お姉ちゃん
夕菜は観客の生徒に紛れながら、その光景を眺めていた。
剣道部対剣術愛好会、二回戦。
あの高校大会個人準優勝の剣道部部長に真っ向から勝ち、目の前に現れた平峰沙也加。
そしてその沙也加と嬉しそうに話す我が妹、玲菜。
妹は母親と同じように、沙也加の大ファンだ。
幸介たち兄妹と共に玲菜が体育館へ戻ってきたことには気付いていたのだが、沙也加の試合に見入ってしまっていた。
そして沙也加が劣勢でありながらも堂本の攻撃を防ぎきり、間合いを取って向かい合っていたときのことだ。
「おーい! 沙也加! 頑張れー! 勝ったら今度温泉連れてってやるぞー!」
彼女の幼馴染みである幸介の声だ。
(えっ、温泉……!? 二人で行くの!?)
少し動揺してしまった。
彼らが仲が良いことはわかっているのだが、二人きりで行くのかどうかが気になる。
「さやかちゃん、頑張れー!」
妹の真剣な応援が続く。
そして演技とは違う、沙也加の本気の剣が始まった。
それは画面の中の彼女よりも速く、あまりに強かった。
試合が終わり、幸介たちとその中にいる玲菜は、仲良さそうに話している。
何故こんなことになっているのか、そもそも何故妹がここにいるのか分からない。
※※※
沙也加たちが出て行った後も、未だに体育館内は騒めいている。
そんな中、幸介たちはほのぼのと談笑していた。
「今からこの子とデートなんだよ。な、玲菜」
「うん」
幸介が玲菜に微笑むと、玲菜は頬を赤く染め、にっこりと笑顔で答える。
「あの……デートって幸介さん、まさかロリコン……」
「違うっつーの。ただこの子の将来に期待してるだけだ」
「その考えも怖いっスけど!?」
和也がジト目を向けてきたので否定すると、彼はさらに戸惑って言う。
「こうすけ、ロリコンって何?」
玲菜が幸介を見上げて尋ねてきた。
「んー。ロリコンっていうのは、危ない奴ってことだ。玲菜もロリコンには気をつけないとだめだぞ」
「うん、わかった」
「いや、あんたを疑ってるんスけどね」
和也は呆れたようにそう言った。
三人で談笑しているところへ、一人の女子生徒が近付いてきた。
幸介のクラスメイトだ。ピンクがかった髪を胸の辺りで左右とも結んでいる。
「ちょっとあんた! 何やってんのよ!?」
「おー、夕菜。いたのか」
若干興奮気味の夕菜に、愛想良く応える。
「あ、お姉ちゃん!」
「え?」
隣にいた玲菜が嬉しそうに夕菜を呼んだのを見て、そう言えば夕菜に似ていると今更ながら気付いた。
「あんた、私の妹をどうするつもり!?」
夕菜が憤慨した様子で幸介に詰め寄ってきた。
「お姉ちゃん。玲菜、今からこうすけとデートに行くの」
「はあ!?」
「げっ……」
「あ、あんた……まさかロリコンなの!?」
「あ、お姉さん。幸介さんは別にロリコンってわけじゃないんです。その子の将来に期待してるだけなんです」
「はあ!?」
和也の言葉を聞き、夕菜はさらに激昂する。
「お前庇ってる雰囲気出してるけど、全然フォローする気ないだろ」
幸介が和也を半眼で見ながら言うと、和也は「いやいや、ありますよー」と笑顔で誤魔化している。
「つーかお前もう試合だろ。早く行け」
「何スかそれ。消化試合だからって適当じゃないっスか? まあ気楽でいいんスけど」
「いや、ちゃんと勝ってこいよ。美優も頑張れって言ってただろが」
「そうでした。本気で勝ってきます」
和也は防具をつけると、中央スペースへ歩いていった。
「とにかくこの子は連れて帰るわ。行くわよ玲菜」
夕菜が玲菜の手を引く。
「待って! お姉ちゃん」
「えっ?」
玲菜が抵抗し、姉の足を止めた。
「玲菜、一人で買い物行こうとしたらお母さんにだめだって言われたの。そしたらこうすけに会って、一緒に来てくれるって言ってくれたの」
「えっ、そうなの? 何を買いたかったのよ?」
「お母さんのプレゼント」
「あ……」
今日が母親の誕生日であることを、夕菜はたった今思い出したようだ。
幸介はその事情を知ったからこそ玲菜に付き添うことにしたのだと分かったらしく、夕菜は気まずそうにこちらを見る。
「……何で私に言わないのよ?」
「だって、お姉ちゃん、いつも知らない男の人に話しかけられてるし危ないもん」
「あんたがそんなこと気にしなくていいわよ。それに駄目じゃない? 知らない人について行ったら」
「お姉ちゃんと同じ学校の人だから大丈夫だと思って。それに、こうすけが『守ってやる』って言ってくれたの」
「そ、そう……ふーん」
玲菜がにこにこと屈託のない笑顔で話すのを聞いて、夕菜は幸介にジト目を向けた。
「ねえお姉ちゃん。玲菜、こうすけとデートに行く」
妹の気持ちを、夕菜はそれ以上否定することが出来なかったのだろう。
「しょうがないわね。でも、私も一緒に行くからね」
「うん!」
「あ、ほんとに? あーよかった」
二人の話が落ち付き、幸介は安堵した。
※※※
「ふう、何とか勝てました」
「お疲れ」
第三試合を終えて戻ってきた和也に、幸介は労いの言葉をかけた。
剣道部の部員たち、そして部長の堂本は呆然としており、池上はがっくりと落ち込んでいる。
剣術愛好会と剣道部との試合は、全勝で剣術愛好会が勝利した。
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