思惑

 週明けの月曜日。


 幸介は登校途中に買ったペットボトルの水を飲みながら教室へ入った。


 すぐにクラスメイトの女子たちに囲まれた。


「ねえねえ、奥山君、剣道やってたの?」

「剣道部の人に勝ったの凄いよね!」

「何で沙也加さんも剣道強いの?」

「っていうか、沙也加さんと付き合ってないの?」

「……」


 質問が多くて答えられない。


 声を掛けてきたのは女子の三人組。いつも三人一緒にいるのを見かける。女子のカースト上位グループの派手なギャルたちだ。


 教室中から多くの視線もあるが、彼女たちがいるせいか他の生徒たちは近付いては来ない。


「えっと、試合見てたの?」

「私は部活で学校に来てたから見てたんだけど、この子たちは新聞で知ったんだよ」


 幸介が尋ねると、三人のうちの一人が答えた。彼女の名前は河北さんだと亮太が言っていたような気がする。


「え、新聞?」

「知らないの? 新聞部のやつ。そこら辺に貼ってあるよ」

「マジ?」

「私取ってくるね」


 そう言って一人が教室を出て行き、すぐに一枚の校内新聞を持って戻ってきた。近くに貼ってあったらしい。幸介はぼーっと廊下を歩いてきたからか、そんなものには気付かなかった。


