ライバル

「じゃあ、俺はもう帰るから。今後のことは来週学校で話す」

「わかりました」


 幸介は和也をそのまま残し、夕菜、玲菜と一緒に、まだ騒つく体育館を出た。


 道具類の後片付けなどは和也がやってくれるだろう。


 夕菜たちを待たせ、シャワールームで軽くシャワーを浴びた。


 元々着ていたTシャツを着て黒のパーカーを羽織る。


 体育館の玄関先へ戻ると、待っていた玲菜が嬉しそうに駆け寄って来た。


「こうすけ、いこ!」

「ああ」


 無邪気に幸介の手を取る玲菜に微笑みを返す。


 玲菜の後から、夕菜が近付いて来た。

 彼女の視線は自分の胸の辺りに向けられている。


「何それ? 指輪?」


 夕菜が言っているのは幸介が肌身離さず身に着けている指輪のことだ。ネックレスのようにチェーンを通して首にかけている。


 普段は制服やTシャツの中に隠れているので他人に見られることはないが、シャワーを浴びた後に付け直したので、そのまま衣服の外にぶら下がっている。デザインのせいか、周りから見ても目立っているらしい。


 指輪にはピンクの宝石のようなものがついており、婚約指輪のような形をしている。しかしプラスチック製のもので、明らかに安価なおもちゃの指輪だ。


「ああ。えーっと、これはまあ御守りみたいなものかな」


 咄嗟にありきたりな嘘をついた。特に御守りとして認識しているわけではないが、何となく無難な言い訳だと思う。


「お守り? いつもしてるの?」

「ああ」

「ふーん」


 こんなものを首にかけているのが珍しいのだろう。夕菜は不思議そうな表情で指輪に視線を向けている。


「まあそんな人もいるだろ。とりあえずいこう」


 そう言いながら、指輪を着ているTシャツの中に入れた。


「あ、うん」


 玲菜に手を引かれて歩き出すと、夕菜も後ろからついてきた。



※※※



 学校を出ると、駅前のショッピングモールへ向かった。


 夕菜の隣には、幸介と玲菜が手を繋ぎ、楽しそうに歩いている。


「ねえ。何であんたら、あんなに剣道強いの?」


 夕菜は先程の試合を思い返しながら尋ねた。


「ああ。昔、ちょっと習ってて」

「剣道部にあんなにあっさり勝つんだから、ちょっとどころじゃないと思うんだけど」

「まあ、そのときは頑張ってたからな」


 彼の答えが淡々としており、何となく誤魔化されている気がする。


「沙也加さんも一緒に、よね?」

「ああ。秋人もな」

「ふーん。誰が一番強かったの?」

「秋人だな。っていうか、そのとき剣を習っていた中で秋人が一番強かった」

「マジ? あの人ってほんとに完璧人間よね」

「そうなんだよ。ムカつくだろ?」

「いや、別にムカつきはしないけど」


 幸介が顔を顰めて同意を求めてきたので、夕菜は少し呆れながらそう答えた。


 今日は妹が一緒にいるおかげか、彼を意識し過ぎずに自然に話せている気がする。


 先日一緒に昼食を食べたときは、照れてしまってあまり普通には話せなかったと思う。


 玲菜はというと、鼻歌を歌いながら、機嫌よく幸介の手を引いて歩いている。


「っていうか、何でいきなり剣道部と試合なんてことになったの?」

「それは話すと長くなるんだけど」

「面倒なら……いいわよ」


 そう言いながらも、先程から彼に対しては色々と訊きたくなってしまう。


 普段なら夕菜は人が言いたくなさそうなことを深くは訊かない。そこまで興味が出ないというのもある。


「さっき一緒にいた和也っていう剣道部の一年生が、普段から先輩に恐喝されてたんだ」

「は!?」


 彼が突然話し始めた事実に驚いた。


「あいつ、美優のクラスメイトなんだよ。で、助けてあげてくれって頼まれた。悪い子じゃないからって」

「そ、そうなんだ。それで助けるために試合?」

「ああ」

「ふーん」


 適当に相槌を打つが、和也を助けるために試合というのも意味がよくわからない。


「先生に言ったりはしなかったの?」

「まあ、それだと解決しない可能性もあるし、それに……」

「ん?」

「色々と事情があるんだよ」


 それ以上は訊かなかった。

 だいたいの事情は分かったし、彼のこともまた少しだけ分かったから。


「こうすけ」

「ん?」


 一歩前を歩いていたはずの玲菜は幸介の手を掴んだまま、いつの間にか彼の隣を歩いている。


「あのね、玲菜にも剣道教えて」

「へ?」


 妹が突然予想もしないことを言ったので、間の抜けたような声が出てしまった。


「マジ? 急にどうした?」


 幸介が訊き返す。


「玲菜もさやかちゃんみたいに強くなりたい」

