですかね。結局沙也加さんや愛梨さんほどは無理そうですが」
美優はそう言って右腕に胸を押し付けてきた。確かにDの弾力だ。
「ぷっ。この子たち、あんたの友達?」
愛梨の連れの女性がクスクスと笑い出した。
「お母さん、笑い事じゃないって!」
「「お母さん!?」」
愛梨の発言を聞いて驚いた。声が亮太と重なった。
目の前のゆるくパーマがかかった茶髪のその女性は、確かに愛梨に似ている。特に体型が似ている。しかし二十代後半くらいに見えるので、まさか愛梨の母親だとは思わなかった。
「マジかよ。お母さん、いったい何歳なの?」
「お母さん三十五だよね?」
亮太が尋ねると、愛梨が母親に確認する。
愛梨の母親は「うん、そうだよー」と微笑んだ。
「ってことは十九で?」
「そう。この子を産んだの!」
亮太が再び尋ねると、母親はまたいたずらっぽく微笑んだ。
幸介はさりげなく美優の腕から逃れると、愛梨の母親に一歩近付く。
「初めまして。お母さん。愛梨さんの友人の奥山幸介です」
亮太が「お前何赤くなってんの?」と突っ込んできたが、それどころではないので無視した。
「こんにちは! 愛梨の母です」
彼女はにっこりと笑って小さく手を振った。
「今日は僕がお相手を。何ならお母さんにぴったりの下着を僕が選びましょう」
真剣な顔で愛梨の母親の腰にすっと手を当てると、彼女は「へ?」と驚いて幸介を見る。
「お前ふざけんなよ。つーか何が『僕』だ」
また亮太が突っ込んできた。
愛梨は「幸介君、何言ってんの……」と呆れている。
「亮太。お前はさっさと美優の下着を選んで来い」
「そうだった。すぐに美優ちゃんにはスケスケのやつを」
亮太は美優の下着を探しに行こうと、くるっと方向転換した。
「それって誰の好みですか?」
「もちろん俺だよ」
「誰が亮太さんの好みのやつを持ってこいって言ったんですか」
美優が冷たい視線を亮太に向ける。
「ねえ! っていうかここ女性用の下着のお店なんだよ!? あんたらもうちょっと色々自重して!」
愛梨が声を荒げて喚き始めた。彼女は騒がしいと怒りっぽくなるのかもしれない。
「さ、お母さん。うるさいやつらはほっといてこちらへ」
「そう? じゃあ選んで貰おっかな」
幸介が再度愛梨の母親を誘導すると、彼女は愛想良く答えた。何となくノリがいいところがさすがに愛梨の母親だと思う。
「ちょっと美優ちゃん! この二人、手に負えないんだけど!?」
「すみません。もう私にも無理です」
愛梨が美優に助けを求めるが、美優はすでに諦めた様子でそう言った。
「くっ……あんたらちょっとこっち来なさい!」
「「ぐぇ……」」
愛梨はついに怒りが爆発したのか、幸介と亮太の襟を掴んだ。そしてずるずると店の外へと引きずっていく。さすがに悪ノリし過ぎたかもしれない。
カウンターにいる女性の店員も唖然としながらこちらを見ている。
残された美優は、頬を赤く染めながら愛梨の母親に近付いた。
「あの、愛梨さんのお母さん」
「何?」
愛梨の母親は笑顔で訊き返す。
「昨日、愛梨さんとお弁当を交換して頂きました。お母さんのお弁当、大変美味しかったです」
「あ、そうなの? そう言って貰えると嬉しいよ」
美優はまた頬を赤く染め、「はい。ありがとうございました」と、微笑んでいた。
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