「はい。これ見て」

「……おう」


 横から急接近されたので、少し戸惑った。


『強豪剣道部、謎の愛好会に敗れる! (写真は堂本部長に勝利した平峰沙也加)』


 見出しには大きくそう書かれており、その下には写真が掲載してある。


 写っているのは、幸介と沙也加がハイタッチした瞬間。そして、幸介の左手を掴む玲菜もしっかりと写っている。


 観客の中に新聞部員がいたのだろう。


 ある程度の噂が広がるのは分かっていたのだが、これは予想外だ。しかし特に支障があるわけではなく、むしろ好都合かもしれない。


「ていうか、奥山君ってロリコンなの?」

「ぶっ」

「わ!」


 思わず飲んでいた水を吹いてしまい、その水が一人の女子に掛かってしまった。試合を見にきたと言っていた河北さんだ。


「ちょ、ちょっと! 何してんの!?」

「悪い。水だから許してくれ」

「んー、まあいいけど……」


 彼女は眉毛を下げて困ったような顔をしながら、ハンカチで制服に掛かった水を拭う。


 掛かった水が少量で、制服はまだ夏服にもなっていない。特に制服が透けるようなこともなかったので、彼女はあまり気にしていないようだ。寛大なギャルでよかった。


「えっと、この子のこと?」


 写真に写る玲菜を指差す。


「うん。それに亮太君もそんなこと言ってたし」

「そうそう。奥山君が凄かったって話してたら、『でもあいつロリコンだよ』って」


 離れたところにいる茶髪にピアスの男を見やると、顔を逸らして口笛を吹く仕草をしている。


 彼のそばにいる愛梨もクスクスと笑っている。


「あんにゃろう」


 眉毛を寄せて亮太を睨む。


「え、マジなの?」

「違うっつの」

「じゃあ、この女の子は何?」

「こいつは夕菜の妹だ」

「え、そうなの?」

「ああ」


 また顔を顰めて亮太に目を移す。


 玲菜が夕菜の妹であることは、愛梨に聞くなどして、亮太も知っているはずだ。


 しかしどうやら亮太はそのことは言わずに、幸介がロリコンとだけ言ったらしい。


「何で? もしかして家族ぐるみの付き合いなの?」

「ん? ああ、まあな」

「えっ、うそ。きゃ〜!」


 幸介の答えを聞いたギャル三人組が何やら騒ぎ始めた。


「しかも名前で呼んでるしー」

「っていうか、夕菜、この前お弁当あげてたもんね」

「ちょ、ちょっと! みんな違うから!」


 会話が聞こえていたらしく、夕菜が焦りながら近付いてきた。


「照れなくていいって。ね、奥山君」

「ああ。まあ、あの子は俺にとっても妹みたいなものだな」

「えっ、それってやっぱり!」


 一人のギャルが口に手を当てて夕菜に視線を移す。


「いや、今こいつが言ったのは別にそういう意味じゃなくて……」

「夕菜、大丈夫だって。私たちも応援してるから」

「そうだよ」


 夕菜が何か釈明しようとするが、ギャルたちは聞く耳を持たない。


「ついに夕菜に相手が……ごめん、私涙出て来た」


 泣き出す一人のギャル。


「分かるよ亜美。奥山君、夕菜をよろしくね」

「……おう」


 幸介が答えると、二人が「きゃ〜」と声を上げ、一人は「良かった……ぐすん……」と涙を流した。


「あんたさっきから何言ってんの!?」


 幸介は顔を真っ赤に染めて憤る夕菜を「まあまあ」と宥め、きゃーきゃー騒ぐ女子三人組を適当にあしらって、窓際へ向かった。


 席に着くまでの間に、愛梨がお腹を抱えて笑う姿と、刺すような視線でこちらを見る男子生徒たちの姿が目に入った。


 窓際の自席に座り、外を眺めながらしばらくの間過ごしていると、授業が始まった。


 午前中の授業をいつものようにぼーっとしながら過ごし、体育の時間もフラフラと適当にやり過ごした。また何度か教師に叱られた。


 昼休みになると教室を出た。そして、和也を呼び出している中庭へと向かう。これからの打ち合わせだ。



※※※



 中庭の人けのないところで、和也と合流した。


「あの、幸介さん。実は剣道部を辞めようかと思うんです」

「えぇ〜! なんだってええ〜!?」


 和也が退部の意思を表示すると、それを聞いた幸介は大げさに驚いた。


「何スか? そのわざとらしい驚き方。さては俺がこう言ってくるのを予想してましたね」

「まあ、そうだな」


 それは予想通りというより、予定通りと言った方が正しい。


 和也は剣道が本当に好きなのだろう。そして、今以上に強くなりたいと思っている。


「じゃあ、これも予想通りかもしれませんが、幸介さん、俺に剣を教えてくれませんか?」


 こう言ってくるのも当然だ。強豪の剣道部よりも幸介たちの方が強いことを証明したのだ。


 しかも剣道部で一番強いどころか高校生では一番強いと思われていた堂本も沙也加に負けた。


 自分の腕を磨きたいのなら、強い方から教わった方がいいと誰でも考える。


「ま、いいけど。条件がある」

「何スか?」

「愛好会の会長をお前がやること」


 そう言うと、和也はきょとんとしたような表情になった。


「え? 愛好会って一時的なものじゃなかったんスか?」

「バカ者! これからも愛好会は存続する。愛好会に入りたいって誰か言ってこなかったか?」

「……何人か言ってきましたね。剣道部の一年生も二人、部活を辞めて愛好会に入りたいと言ってきました。それ以外は部活に入っていない生徒です」


 これも当然予定通りだ。


「そうだろ。まだまだ増える。周りに流される奴も多いしな。逆に剣道部は部員が減る一方だろう。しばらくすれば愛好会のほうが人数も強さも上になって部になる。そうすればお前は高校大会にも出られる」

「え!? そこまで考えてたんスか!?」


 もちろん沙也加や秋人、そして美優の学園内での人気を利用している。彼女たちが愛好会のメンバーであると認識されているだけで人数は増える計算だ。


「ああ。先のことも考えてあると言っただろ」

「……」


 何やら和也が唖然となっている。自分が何も考えていないとでも思っていたのかもしれない。


「で……でも、そんな簡単に愛好会が部になるものなんですか?」

「人数も強さも上になれば部になることは生徒会長も了承済みだ」

「えっ、生徒会長にまで話がいってるんスか!?」

「まあな。そして、そうなればお前も特待生として継続出来る」


 先日、生徒会長である千里にはその件を確認していた。


 千里も了承済みであるし、剣道部に問題があったことは伝えてあるので、愛好会を部にすることにも協力してくれるはずだ。


「まじっスか……そこまで考えているとは思わなかったんスけど」

「だから俺に任せろって言っただろ?」

「じゃ、じゃあ試合に勝ったら俺を剣道部の部長にしろって言ってたのは?」

「あれはまあ、保険みたいなもんだな」

「そうだったんスか……」


 和也が部長になれば、彼を妬む者がいたとしても排除することはできない。


 その場合、プランとは違ってくるが、仕方がないので愛好会は解散ということにすればいい。



※※※



 和也は驚いていた。


 幸介とはここ数日の付き合いしかないのであまりよくは知らないが、いつも適当なことを言っていて頼りない印象が強い。


 まさか、彼がここまで考えて剣道部に試合を吹っ掛けていたとは思わなかった。


 試合のとき、美優が『お兄ちゃんに任せておけば大丈夫』と言っていたのもわかる。


 それに、まざわざ生徒会長にまで承認を取っていることにも驚いた。もしかすると、彼女ともそれなりに仲が良いのかもしれない。

 

「ちなみに沙也加ともう一人は秋人に出てもらったほうが愛好会の人数は集まったんだけどな、主に女子が。しかし急遽俺が出ることになってしまった。何故なら、玲菜にいいところを見せないといけなかったからな!」

「そ、そうですか……」


 何やら突然残念な気持ちになった。


「それと、俺たちは大会などには出る気はないし、毎日教えられる訳ではない。だから、とりあえずはお前が会長になって教える形をとる。副将の池上に勝ったんだからお前にも十分教える資格があるからな」

「わかりました。てか、あの、もしかして俺が池上さんに勝った方が嬉しいって言ってたのは……」

「そう。お前だけ負けてたら誰もお前に教えて貰おうと思わなくなる。それに、全勝の方が見栄え的に人が集まりやすいだろ」

「マジっスか……」


 先程から驚きしかない。


 彼はその状況を、最初から作り出そうとしていた。


 それが出来る条件として、彼らが剣道部に勝つことが前提となる。


 学園で人気のある秋人や沙也加のおかげで人が集まったとしても、強くなければ剣道部に成り代わって部にはならないし、そもそも自分が部を辞めてまで彼らに剣を教わろうとは思わない。


 和也からすれば、初めから幸介たちが剣道部に勝つつもりだったこと自体が驚きなのだが、結果的に、彼らは圧勝するほど強かった。


 しかし、もし自分が負けていたら? という可能性が頭をよぎる。池上は剣道部の副将を務めるくらいには強いからだ。


 幸介は和也に、「最悪負けてもいい」と言っていた。その言葉があったから、和也は変に気負いせず、不安もなくなった。そして和也は池上との試合に勝つことが出来た。


 その結果は最良のものだったのだとは思う。


 ただ、今となってはどちらにしても結局は上手くいくようになっていたような気がする。


「で、もう一つの条件だが」

「まだあるんスか!?」


 条件が一つだと思っていたので戸惑った。


「当たり前だ。今の条件はお前にしかメリットがないだろが。むしろここからが本題だ。放課後、時間あるか?」

「はあ……ありますけど。部活ももう行くつもりないっスから。何か気まずいですし」

「じゃあ放課後また連絡する」

「わかりました」


 そう返事をした後、和也は続けて尋ねる。


「あの、ちなみに最初の驚いたフリは何だったんスか?」

「ん? まあ、あれは……ただのノリだな」

「……」


 意味がわからなさ過ぎるので、この人のことはあまり考えないようにしようと思った。

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