「……そうか」

「そしたら、お姉ちゃんや友達が危ないとき、玲菜が守れるよね?」

「う、玲菜……」


 玲菜が笑顔で言うのを見て、思わず感激してしまう。


 しかし、隣を歩く彼は黙り込み、玲菜の問いに答えることを躊躇っているように見える。


 彼は俯いたまま、何とか答えを絞り出すように口を開く。


「ああ。玲菜ならきっと……みんなを守れるよ」

「うん!」


 幸介の答えを聞き、玲菜は屈託のない笑顔を見せた。



※※※



 愛梨と亮太は学校から出た後、駅へ向かってゆっくりと歩いていた。


 同じ中学出身の二人は、帰る方向が同じだ。


「幸介君って何者なんだろうね」


 愛梨が先程の試合を思い出しながら呟く。


 彼が剣道部に圧勝する程強いというのは予想外過ぎた。当然、沙也加についても同じだ。


「ああ。あいつ、ただの落ちこぼれじゃなかったんだな」

「だよね。いつもぼーっとしてるのに。しかも、沙也加さんもめちゃ強いじゃん。あの部長って全国二位だったんだよ」

「知ってるよ。去年学校で騒がれてたし。っていうかあの後の剣道部の空気、最悪だったな」

「そうそう。ちょっと可哀想なくらいにね」


 幸介たちが帰った後も、剣道部の部員たちは体育館に残ったままだった。


 まさか堂本を含めた三強が、存在も曖昧な愛好会に全敗するなどとは夢にも思わなかったのだろう。彼らの間には、重い空気が流れていた。


「俺、あいつのこと何も知らなかったんだな」


 亮太が何か遠くを見るような目で言う。


 幸介については、最近になって知ったことが多い。沙也加や秋人との関係。彼が剣道をやっていたこと。そしてかなりの強さであること。これらだけでもかなりの驚きがあり、亮太が彼のことを何も知らなかったと感じるのも無理はないと思う。


「まあ、みんな知らないんじゃない?」


 愛梨は適当に返す。


「何かショックなんだよな」

「いや、あんた幸介君のこと好き過ぎでしょ」

「そんなんじゃねえよ」

「ふーん。まあどうでもいいけど」


 亮太がムキになって否定してきたが、特に認めさせたいわけでもないので、とりあえず放っておく。


「それはともかく、あいつにはまだ俺たちが知らない秘密がある」

「へ? 秘密ってどんな?」


 またこのチャラ男が突拍子もないことを言い出したと思った。


「いや、それはわかんねーけど……あいつ、『お前らのほうが幸せだよ』って言ってたんだ」

「どういう意味?」

「分かんねー。沙也加さんと幼馴染みだってことを俺が羨ましそうにしたら、あいつがそう言ったんだよ」

「ふーん」


 沙也加が昼休みに教室に来た日の翌日、亮太が幸介に追及していたときのことだろう。


「あいつは何か抱えてる気がする」

「考え過ぎじゃない? 幸介君っていつもノリが良くて何か明るいじゃん」

「だから余計に気になるんだよ。それにあいつ、遊びに誘うとノリだけはいいけど、実際には来たことないしな」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「ああ。何でだろうな。つーか気づいてたのか」

「うん。夕菜に言われてね」


 先日、そのことを言ってきた夕菜に対して驚いた。夕菜が彼に興味を持っていることが分かった。


 彼女が特定の男子に興味を持つことは珍しく、最近はそれを適当に冷やかすと焦るのがもの凄く可愛い。


 隣を見ると、亮太は未だに「うーん」と考え込んでいる。


「って、何うなってんの? そんな考えたって何も分かるわけないでしょ」

「まあ、そうだけど。っていうか、幸介が連れてた女の子って夕菜ちゃんの妹なんだって?」

「そうそう。私も会ったことあるけど、夕菜に似てるよね」


 愛梨は何度か夕菜の家に遊びに行ったことがあるので、玲菜とも面識がある。


「まあ、それはわかるけど、何であいつが連れてんの?」

「詳しくは知らないけど、幸介君がたまたま会ったあの子を夕菜の妹とは知らずに連れて来たんだって。夕菜からメール来てたよ」

「何だそりゃ。あいつマジで訳わかんねーよ」

「だよね。妹ちゃん、めちゃくちゃ幸介君に懐いてるんだって」

「よし、このロリコンネタを引っ張ろう。学校でみんなに言いふらしてやる」

「ぷっ。それ面白そう」


 幸介のしかめっ面が思い浮かんで、思わず笑ってしまう。


 ふとあることが頭に浮かんだ。


「ていうか、まさか小学生の妹まで夕菜のライバルになるなんてことは、ないよね……」

「え?」

「いや、何でもないよ」

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