あれって誰なんスか?

 愛好会の男子生徒が剣道部にあっさりと、しかも派手に竹刀を飛ばして勝ったのを見て、ギャラリーの生徒たちは騒めいていた。


「おいおい、あいつあっさり勝っちまったぞ」

「そうね……幸介君って何者なの?」


 体育館を見下ろしていた亮太と愛梨も、唖然としながら言う。


「あいつ、剣道やってたのか? それにしても強過ぎるだろ……」

「だよね。いつもぼーっとしてるただの落ちこぼれじゃなかったんだね。ね、夕菜?」


 愛梨の隣には、いるはずの夕菜の姿はなかった。


「あれ? 夕菜は?」


 辺りを見回すが、観客の生徒たちだらけで夕菜の姿は見えない。


「ん? あ、ほんとだ。いないじゃん」

「いや、今の今までいたんだけど……」



※※※



「二回戦はどうするんスか? 誰か来るって聞いたんスけど」


 ほのぼのと玲菜とじゃれている幸介に、和也が尋ねる。


 先程、もう一人来ると秋人から聞いた。


 二回戦は恐らく堂本が出てくるので、その相手としてどんな人物を呼んでいるのかが少し気になる。


「ああ。そろそろ来ると思うんだけど……あ、来た来た」


 幸介の視線の先から、すでに道着を着て防具を一式つけた状態の女子が歩いて来た。


 彼女の面の後ろからは明るく長い髪が揺れている。


「えっ、女子っスか!?」

「そうだけど。何か問題あるか?」

「次は多分堂本さんっスよ!? いや、もう一勝してるからあとは俺が勝てっていう話なんスけど」


 大将戦が和也対池上ということになっているので、部長の堂本が出て来るとしたら二回戦しかない。一回戦で幸介が三番手の石橋に圧勝したため、次は確実に勝つために堂本が出てくるだろう。女子を彼と戦わせるのは酷だと思う。



「悪いな。仕事だったんだろ?」


 喚く和也を放置し、幸介は防具に身を包んだ女子生徒に声をかける。


「大丈夫だよ。莉子さんに許可もらってるし。はい、これ。頼まれたもの」

「ああ。用意してくれたのか」

「うん。急ぎで適当だけど」

「大丈夫だ。サンキュー」


 女子生徒は何やら持っていた茶色の紙袋を幸介に差し出し、幸介はそれを受け取っている。


「ほい」


 幸介は代わりに竹刀を渡し、女子生徒はそれを受け取った。


「じゃ、行ってくるね」

「相手は高校大会準優勝の剣道部部長だ。大丈夫か?」

「多分大丈夫じゃない? ま、見ててよ」


 女子生徒は明るく長い髪を揺らしながら、体育館の中央へ歩いて行った。


「あのー幸介さん、あれって誰なんスか?」

「ん、まあちょっとした知り合いだよ」

「はあ。剣道出来るんですか?」


 そう言いながらも、彼女の後ろ姿を見ると、何となく見たことがあるような気がする。


「まあ見てろって。ちょっと飲み物買ってくるから。玲菜もジュースでも飲むか?」

「うん!」

「よし、じゃあ一緒に買いに行こう」

「あ、お兄ちゃん。私も一緒に行ってもいいですか?」

「ああ」


 幸介が左手で玲菜の手を取ると、美優が幸介の右腕にしがみつく。


 玲菜の歩幅に合わせ、三人は体育館の出口の方へ歩いて行った。


「秋人さん、あの兄妹、仲良いっスよね」


 和也が幸介たちの背中を眺めながら言う。


「ああ。これ以上ないってくらいにな」

「ですよね……」

「そんなことより彼女が心配だ」


 秋人の視線の先には、今から試合を始めようという明るい髪の女子生徒。


「まあ相手は堂本さんですし、負けても仕方ないっスけどね」


 剣道部からの出場はやはり堂本のようだ。

 彼が防具を身につけ始めているのが見える。


 堂本は昨年の高校大会準優勝者だ。そのときの優勝者はどこかの高校の三年生だったらしい。


 つまり堂本が三年生になった今年は、彼が高校生で一番強い可能性が高い。


 


✳︎✳︎✳︎




 堂本は防具をつけ終わると、竹刀を持って中央へ歩いて行った。


「おい、堂本さんの相手、女子だぞ」

「あ、ほんとだ」

「どういうつもりなんだろ」

「多分、あいつらこの試合は捨てるつもりなんじゃないのか?」

「そういうことか。さすがに堂本さん相手だと誰も勝てるわけないしな」


 剣道部の男子部員たちが口々に話す。堂本が負けるなどとは少しも思っていない。


 そんな中、女子たちはというと、別のことについて話していた。


「あれ? また柴崎君じゃないじゃん」

「ほんとだ。何で?」

「最後に出て来るのかな?」

「でも大将戦は池上君対長瀬君だって聞いたけど」

「じゃあやっぱり出ないじゃん」

「なーんだ」

「そりゃそうよね。あの人サッカー部だし、剣道やってたなんて聞いたことないし」

「でも道着着てたのに……」


 秋人が出ないことが分かり、彼女たちは残念そうに話している。


「まあ仕方ないし次の試合でも見よっか」

「そうね。さっきの人もめちゃくちゃ強かったし、あの女子もそれなりに強いのかも」

「でも相手が堂本さんだからね……」


 そんな会話をしながら、これから始まる試合に目を向けていた。



✳︎✳︎✳︎



 幸介の試合を観た直後、夕菜はすぐに愛梨たちのそばを離れた。


 集まっている生徒たちを避けながら、ギャラリーを出て、階段を駆け下りる。


 彼は急遽試合に出ることにしたのだと思うが、その試合は素人の目から見ても本当に凄かった。


 剣道部の三番手の部員を、ほんの一瞬で倒していた。彼の動きが速過ぎて、何が起こったのかわからなかった。


 不良たちに絡まれ、幸介に助けられたことを思い出す。


 あの速い動きで、三人の不良たちを数秒のうちに倒してしまったのだろうか。


 彼が剣道をやっていたのは意外だったが、逆に納得出来る部分もある。



 ただ、今はそんなことは後回しだ。


(何で玲菜がここに!? というか、何であいつと一緒に居るの!?)


 妹の玲菜が幸介と一緒に居る。二人に面識などあるはずがないのにだ。


(しかも、あんなに仲良さそうに!)


 もう訳が分からない。


 階段を下まで降り、体育館に入って辺りを見回す。


「あれ……!?」


 さっきまでいたはずの幸介や玲菜の姿が見当たらない。どこかへ行ってしまったのだろうか。


 体育館中を見回して二人の姿を探すが、見つからない。


 先程玲菜がいた場所には秋人がいる。幸介が試合をしているときは、秋人が玲菜と一緒にいるのを見た。


 仕方がないので秋人に玲菜のことを訊こうと思い、彼のいる場所へと足を向ける。


 そのとき、がやがやと騒めく生徒たちの向こうに、今にも剣道部の部長と試合を始めようという愛好会メンバーの女子生徒の姿が目に入った。


 面の後ろからは、束ねられた明るい髪が揺れている。


「え? あれって、まさか……」


 幸介や秋人と一緒にいることが不思議ではない、明るい髪の女剣士。それは彼女だとしか考えられない。


 しかし、剣士といってもそれはドラマの中の役柄だ。


 どういうことなのか気になってしまい、夕菜はその試合から目が離せなくなった。

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